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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第4章:迷宮の理を穿つ

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4-3

蒼風峡谷、二十六階層。

重厚な石扉が背後で閉ざされた瞬間、大気に満ちる魔力の「質」が明確に変貌した。

これまでの階層にあった人工的な照明魔術の残滓は消え、代わりに岩肌から滲み出す淡い燐光と、深層特有の湿り気を帯びた重苦しい沈黙が二人を包み込む。


(……ここから先が、人類の足跡が途絶えた『未踏域』か)


アレンは、闇の奥を見据えた。

隣では、リィナが緊張した面持ちでアーク・リンクの画面を操作している。


「……アレン様。これより『自動マッピングアプリ』を起動しますね」


リィナが端末のスイッチを入れると、真っ白な画面の中央に、現在地を示す小さな光点が心細げに灯った。

彼女は自嘲気味に、けれど少しだけ誇らしげに微笑む。


「深層の地図データは、魔軌士局で買うと信じられないほど高価なんです。私が以前、万年金欠だった理由の半分くらいは、このデータ代のせいだったりします」


「命の値段だと思えば安いんだろうが……。ここからは俺が行く方向を記録しておいてくれ」


アレンは迷いのない足取りで、吸い込まれるように闇の中へ足を踏み出した。

リィナが慌てて後を追う。


アレンには、もともと地図など必要なかった。

彼の「理外の視界」は、迷路のように入り組んだ通路の先、空間に漂う微かな魔力の「よどみ」を正確に捉えていた。

どこに敵が潜み、どこに最短の経路があるのか。それは彼にとって、水が高い所から低い所へ流れるのを見るよりも自明な事理だった。


アレンが進むたび、不可視の壁がそのことわりを譲るかのように道が開けていく。

迷宮そのものが、この異質な侵入者を恐れ、道を開けているかのような錯覚。

二人は一度も立ち止まることなく、二十六階層の最深部──守護獣の部屋へと辿り着いた。


ギギギ……と重苦しい音を立てて開いた石扉の先。

そこに鎮座していたのは、数メートルに及ぶ巨大な岩石の塊が意志を持ったような、異形の守護獣だった。

巨獣が立ち上がるたびに震動が走り、天井から塵が舞い落ちる。圧倒的な質量の暴力が、侵入者を圧殺せんと咆哮を上げようとした。


だが、アレンの思考プロセスに「迷い」は存在しない。


アレンは巨獣の胸部、岩の隙間に明滅する魔力核コアを、瞬き一つの間に特定した。

彼は掌を無造作に突き出すと、極小の魔力を指先に集束させる。


「──《光束魔術ビーム・アーツ》」


刹那。

放たれた一筋の白銀の閃光が、音速を置き去りにして空間を貫いた。

咆哮すら上げる暇を与えず、二十六階層の主は核を正確に射抜かれ、その巨躯を内側から崩壊させていく。

光の塵へと還り、静寂が戻った部屋に、カランと虚しい音を立てて巨大な魔石だけが転がった。


「……終わったぞ、リィナ。地図の更新はどうだ?」


「あ……はい。……えっ!? アレン様、これ……っ!」


リィナが差し出した端末の画面を見て、アレンはふっと口角を上げた。

そこには、迷宮の複雑な構造を一切無視して、入り口からボス部屋までを最短距離で繋ぐ──『幅二十メートルの一直線の道』だけが、暴力的なまでの白さで記録されていた。


アレンが邪魔な壁を《光刃ビーム・ブレード・アーツ》で切り裂き、魔獣を薙ぎ払い、最短距離を選び続けた結果だった。


「アレン様。これ、もはや迷宮探索の記録になりません……。後からこの地図を見た人は、自分たちの頭がおかしくなったと思うはずです」


リィナは呆れたような、けれど憧憬に満ちた溜息を吐きながら、一直線の道を振り返った。


「道があるんだからいいだろ。……行こう。今日は二十七階層の安全地帯で休む」


「……はい、アレン様。どこまでも、お供します!」


リィナは端末を握りしめ、主の背中を追って深層の闇へと再び踏み出した。

迷宮という閉鎖空間の理が、一人の男の歩みによって、根底から書き換えられようとしていた。


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