22-11
アレンが寝室の重い扉を開けると、そこには二人の誓導者が待っていた。窓から差し込む月光が、リィナの銀髪とセリスの金髪を静かに照らしている。部屋の空気は、先ほどまでの戦いの余韻をわずかに残しながらも、二人の落ち着いた佇まいによって、穏やかな静けさを取り戻しつつあった。
二人はアレンを責めるような真似はしなかった。ただ、主が背負っている目に見えぬ「重圧」を、その表情から読み取っていた。彼が扉を閉める仕草一つにも、どこか普段とは違う迷いが滲んでいることを、二人は敏感に察していた。
「アレン様……。サツキ様のこと、気にしておられるのですね」
リィナが、アレンの手をそっと包み込む。その温もりは、暗殺という「掃除」を終えたばかりのアレンの心を、ゆっくりと解きほぐしていく。指先から伝わる柔らかな体温に、アレンの肩からわずかに力が抜けた。
「……あいつは強い。武人としての資質は、軍の精鋭をも凌駕している」
アレンは壁に背を預け、自らの黒い瞳を伏せた。「だが……俺の隣に立たせるわけにはいかない。俺と繋がるということは、この地獄を一生歩むということだ」
アレンの致命的な弱点――「強すぎる自己犠牲」が、言葉に滲み出ていた。彼は、自分一人が「天災」として泥を被ればいいと考えている。これ以上、大切な誰かを自分の理外の魔力に巻き込みたくなかった。その声には、これまで積み重ねてきた苦悩の重みが、隠しようもなく表れていた。
「アレン様。 “守るべきもの”は、増えても良いのですわよ」
セリスが、凛とした気品を纏ったまま告げた。彼女は辺境伯令嬢としての誇りを持って、アレンの頑なな瞳を真っ向から見つめ返す。窓から差し込む月光が、彼女の青色の瞳に静かな光を宿していた。
「私たちを守るために、他者を遠ざける。……それは、あなたが一人でより大きな傷を負うことと同義ですわ」
「……今は、二人を守るだけで精一杯だ。帝国は今後も、俺の弱点であるお前たちを狙ってくるだろう」
「アレン様……」
リィナが、アレンの胸に顔を寄せた。彼女の思考読解は、アレンの深い悲しみと、サツキへの誠実な敬意を感じ取っていた。触れ合う体温の中に、言葉にならない多くの想いが行き交っているのを、彼女は静かに感じ取っていた。
「誓導者は、能力や利便性で選ぶものではありません。……“心”で選ぶものです」
リィナの声は、かつてアレンを導いた光の妖精――ルミナの響きを帯びていた。「ルミナちゃんも、きっとそう仰います。セラフィナ様が、アレン様を選んだ時のように」
セラフィナ。アレンの第一召喚者であり、彼女の遺した「波長一致者」の指針は、単なる魔力の相性ではなかった。それは、共に魂を分け合い、過酷な運命を歩むための「愛」の証明だった。リィナがその名を口にした瞬間、アレンの胸の奥で、遠い記憶の欠片がわずかに疼いた。
アレンは、窓の外に広がる首都の暗雲を見つめた。サツキの、あの涙を流さぬ武人としての瞳。彼女の「隣に立ちたい」という誓願が、今もアレンの魂を揺さぶっている。その瞳の強さを思い出すたび、彼の中で何かが静かに軋み続けていた。
「……俺に、その資格があると思うか」
「資格など関係ありませんわ。あなたが彼女を必要とし、彼女があなたを求めている。それだけで十分ではありませんか」
セリスの言葉に、アレンの胸の奥にあった強固な防壁が、微かに軋んだ。一人で背負うことだけが「正解」ではない。リィナとセリスは、アレンに新たな「絆」を受け入れる勇気を与えようとしていた。二人の声は、まるで示し合わせたかのように、同じ方向を指し示していた。
「……考えておくよ」
アレンは短く答え、二人を優しく抱きしめた。腕の中で感じる二人の温もりが、先ほどまでの張り詰めた思考を、少しずつ和らげていくのを感じた。
サツキ・ハートフィールド。彼女を、自分の「家族」として迎え入れるべきか。夜明け前の静寂の中で、アレンは初めて、自身の「心」と向き合おうとしていた。窓の外では、夜がまだ深く、月の光だけが静かに部屋を照らし続けていた。三人の影が寄り添う姿だけが、その静謐な光の中に、確かな輪郭を刻んでいた。




