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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第22章:帝都断罪

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22-9

帝都イグナイトでの「掃除」から数分後。ガルディア公国、宮殿の一角にある「転移専用部屋」。重厚な防魔材で覆われ、座標が厳重に管理されたその密室に、音もなく三人の影が現れた。


「……戻ったか」


アレンが短く呟く。窓のない室内。魔導照明の淡い光が、三人の姿を照らし出す。ヴァルゼン帝国はまだ陽の高い午後三時だったが、ここガルディア公国は既に深夜二十三時を回っていた。大陸を跨ぐ転移がもたらす、数時間の時差。室内の空気は帝都の乾いた冷たさとは違い、宮殿特有の重厚な静けさに満ちていた。


「お疲れ様でした、アレン様。……少し、お身体が重そうですわ」


セリスが、気品を保ちつつも労るような視線をアレンに向ける。彼女の青色の瞳には、任務完遂の安堵と、主への深い気遣いが同時に宿っていた。


「ああ。流石に、今回は、少しばかり骨が折れたようだ」


三人の衣服には、帝国の軍務院地下で浴びた焦げた匂いと、鉄の残香が染み付いていた。アレンは自身の右手に残る、《光束魔術ビーム・アーツ》を放った際の微かな熱を確かめるように拳を握った。帝国を支える三本の柱を、自分たちは数分前に「折った」のだ。その事実の重みを、拳の中にわずかに残る熱として、彼は静かに噛み締めていた。


「アレン様、報告は明朝にしましょう。エリシア様も、今夜は休まれるよう手配してあります」


リィナが、アレンの疲れを察して静かに告げた。彼女の淡い青の瞳には、依然として先ほどの惨劇の記憶が微かに揺らめいていたが、その声色は穏やかだった。


「……そうだな。この格好で陛下の前に出るわけにもいかない」


三人は管理室を後にし、夜の静寂に包まれた宮殿の廊下を歩む。すれ違う近衛兵たちが、三人の纏う「死神の残り香」に戦慄し、言葉もなく道を開ける。魔導灯の淡い光が、廊下を歩む三人の長い影を石床に落としていた。誰一人として言葉を発する者はなく、ただ足音だけが規則正しく夜の廊下に響いていた。その夜、アレンたちは深い眠りについた。


翌朝。午前九時。公女王エリシアの執務室は、張り詰めた緊張感に支配されていた。窓から差し込む朝の光が、机の上に並べられた書類の縁を静かに照らし出している。


「お入りなさい」


エリシアの声に応じ、身なりを整えたアレン、リィナ、セリスが入室する。アレンはエリシアの正面に立ち、一切の感情を排した声で、昨夜の「掃除」の結果を報告した。


「一席ダルケン、二席レグナス、三席ヴァルド。……三名とも、処刑を完了した」


エリシアの手に持った羽ペンが、ぴたりと止まる。彼女の青い瞳が、わずかに揺れた。


「……確実に、終わったのですね?」


「眉間を貫き、死体も資料もすべて分子レベルで焼却した。帝国に残ったのは、首脳部が忽然と消えたという『事実』だけだ」


セリスが、奪取した魔導端末のデータを机に置いた。表面に刻まれた文字が、朝の光を受けて鈍く光る。


「黒鋼派の計画、および関与していた軍内部のリストですわ。これで帝国の『癌細胞』は、物理的にも政治的にも切除されました」


エリシアは深く、長く、溜息を吐いた。それは一国の主として、最悪の脅威が去ったことへの安堵。そして、目の前の青年が振るった「天災」という名の暴力への、拭いきれぬ戦慄だった。彼女はしばらくの間、机上の書類に視線を落としたまま、言葉を選ぶように沈黙した。


「……感謝します、アレン殿。あなたたちのおかげで、ガルディアは救われました」


エリシアは立ち上がり、深々と頭を下げた。窓からは、輝かしい朝の光が差し込んでいる。だが、その光の中でも、アレンの黒い瞳だけは、依然として冷徹な静寂を保っていた。彼の周囲には、もはや昨夜のような荒々しい魔力圧は感じられなかったが、その静けさ自体が、かえって底知れぬ深みを感じさせた。


「これで、一つ片付いた。……戻るぞ」


アレンはそれだけ言い残すと、リィナとセリスを伴って執務室を後にした。国家を救った英雄の足音は、驚くほど静かに、そして力強く廊下に響き渡っていった。


執務室に一人残されたエリシアは、閉じられた扉をしばらくの間見つめ続けていた。彼女の脳裏には、これまでの五度にわたる帝国の工作、そしてそれを完全に断ち切った青年の姿が交錯していた。窓の外に広がる宮殿の庭園には、朝の陽光を浴びた木々の梢が、穏やかに風に揺れている。その平和な光景と、昨夜繰り広げられたであろう凄惨な断罪との対比に、彼女は改めて、アレンという存在の異質さを噛み締めずにはいられなかった。


やがてエリシアは、机の上に置かれた黒鋼派の内部資料へと視線を落とし、静かにそれを手に取った。国家の再建と、これからの外交への影響を検討するための、長い一日が始まろうとしていた。


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