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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第22章:帝都断罪

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22-8

東大陸の軍事覇権を象徴するヴァルゼン帝国。その心臓部である帝都イグナイトの地下深部には、皇帝ダリオスの監視すら届かぬ「影の中枢」が存在していた。


魔力遮断壁に守られた『黒鋼派専用会議室』。不気味な静寂に包まれたその室内で、三人の男たちが円卓を囲み、苛烈な議論を交わしていた。壁一面には発掘された古代兵器の設計図が並び、中央には不気味な光を放つ「深層魔力炉」の模型が鎮座している。冷たい空気の中、換気設備の低い唸りだけが、この密室の存在を辛うじて外界へと伝えていた。


「……何故だ。何故『アーク・ジャマー』が、アレン・ヴァルグレイを自壊させなかった」


黒鋼一席、ダルケン・シュタールが、冷徹な声音に隠しきれない焦燥を滲ませて問うた。灰色の瞳の奥には、これまでの敗北を決して忘れていない者特有の、粘り着くような執念が滲んでいた。彼の指先が、机上に広げられた報告書を苛立たしげに叩いている。


その向かいで、二席のレグナス・ハーゼンが脂汗を拭いながら魔導端末を叩き続けている。


「データ上は完璧だったのです! あの至近距離で、あのアレンが苦悶していた瞬間の波長をぶつけたのだ。誓導者共々、内側から肉片になっていなければおかしい……!」


彼の声には、これまで積み上げてきた研究者としての誇りが、音を立てて崩れていく焦りが滲んでいた。何度も同じデータを見返しながら、レグナスは自身の計算のどこに欠陥があったのかを、必死に探し続けていた。


「計算などあてにするからだ、レグナス。結局は力こそが全てよ」


三席のヴァルド・グレイアが、苛立ちをぶつけるように剛剣の柄を鳴らした。その武断派らしい荒々しさが、密室の緊張をさらに高めていく。


「次は私の直属部隊を送り込む。あの怪物が消耗している今こそ、物理的な暴力で息の根を止めてくれるわ」


「……待て。何か、おかしい」


ダルケンの言葉に、レグナスとヴァルドが動きを止める。空気が、不自然に震動していた。いや、震動ですらない。空間そのものの密度が、別の何かに書き換えられていくような、悍ましいまでの違和感。壁に貼られた古代兵器の設計図の端が、目には見えぬ圧力を受けたかのように、微かに波打った。


パチン、と。


鼓膜ではなく、脳髄を直接叩くような乾いた指の音が室内に響いた。


「──なっ!?」


視界が歪む。つい先刻まで帝都の重苦しい鉄の臭いに満ちていたはずの会議室に、場違いなほどの「清浄な殺意」が流れ込んできた。円卓の中央、何の予兆もなく、漆黒の魔力を纏った三人の男女が立っていた。その出現は、まるで元々そこに存在していたかのような自然さすら伴っていた。


「……揃ったな。害虫共」


アレン・ヴァルグレイの声が響く。それは怒りに燃える熱い響きではなく、不快なゴミを焼却炉に放り込む際のような、極低温の事務的な冷徹さを湛えていた。三人の首脳の顔から、瞬時に血の気が引いていく。


「リィナ」


「はい、アレン様。《空間隔絶結界スペース・セパレーション》」


リィナが袖口からショートロッドを滑り込ませた。瞬時に、室内の四壁が淡い青の膜に覆われる。音、光、衝撃、そして外部へのあらゆる魔力信号。そのすべてが遮断され、この会議室は「世界から切り離された死の密室」へと変貌した。膜が展開されると同時に、換気設備の唸りすらも、この空間からは完全に切り離されてしまった。


「く、貴様……! 何を──」


レグナスが叫びながら、懐にある隠し端末を起動しようとした。それは試作型の超高出力魔導兵器であり、発動すれば小規模な都市すら消滅させる威力を秘めている。回路に魔力が満ち、不気味な起動音が鳴り響こうとしたその瞬間。


「無駄だ」


アレンが再び指を鳴らした。


魔術消去ディスペル・アーツ》。目に見えぬ無属性の干渉波が放たれた刹那、室内の魔導照明がぷつりと消え、レグナスの傑作はただの冷たい鉄屑へと成り下がった。彼の手の中で、精密な回路が焼き切れる小さな音だけが響いた。


「……っ!? 馬鹿な、私の術式が、回路が、根源から死んだだと……!?」


「お前の『理』など、俺の視界ではノイズにもならない」


アレンが一歩、踏み出す。彼から溢れ出した漆黒の魔力圧が、物理的な質量を伴って室内を蹂躙した。鋼鉄の円卓がミシリと軋み、魔力遮断壁に亀裂が走る。壁に飾られていた古代兵器の設計図の一枚が、圧に耐えかねて音もなく床に落ちた。


「貴様らぁぁっ! 死ねぇ!」


ヴァルドが絶叫し、腰の剛剣を引き抜こうとした。帝国の武を象徴する彼の膂力と魔力強化。だが、その腕が動くことはなかった。アレンの放つ「天災」の如き重圧が、ヴァルドの肺を、膝を、そして魂そのものを石床へと縫い付けていた。彼の額から流れる脂汗が、床に小さな染みを作っていく。


「……掃除の時間だ」


アレンが三人の男へ向けて、静かに指先を向けた。そこには、対等な敵への敬意も、かつて迷宮で見せたような苛立ちの熱も存在しない。ただ、淡々と作業をこなす「処理」の眼光。


「《光束魔術ビーム・アーツ》」


一閃。追尾する三筋の極細の光が、空間を焼き切りながら奔った。回避も、防御も、声を上げる暇さえも与えられない。


光速の断罪が、ダルケン、レグナス、ヴァルドの眉間を同時に貫いた。


その瞬間、三人の男たちが目にしたのは、自身の死という劇的なドラマではなかった。彼らは、何が起きたかを理解する暇もなく、ただ自分の身体が末端から光の粒子へと溶けていくのを、他人事のように見つめていた。


「あ……」


ダルケンは、自分の指先が、腕が、胸が、音もなく白銀の光に分解されていくのを視認した。痛みはない。ただ、自身の存在という概念が、世界の理から丁寧に「消去」されていく感覚だけがあった。物理的な欠損を感じる前に、「自分が自分である」という情報の拠り所が、一瞬ごとに空白へと書き換えられていく。彼の脳裏には、長年帝国のために積み上げてきた計略も、抱いてきた野心も、何一つ浮かぶことなく、ただ静寂だけが訪れていった。


ヴァルドの剛剣が床に落ちる音さえ、彼らの耳には届かなかった。脳が恐怖を感じる電気信号を発するよりも速く、思考そのものが光の海へと溶けていく。それは「死」というよりは、書き間違えた文字を消しゴムで消すような、あまりにも呆気ない消滅であった。


音もなく、三人の肉体は膝をつくことさえ許されず、完全な虚無へと霧散した。


アレンは彼らのいた場所へ一瞥もくれず、今度は手の平を静かに広げた。


「消えろ」


光刃魔術ビーム・ブレード・アーツ》。極薄、かつ超高密度の光の刃が、室内を円状に薙いだ。壁に貼られた古代兵器の設計図、中央の深層魔力炉の模型、そして黒鋼派が長年かけて築き上げたすべての機密資料。それらは分子レベルで焼却され、光の粒子となって空間へと溶け込んだ。長年にわたり蓄積されてきた帝国の野望の痕跡が、瞬く間に何もない空白へと変わっていく様子は、まるで最初からそこに何も存在しなかったかのようだった。


焦げた魔力の匂いと、静寂だけが残された。会議室の四方を包んでいた結界の膜も、その役目を終えるように静かに薄れていった。


「……帰りましょう、アレン様。宮殿で公女王様がお待ちですわ」


セリスが、気品を保ったまま処刑人の瞳を和らげ、アレンの傍らへと歩み寄った。彼女の声には、任務を終えた者特有の、静かな達成感が滲んでいた。


「ああ。リィナ、セリス、掴まれ」


再び視界が揺れる。《空間転移スペース・シフト》。


三人の姿が掻き消えた後、そこには帝国の影を支配した「黒鋼」の痕跡は、塵一つ残されていなかった。外部の警備兵たちがこの「消滅」に気づいたとき、彼らが目にするのは、誰一人としていない、ただの虚ろな石の部屋である。壁に掛けられていたはずの設計図も、中央に鎮座していた模型も、何一つとしてそこには存在しない。


帝国の心臓部で起きた「概念的な消滅」。世界を揺るがす天災の残響は、夕刻前の帝都に、ただ冷たい静寂だけを刻んでいた。地下深くのその部屋には、焦げた魔力の残り香だけが、しばらくの間、誰にも気づかれることなく漂い続けていた。


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