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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第22章:帝都断罪

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22-2

サツキが部屋に足を踏み入れた、その直後だった。


「──ッ!?」


鼓膜を突き刺すような、不快な高周波が室内に響き渡る。壁の隅、目には映らぬ座標に据えられていた帝国の『アーク・ジャマー』が、遠く帝都から送り込まれた出力を受け、最高値へと達したのだ。別邸を包む強固な防魔結界が、その干渉波によって激しく明滅する。天井近くに張られた結界の膜が、まるで薄氷のように軋み、白い光の亀裂を幾筋も走らせた。魔力波長の同期が臨界点を超えた瞬間、空間そのものに、本来存在するはずのない「隙間」が生じた。


その歪みから、影が湧き出した。


「な……っ!?」


漆黒の隠密装備を纏った男たちが、虚空から音もなく降り立つ。足音一つ立てず、まるで最初からそこにいたかのような自然さで床に立つその姿は、ヴァルゼン帝国軍特科工作部隊のものだった。手には、魔力の輝きすら無機質に反射する殺害用の短剣。研ぎ澄まされたその刃は、部屋を満たす黒い陽炎の光さえも吸い込むように鈍く沈んでいた。


「リィナ……セリス、逃げろ……っ!」


アレンが喉を焼くような声で叫ぶ。だが、彼自身は動けなかった。今にも暴走しかねない魔力を、全神経を注いで自らの内側に押し留めているのだ。一歩でも踏み出せば、その圧が二人を肉片へと変えてしまう。彼にとって最も恐ろしいのは敵の刃ではなく、己自身の存在そのものだった。拳を握りしめる指先が、痛いほどに白くなっている。


「あ、あう……っ……」


リィナは床に膝をついたまま、焦点の合わない瞳で虚空を見つめていた。魔力循環の乱れは、彼女の脳を直接揺さぶり続けている。世界トップの防御性能を誇るはずの《三重魔導護膜トリプル・アーク・シェル》さえ、発動に必要な魔術式を構築することができない。指先を動かそうとしても、頭の中で組み上がりかけた式が、まるで砂のように崩れて消えていく。


「詠唱が……術式が、霧散する……ますわ……っ!」


セリスが震える手でレイピアを抜こうとするが、その唇からこぼれる詠唱の断片は、絶えず響く高周波のノイズにかき消されていく。アーク・ジャマーによる「理」の強制的な書き換え。誓環学院を首席で卒業した天才魔術師の誇りが、帝国の科学によって無残に踏みにじられていた。柄を握る指先だけが、屈辱に震えている。


二人の誓導者は、今、完全に無防備だった。武器を構えることもできず、逃げることもできず、ただ床に頽れ、迫りくる死をその目に映すことしかできない。


「怪物は放っておけ。内側から自滅する」


工作員の一人が、感情の欠片も感じさせない冷酷な声で命じた。その視線はアレンではなく、床に倒れ伏す二人の女性へとまっすぐに向けられている。標的の選定は、既に完璧に定められていた。この男たちにとって、アレン・ヴァルグレイという存在は正面から打ち破るべき壁ではなく、迂回して喉笛だけを狙うべき対象なのだ。


「誓導者を排除しろ。それが、あの男を殺す最短ルートだ」


低く、機械的なその指示に応じ、一人の工作員が音もなく間合いを詰めていく。漆黒の靴底が石床を撫でるようにして進み、その動きには一切の無駄がなかった。訓練された肉体が生み出す、完璧なまでに冷酷な殺意の軌跡。


月光すら差し込まぬ室内で、その刃だけが、部屋に満ちる黒い陽炎の残光を映し、鈍く光った。リィナの淡い青の瞳が、迫りくる死の気配をかろうじて捉える。声を上げることさえできず、ただ本能的に身を竦ませることしかできなかった。傍らでセリスが息を呑む音が、狭い室内に不釣り合いなほど大きく響いた。


アレンの喉から、言葉にならない呻きが漏れる。動けば二人を殺す。動かなければ二人が殺される。その絶望的な二択の狭間で、彼の意識は限界まで引き裂かれようとしていた。周囲の空気は依然として重く沈み、床板の軋む音だけが、静寂に満ちた惨劇の予兆を刻み続けている。


黒い刃が、リィナの細い首筋へと振り下ろされる。


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