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ヴァルゼン帝国、帝国魔導兵器開発局。地上の喧騒から完全に切り離された最深部の研究室は、機器が発する冷たい青白い光と、絶え間なく回る冷却ファンの排気音に満たされていた。壁一面の大型モニターには、過去の世界十五か国首脳会議や先日の迷宮遠征で密かに収集された、膨大な魔力波形の解析データが滝のように流れ続けている。
その中心で、黒鋼二席レグナス・ハーゼンは、狂喜を孕んだ薄笑いを浮かべていた。彼の視線の先には、黒鋼色の金属で覆われた異様な形状の魔導装置──プロトタイプ『アーク・ジャマー』が、不気味な唸りを上げて鎮座していた。装置の表面に走る幾何学的な回路が、内部に蓄えられた膨大な魔力を示すように、脈打つような光を放っている。
「素晴らしい。これこそが、神の領域を汚すための『楔』だ」
レグナスは、モニターに映し出されたリィナとセリスの魔力波形を、愛おしげに指先でなぞった。波形の線が青白く明滅し、二つの固有の周波数が、複雑な螺旋を描いて絡み合っている。黒鋼一席ダルケン・シュタールからの至上命令は一つ。『アレン・ヴァルグレイの器(誓導者)を叩き割り、怪物を自壊させろ』。
「アレン本人を狙うのは愚策だ。あの男の《魔術消去》は、理に触れる術式そのものを『無』へと還す。直接的な攻撃も、魔術的な干渉も、奴という深淵に飲み込まれて終わるだろう」
レグナスの瞳が、眼鏡の奥で鋭く光る。今回の暗殺計画の要諦は、アレン本人の無敵の権能を正面突破することではない。彼を人として繋ぎ止め、溢れ出す膨大な魔力を受け止めているリィナとセリス、その両名とアレンを結ぶ「魔力循環の波長」そのものを標的にすることであった。
「アレンという存在が『理外』であっても、彼を支える誓導者という『外部接続された回路』は我々と同じ『理』の中に存在する器に過ぎない。その循環の周波数、同調のリズム……。それらは解析可能な数式だ」
レグナスの指が、最終起動のコンソールへと伸びる。アレンの魔力は今、指数関数的な増大と、迷宮深層での魔力過負荷により、極限まで不安定な状態にある。ジャマーによって「魔力の架け橋」を強制的に揺さぶれば、循環はたちまち崩壊する。彼はその光景を想像するだけで、口の端をわずかに歪めていた。
「別邸の強固な結界とて、物理的な侵入を防ぐだけの壁。内側から乱される循環の『逆流』までは防げまい。アレンは間違いなく、苦しむ二人の器を救うために自らの魔力を強引に注ぎ込み……そして、自ら壊れる道を選ぶだろう」
それは、アレンの「誓導者を守り抜く」という強すぎる自己犠牲の精神を逆手に取った、冷徹極まりない詰み盤であった。レグナスはその計画の緻密さに、研究者としての病的な満足感を覚えずにはいられなかった。彼にとって、これは単なる暗殺計画ではなく、一つの壮大な「実験」でもあった。
「レグナス様。工作部隊、ガルディア公国宮殿外郭の特定座標に配置完了。干渉波の同調、開始します」
通信端末から届いた無機質な報告に、レグナスは満足げに頷いた。彼の指先が、コンソールの上を滑るように動いていく。
報告を受けたレグナスが、コンソールを力任せに叩いた。
「よろしい。……実験を開始せよ。怪物を、その檻ごと爆発させるのだ」
次の瞬間、装置が低く重い地響きのような振動を上げ、目に見えぬ魔力の楔が放たれた。装置全体が一瞬、眩いばかりの光を放ち、それはすぐに収束して、静かな唸りへと戻っていく。ヴァルゼン帝国が長年積み上げてきた魔導工学の悪意が、国境を越え、静まり返ったガルディア公国宮殿別邸へと音もなく忍び寄っていった。
研究室のモニターには、遠く離れた座標へと向かう干渉波の軌跡が、赤い光の線となって表示され続けている。その線は大陸を跨ぎ、静かに、しかし確実に目標へと近づいていた。レグナスはその軌跡を見つめながら、両手を組み、まるで祈るような姿勢で椅子に深く腰掛けた。
「さあ、見せてくれ。理外の存在が、どのようにして崩れ落ちるのかを」
彼の呟きは、冷却ファンの排気音にかき消されるように、誰にも届くことなく研究室の闇に溶けていった。壁のモニターに映る無数のデータだけが、これから起こるであろう出来事の予兆を、静かに、しかし確実に示し続けていた。地上の遥か彼方、ガルディア公国の宮殿別邸では、まだ誰もこの闇の胎動に気づいていない。夜の静寂の中で、帝国の毒だけが、着実にその根を這わせ始めていた。




