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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第21章:強国たちの来訪

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21-12

ヴァルゼン帝国、軍務院地下。魔力遮断壁に囲まれた、無機質な非公開区画。空調の低い唸りだけが、この密室の存在を辛うじて外界へと伝えている。壁一面に投影されたホログラムには、迷宮遠征の記録データが青白く明滅していた。


黒鋼一席、ダルケン・シュタールは、冷え切った空気の中で報告書を握り潰した。紙の擦れる乾いた音が、静まり返った部屋に不快に響く。


「……報告は、以上か」


「はっ。三十階層の主が、指先一つで消滅いたしました」


生還した特級魔軌士の声は、未だに生理的な恐怖で震えている。彼の目の下には深い隈が刻まれ、両手は報告書を握る間も、細かく痙攣し続けていた。あの絶望的な光景を語る言葉すら、彼の喉から絞り出すのは容易ではなかった。


ダルケンの脳裏に、かつての全世界中継が蘇る。帝国最高戦力であるNo.1やNo.3を、赤子のように捻り出したあの光景。皇帝自らが「天災」とまで呼び、最優先警戒対象に指定した怪物。あの映像を目にした時の屈辱は、今もなお彼の胸の奥に鈍い熱を残していた。


だが、今回の報告が意味する絶望は、それとは別次元のものだった。


「古代兵器の予兆も、複雑な儀式術式もなし……か」


ダルケンは、壁に貼られた精密な迷宮地図を鋭い眼光で射抜いた。地図に描かれた三十階層の記録は、あまりにも簡素だった。もしアレンが強力な魔導具や技術を盗用していたなら、まだ「対策」の立てようがあった。分析可能な術式、解析できる魔導回路――そういった手がかりさえあれば、いずれ帝国の技術力で追いつくことも可能だっただろう。しかし、彼は人類の到達限界を、ただの「指先からの光線」で蹂躙した。


それは技術ではない。研鑽も、理論も、帝国の誇りすらも嘲笑う「空白の暴力」だ。ガルド(No.10)が二十八階層で費やした努力が、塵ほどの価値も持たない。長年にわたり帝国が積み上げてきた軍事的優位という概念そのものが、たった一人の男によって、根底から覆されようとしていた。


「……歩く戦略兵器だと? 皇帝陛下は、まだ甘い」


ダルケンが呟く声には、一人の専門家としての底知れぬ戦慄が混ざっていた。彼はこれまで、幾多の戦略兵器の開発計画に携わってきた。魔導兵器、古代技術の再現、迷宮資源の軍事転用――それらのすべてが、いずれは「理解可能な脅威」として分類され、対抗策を練ることができた。だが、アレン・ヴァルグレイという存在は、そのどのカテゴリーにも当てはまらない。


アレン・ヴァルグレイは「兵器」ではない。この世界の魔術体系、その理の外側に立つ異物なのだ。


真正面から戦えば、帝国の軍勢とて一瞬で溶けるだろう。だが、どれほど完成された怪物にも、必ず継ぎ目――弱点は存在する。ダルケンはその確信だけを頼りに、これまでの計画を組み立て直してきた。


「アレンは、己を犠牲にしてでも第一、第二誓導者を守ろうとする」


リィナ・フェルウェンとセリス・ヴァレンティア。彼女たちはアレンを支える『器』であり、同時に彼を縛る唯一の枷だ。ダルケンの脳裏には、これまで収集してきた膨大な魔力波形の解析データが、次々と浮かんでは消えていく。晩餐会での献身的な庇護、迷宮遠征での度重なる自己犠牲的な行動――それらの記録が、一つの明確な結論へと収束していった。


「二席、レグナス。例の試作品プロトタイプを使え」


影の中から、狂気を孕んだ薄笑いが漏れた。二席レグナス・ハーゼンの声が、遮断壁に囲まれた部屋の奥からくぐもって響いてくる。


「アレンを消す必要はない。……あの『器』を叩き割れ。さすれば、怪物は自ずと崩壊する」


ダルケンはその言葉に、静かに頷いた。彼の灰色の瞳の奥で、何かが冷たく決意を固めていくのが見て取れた。


冷たい地下室で、最凶の合理主義者が「天災」を殺すための策を練る。壁のホログラムには、依然として三十階層の惨劇の記録が、無音のまま繰り返し流され続けていた。指先からの一条の光が、巨躯を持つ守護獣を跡形もなく消し去るその瞬間を、ダルケンは何度も、何度も、食い入るように見つめていた。


彼の指先が、静かにコンソールを撫でる。そこに記されているのは、これから帝国が動かそうとしている次なる計画の骨子だった。武力でも、技術力でもなく、最も人間的で、最も脆い部分を狙う――それこそが、この理外の存在に対して人類が取り得る、唯一の現実的な手段であるとダルケンは確信していた。


ガルディア公国の平穏を切り裂く闇の胎動が、静かに、しかし確実に始まっていた。地下深くのこの部屋には、外の世界の秋の陽光も、宮殿を吹き抜ける穏やかな風も、決して届くことはなかった。ただ、冷たい計算だけが、暗闇の中で着実に形を成していった。


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