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晩餐会の爆発事件から数日。ガルディア公国宮殿の会談室には、重苦しい沈黙が満ちていた。窓から差し込む昼下がりの光が、磨き上げられた長机の表面に鈍い反射を落としている。先日の混乱の余韻はすでに片付けられていたが、その空気の底には、まだ拭い去れない緊張が澱のように沈んでいた。
「四十階層のボス魔石。その存在自体は認めよう」
ヴァルゼン帝国『黒鋼派』の首領、ダルケン・シュタールは冷然と言い放った。軍務院次官としての威厳を纏い、彼はアレンを鋭い眼光で射抜く。灰色の瞳の奥には、これまでの敗北を決して忘れていない者特有の、粘り着くような執念が滲んでいた。
「だが、個人の武勇による単独踏破など、物理的に不可能だ」
「我が帝国のNo.10、ガルドですら二十八階層で足止めされているのだからな」
ダルケンが机に叩きつけた資料には、帝国の到達限界が記されていた。分厚い書類の束が、乾いた音を立てて広がる。世界最強の軍事国家を自負する帝国にとって、アレンの記録は、彼らが積み上げてきた軍事的常識そのものへの、静かな冒涜に等しかった。
「貴殿の成功には、国際法に触れる『古代兵器』の関与が疑われる」
「あるいは、他国の技術を不正に盗用したか。そう断ぜざるを得ない」
セリスが眉をひそめ、辺境伯令嬢としての気品ある怒りを滲ませた。彼女の青色の瞳が、机の向こうに座るダルケンを鋭く見据える。
「……事実無根の難癖ですわ。アレン様の実力を侮辱するおつもり?」
その声には、これまで培われてきた誓導者としての誇りが確かに宿っていた。だがダルケンは、その怒気を意にも介さず、冷酷な条件を突きつける。
「疑惑を晴らしたいのであれば、我が帝国の観測員を同行させろ」
「三十階層までの攻略プロセスを、この目で直接監視させてもらう」
帝国の特級魔軌士、No.50前後の精鋭を随行させるという要求。それは実力査定であると同時に、アレンの能力を解体・分析する意図があった。会談室の空気が、その一言でさらに冷え込んでいく。リィナは静かに手元のアーク・リンクを握りしめ、ダルケンの言葉の裏に潜む思惑を探るように、僅かに眉を寄せていた。
「……死ぬぞ。それでもいいなら、勝手についてこい」
アレンは壁に背を預けたまま、退屈そうに鼻で笑った。その黒い瞳には、警告ではなく、ただ無機質な事実だけが宿っている。彼にとって、深層の危険性は誇張でも脅しでもなく、単なる客観的な現実に過ぎなかった。感情の起伏を伴わないその言い方が、かえって会談室に居並ぶ帝国側の随行員たちの顔を、僅かに青ざめさせていた。
「――アレン様! その任務、私も同行させてください」
凛とした声が響き、サツキ・ハートフィールドが一歩前へ出た。一七二センチの長身を支えるのは、武人としての烈しい闘志だ。彼女の茶色の瞳には、これまでの敗北の記憶と、それでもなお前に進もうとする強い意志が同居していた。
(二十六階層……魔力の質が変わるという境界線)
(私の『武』がどこまで通用するのか。アレン様の隣に立つ資格を、知りたい)
サツキは自らの内側に渦巻く『隣に立ちたい』という烈しい渇望を、静かな踏み込みの予備動作へと変えた。 彼女の茶色の瞳はアレンを真っ直ぐに射抜き、自身の重心が一点の揺らぎもなく定まるのを確かめてから、 強く志願した。修理を終えたばかりのその刃には、以前の歪みはもう存在しない。だが、その代わりに彼女の胸の内には、埋めきれない別の不安が渦巻いていた。晩餐会の一件で自覚してしまった感情、そしてアレンの隣に立つための「資格」への渇望。それらが混ざり合い、彼女を突き動かしていた。
「好きにしろ。ただし、俺の指示に従えない奴は置いていく」
アレンの言葉は、依然として冷淡だった。だがその中には、彼女の覚悟を頭ごなしに否定しない、という僅かな余地も含まれていた。サツキはそれを、静かな許可として受け取った。
会談室の隅では、リィナが小さく息を吐いていた。彼女の淡い青の瞳が、サツキの横顔をそっと見つめる。そこに宿る決意の強さに、リィナは同じ誓導者として、そして一人の女性として、複雑な感慨を覚えずにはいられなかった。二十六階層という未知の境界線が、これからサツキに何をもたらすのか――その予感が、リィナの胸にわずかな不安の影を落としていた。
セリスもまた、机の向こうに座るダルケンの表情を注意深く観察していた。彼の冷酷な提案の裏に、単なる実力査定以上の意図が隠されているのではないか――そんな疑念が、彼女の中で静かに膨らみ始めていた。だが今はまだ、その正体を掴む糸口はどこにもなかった。
冷徹な「理外」の騎士による、死の査定が始まろうとしていた。窓の外では、秋の陽光が宮殿の庭園を静かに照らし続けている。だが会談室の中に満ちる空気だけは、その穏やかさとは無縁の、張り詰めた緊張に覆われたままだった。ダルケンは書類を丁寧に束ね直しながら、口元にわずかな、しかし確かな笑みを浮かべていた。その笑みの意味を、この場にいる誰もまだ正確には読み取れずにいた。




