20-11
翌朝、ガルディア公国宮殿の別邸。アレンはリィナが淹れた茶を口にし、窓外の庭園を眺めていた。秋の朝の澄んだ光が、庭木の葉先に残る朝露を淡く輝かせている。テーブルの上に置かれたカップから立ち昇る湯気が、静かな朝の空気の中にゆっくりと溶けていった。
「アレン様。昨日の鍛冶店のことですが」
リィナがアーク・リンクを閉じ、アレンに歩み寄る。彼女の淡い青の瞳には、既に次の段取りを組み終えたような、てきぱきとした光が宿っていた。
「《灰銀炉》のバルバラさんに聞いたら、“同じものを打つなら、うちの方が一割高くなる”だそうです」
「ブランド料ってやつか」
「はい。それに彼女、“一割増しで本当に良い物を打てる保証はない”とも……」
アレンは僅かに口角を上げた。彼の脳裏には、ゼルハルトの工房で見た、二千年の歴史を背負ったあの女主人の不敵な笑みが思い出されていた。
「まあ、向こうは“鍛冶神の子孫”を自称する家系だからな。腕の差というより、歴史の積み重ねの差だろ」
「というわけで、買いに行きましょう、アレン様。新装備の注文ですわ!」
金髪を揺らし、セリスが意気揚々とリビングに現れた。昨日の武器屋での興奮がまだ冷めやらぬのか、彼女の足取りには珍しく浮き立つような軽やかさがあった。
「わざわざ行く必要もないだろ。あの主人なら、呼んだらすぐに来るんじゃないのか?」
アレンの合理的な提案に、セリスは一瞬目を丸くし、それから可笑しそうに笑った。
「……たしかに。実家でも商人は屋敷に呼ぶものでしたわ。忘れていましたわね」
セリスは即座に別邸の侍従へ指示を飛ばす。彼女の口調には、辺境伯令嬢としての育ちが自然と滲み出ていた。
「最高級の茶菓子を用意して。ガルディア最高の鍛冶師を、ここへお招きしますわ」
「主人が来られたら、アレン様も参加してくださいね」
リィナが、アレンの黒い袖をそっと引いた。
「武器の細かい性能……アレン様の目で判断してほしいんです。一番、信頼していますから」
「……わかった」
アレンは短く応じた。先日のサツキの薙刀の件もあり、アレンの「武器を見る目」に絶大な信頼を寄せている。リィナの言葉には、単なる実用上の判断以上の、静かな信頼の重みが込められていた。
日の光が傾き始めた午後。工房の強面なドワーフ主人ブロム・ハイロックが、緊張した面持ちで別邸を訪れた。彼の分厚い手には、普段使う工具の代わりに、丁寧に磨かれた見本の金属片が幾つか収められた木箱が抱えられている。
「No.0様に宮殿別邸へ呼ばれるたぁ、鍛冶師冥利に尽きるぜ……」
主人はアレンの腰にある銀の脇差を一度だけ拝むように見ると、背筋を正した。応接間の重厚な調度品に囲まれながらも、彼の職人としての眼光は少しも揺らいでいなかった。
注文は淀みなく進んでいった。
リィナは、現在二十センチの「ショートロッド」に代わる、新たな魔力集束媒体を依頼。彼女は自らの魔力波長の癖や、これまでの戦闘での使い勝手を細やかに説明し、ブロムはその一つ一つに真剣な相槌を打ちながら手帳に書き留めていった。
セリスは、攻撃魔術の威力を最大化する「魔導レイピア」の新調を。彼女の要望には、令嬢らしい優美さと、誓導者としての実戦性が矛盾なく同居していた。
サツキの家伝の薙刀《朧月》は、すでに工房で精密修理の工程に入っている。彼女はその報告を静かに聞きながら、いずれ訪れるであろう新調の日への複雑な想いを、胸の内にそっと仕舞い込んでいた。
最後に、アレンが口を開いた。
「俺にも一本、頼む。……今の刀の予備になるものを」
その言葉に、リィナとセリスは思わず顔を見合わせた。二千年の時を超えた《白緋》を持つ彼が、あえて「予備」を求めるという事実に、二人はそれぞれの想いを抱いた。
主人は手帳に筆を走らせ、四人を交互に見つめた。彼の目には、これから打ち上げる武具への確かな職人魂の炎が灯っていた。
「よし、受けた。……出来上がりは、お嬢さん方のが一ヶ月後だ」
「一ヶ月……! 楽しみです、アレン様!」
リィナとセリスが、期待に瞳を輝かせる。窓から差し込む夕暮れの光が、二人の顔をほのかなオレンジ色に染めていた。
「だが、No.0様。……アンタのは二ヶ月もらうぜ」
「二ヶ月か。……構わない。手間をかける」
アレンの魔力に耐えうる「理外」の装備を打つには、最高級の鍛冶師であってもそれだけの歳月を必要とする。アレンはその時間の重みを、静かに受け止めた。二千年前の自分が待ち続けたのと同じように、今度は自分が待つ番なのかもしれない。そんな感慨が、彼の胸の奥にほんの僅かに過った。
別邸のテラスに、新装備への期待と、さらなる高みを目指す三人の笑い声が響いた。秋の夕風が庭園の木々を揺らし、その葉擦れの音が、四人を包む穏やかな時間にそっと寄り添っていた。窓の外には茜色に染まる空が広がり、宮殿の尖塔がその輪郭を静かに際立たせている。理外の騎士とその仲間たちの新たな旅路は、こうしてまた一つ、確かな一歩を刻んでいくのだった。




