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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第20章:押しかけの武人

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20-3

九月の柔らかな陽光が、首都ガルディアスの石畳を白く焼き、秋の気配を含んだ風が街路樹の葉を微かに揺らしていた。先ほどの魔導車暴走事故の熱狂を背に、アレンたちは「ガルネリア本店」の重厚な自動扉の前に立っていた。その扉が音もなく左右へ滑り出すと、店内の空調から届く冷気と共に、高純度な魔力によって精製されたアロマの香りが鼻腔をくすぐった。


「──魔力署名照合。国際特務官No.0、アレン・ヴァルグレイ様と確認。ようこそお越しくださいました」


店内の魔導照明が、主の来訪を祝うように一斉に輝きを増した。カウンターに控えていた全スタッフが、示し合わせたような精密さで姿勢を正し、深々と頭を下げる。紺の戦闘服の袖に無意識に指をかけたアレンは、長身を僅かに縮め、居心地悪そうに鼻を鳴らした。先刻の事故現場での熱狂的な視線と、この店内での丁重すぎる出迎えとが、どこか似た種類の重苦しさを彼の肩にのしかからせていた。


今回の目的は、アレンの「0番昇格」を記念した新衣装、そして三着目となる誓導者衣装の新調だ。


「アレン様、こちらの新作カタログをご覧ください」


リィナがホログラムディスプレイを空中に投影すると、数多のデザイン案が青白く浮かび上がった。 その中でもアレンは、機能性のみを追求する冷徹な瞳で、一案を指し示した。


それは、アレンが着用する「セミロングコート」と、対となる誓導者たちの「ミニスカート、ハイニーソックス」を組み合わせた、異質だが洗練された戦闘服だった。


「……アレン様、これ、普通に大胆すぎませんか?」


銀髪を揺らしたリィナが、頬を赤らめて呟いた。彼女の淡い青色の瞳が、投影された露出の多いデザインを不安げに見つめる。 セリスもまた、金髪をなびかせながら冷ややかな、けれどどこか楽しげな視線をアレンに向けた。


「アレン様。……こういうのが、お好きでしたの?」


「いや。……関節の可動域が最も広く、脚部の魔力放熱効率が最適化されている。動きやすさを重視した結果だ」


アレンは至って真面目に、論理的な数値でも提示するかのように答えた。だが、リィナとセリスは同時に深い溜息を吐いた。彼の言葉には一切の下心も虚飾もないことを二人はよく理解していたが、だからこそ、その無自覚さがかえって始末に負えなかった。


「機能性は認めますけれど……。スカートとソックスの間、ここが完全に無防備ですわ」


セリスが職業的な鋭さで、素肌が露出した部分──いわゆる絶対領域をレイピアの先端で示すように指した。


「格闘戦になれば、ここから魔力障壁の隙間を突かれます。致命的な弱点になりかねませんわ」


「あら、そんな心配は無用よ?」


軽やかなヒールの音と共に、オーナーのレティシア・ガルネリアが姿を現した。彼女はアレンの長身を見上げ、満足げに微笑む。その所作には、世界的ブランドを率いる者としての自信と、天才デザイナーらしい遊び心が同居していた。


「アレン殿の提案は、魔導工学的にも極めて理に適っていますわ。……いいえ、今の彼の魔力量を考えれば、むしろ『必然』と言えるでしょう」


レティシアはアレンの胸元に手をかざし、その奥に眠る深淵のような魔力圧を感じ取るように目を細めた。


「アレン様の魔力は今や、一個の人間が内包できる限界を超えつつあります。並の衣類ですっぽりと全身を覆ってしまえば、内側から膨れ上がる魔力圧に耐えきれず、布地そのものが破裂してしまうでしょう」


彼女は誓導者衣装のデザイン画を指でなぞった。


「この『絶対領域』と呼ばれる露出部は、単なる放熱だけでなく、外部との魔力循環を逃がすための『緊急排圧弁』の役割を兼ねているのです。ここから魔力を逃がすことで、循環回路の過負荷オーバーロードを防ぐ。……これこそが、No.0の力に寄り添うための最適解ですわ」


レティシアの説明に、アレンは「なるほど」と短く頷いた。 納得がいったという顔だ。


「そしてセリス様、防御の問題ならこれで解決よ」


レティシアが提示したのは、一見すると繊細な網目を持つ黒いタイツだった。彼女は手近な軍用ナイフを取り出すと、タイツの上から全力で切りつけた。


──キィィィィン!


火花が散り、無機質な硬質音が店内に響く。ナイフの刃が逆に欠け、床に落ちた。


「古代魔導織機の術式を再現した一点物、『魔導網織アーク・ウィーブタイツ』よ。切断耐性は軍用装甲以上。それでいて通気性は抜群。見た目はこれほどまでに軽やかでしょ?」


「すごい……! これなら安心です」


リィナが目を輝かせ、その布地に触れた。セリスも納得したように、凛とした佇まいで頷く。


「実戦でも十分に使えますわね。……アレン様、黙り込まないでくださいまし」


アレンはただ、自身の提案した「機能性」が予想外の方向で完璧に補完されたことに、言葉を失っていた。


「さらにこのセミロングコートには、戦闘時にのみ起動する『魔力圧縮フィールド』が組み込まれているわ」


レティシアがコートの裾を広げる。


「激しい動きを検知すると、魔力がスカート部分を包み込んで形状を固定するの。つまり、どれほど飛び回っても、守るべき場所は自動で守られるというわけ」


単なるファッションではない。それはアレンの魔力を循環させ、誓導者を守るための、最新鋭の「魔導装備」であった。


「……完璧ですわね」


セリスが満足げに頷く。


「さて。ではアレン様の衣装ですが……私たちが選びます!」


リィナが力強く宣言した。


「当然ですわ。No.0の誓導者として、隣に立つ私たちの『見栄え』も重要ですから」


「……待て。俺の意見は?」


「「ありません!」」


即答だった。アレンは思わず片眉を上げたが、二人の瞳に宿る揺るぎない決意を前に、それ以上の反論を諦めた。



「さて。ではカラーリングを決めましょう。アレン様のベースは、漆黒オブシディアン・ブラックに決まりですわね」


セリスがホログラムを操作し、次々と色を乗せていく。彼女の指先の動きには、令嬢としての審美眼と、誓導者としての実務的な視点とが、絶妙に融合していた。


アレンの新衣装は、深淵のような黒を基調とし、襟元や袖口に「0」を想起させる白銀の細いラインが走るデザインだ。コートの裏地には、彼の魔力と同調して淡く発光する無属性の銀糸が織り込まれている。


リィナの衣装は、清潔感のある「純白スノー・ホワイト」をベースに、彼女の銀髪を際立たせる「淡い水色ペール・ブルー」の刺繍を施した。コートの裾には三重の幾何学模様が刻まれ、彼女の守護魔術を象徴している。


セリスの衣装は、ヴァレンティア辺境伯家の誇りを示す「深青セルリアン・ブルー」を基調とし、気品ある「黄金シャンパン・ゴールド」の縁取りが加えられた。全体的にタイトで鋭いシルエットが、彼女の攻撃魔術のキレを表現していた。


「三人の統一感も完璧ですわ。……アレン様、いかがでしょうか?」


「……任せる。俺はただ、機能していればそれでいい」


アレンは無造作に答え、腰に差したばかりの銀色の脇差《白緋しらひ》を一度だけ撫でた。その仕草は無意識のもので、二千年前の記憶と結びついた新たな武器への、確かな愛着が滲んでいた。


三兆エルの年俸を誇り、既存の序列を破壊した世界最強の男は、信頼する二人の誓導者の「審美眼」という名の、逃れられぬ包囲網に大人しく身を委ねるしかなかった。


店内には、この後も数時間にわたって、細部の意匠や刺繍の配置、生地の張りにまで及ぶ議論が続くことになる。レティシアは自らのスケッチブックを次々とめくり、リィナとセリスは互いの案を照らし合わせては小さく歓声を上げた。窓の外では秋めいた陽光が徐々に傾きを増し、店内の魔導照明がその明るさを静かに調整していく。魔力署名を通して主の存在を認識し続ける空調が、絶えず快適な温度を保っていた。


アレンはソファに深く腰掛け、時折投げかけられる「アレン様、こちらとこちら、どちらがお好みですか?」という問いに、その都度短く「どちらでもいい」と答え続けていた。だが、そのたびにリィナとセリスの表情が僅かに綻ぶのを見るにつけ、彼はこの無意味とも思える時間の中に、確かな安らぎのようなものを感じ始めていた。戦場での緊迫した駆け引きとは異なる、もっと柔らかく、もっと人間的な種類の時間の流れが、この高級店の一角にはあった。


やがて採寸が終わり、最終的なデザインの承認が下りる頃には、窓の外はすっかり夕暮れの色に染まっていた。レティシアは満足げに手帳を閉じ、深々と一礼した。


「完成まで、およそ一ヶ月をいただきますわ。No.0の名にふさわしい、世界で最も美しく、最も機能的な一着をお約束いたします」


「頼む」


アレンは短く応じ、ソファから立ち上がった。腰の《白緋しらひ》が、店内の魔導照明を受けて静かに煌めく。三人が店を後にする頃、外の空気にはすっかり秋の涼やかさが満ちていた。ガルディアスの街並みを染める夕焼けの中を、三人はそれぞれの思いを胸に、宮殿別邸への道を歩んでいった。


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