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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第20章:押しかけの武人

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20-2

九月一日。ガルディア公国の首都ガルディアスは、秋の気配を含んだ爽やかな風に包まれていた。夏の重苦しい熱気がようやく薄れ、街路樹の梢を揺らす風には、どこか涼やかな透明感が混じり始めている。アレン、リィナ、セリスの三人は、宮殿敷地内の別邸を出て、賑やかな中央通りを歩いていた。


「アレン様、せっかく『No.0』になられたのですから」


リィナが、銀髪を揺らしながらアレンを見上げて微笑む。彼女の淡い青の瞳には、これからの買い物への素直な期待が浮かんでいた。


「新しい門出に相応しい、特別な装備を新調しませんか? ガルネリア本店で、今の魔力に合わせたものを」


「服か。……今のままでも困ってはいないが」


アレンが紺の軍服風戦闘服の袖に目をやる。長年着慣れたその生地には、幾多の戦場を潜り抜けてきた無骨な実用性が滲んでいたが、リィナの目には、それが今のアレンの魔力量にはやや不釣り合いに映っていた。


「リィナの言う通りですわ。今のあなた様の魔力量は、以前とは比較になりませんもの。媒体となる衣類も、最高級の『魔力織布』でなければ耐えきれませんわよ」


金髪をなびかせ、セリスが凛とした口調で補足した。彼女の琥珀色の瞳には、誓導者としての実務的な懸念と、久しぶりの買い物への僅かな高揚が入り混じっている。


三人が世界的な高級ブランド、ガルネリア本店へと向かっていた、その時だった。


「…………」


アレンが不意に足を止めた。漆黒の瞳が、大通りを走る一台の魔導車(魔力駆動車)を射抜く。彼の視線は、周囲の何気ない喧騒の中から、ただ一点の異常を的確に切り取っていた。


「アレン様……?」


「……魔力が乱れてる。来るぞ」


アレンの感覚が、大気中の魔力の「濁り」を捉えていた。それは戦場で敵の殺気を察知する時と同種の、しかしより無機質で不吉な種類の予兆だった。次の瞬間、走行中だった大型の魔導車が、耳を裂くような金属音を立てて蛇行を始めた。


「キャアアアッ!?」

「どけ! 暴走だ!」


制御を失った鉄の塊が、歩道のガードレールをなぎ倒し、逃げ遅れた小さな子供へと向かって突進する。周囲の人々の悲鳴が、瞬く間に通りを満たしていった。



「危ない──!」


リィナが叫ぶ。だが、その声が空気に溶けるよりも速く。


アレンが地を蹴った。物理法則を無視した加速で「音」を置き去りにする。周囲の景色が彼にとっては緩慢な静止画のように流れ、その中でただ一点、恐怖に立ち尽くす子供の姿だけが鮮明に浮かび上がっていた。


子供が恐怖に目を閉じた瞬間。アレンは一気に間合いを詰め、その小さな体を抱きかかえて鮮やかに横へと跳んだ。


ドォォォォンッ!


直後、魔導車が街路樹に激突し、激しい白煙を上げる。横転した車体から、魔力炉が限界を超えて発する高周波の異音が響き渡った。


「逃げろ! 魔力炉が爆発するぞ!」


「……チッ、面倒な」


アレンは子供を歩道に降ろすと、激しく火花を散らす車体へと歩み寄った。漏れ出した高濃度の魔力が、大気を歪ませている。彼の腰には、先日ゼルハルトで手に入れたばかりの刀が収まっていたが、今この場面において、彼が頼るのはあくまで自らの固有魔術だった。


アレンは無造作に右手を突き出し、横転した車体の底面を「片手」で力任せに押し返した。


「──《衝撃制御インパクト・リミット》」


アレンの無属性魔力が車体を包み込み、暴走するエネルギーを内部へと封じ込める。爆発寸前だった魔力炉は、アレンの圧倒的な魔力圧にねじ伏せられ、沈黙した。



「な、何だ今の……」

「車を片手で……? 化け物か?」


呆然とする市民をよそに、リィナが負傷者の元へ駆け寄っていた。


「怪我をされた方、動かないでください! すぐに治します!」


「──《聖光癒波セイクリッド・ヒールウェイブ》!」


リィナが袖からショートロッドを滑り込ませ、光属性の治癒魔術を高速展開する。柔らかな銀色の光が街路を波のように広がり、市民の骨折や魔力火傷を瞬く間に塞いでいった。


「……天使、みたいだ」


救われた市民が、祈るように呟く。


一方、セリスは冷静に大破した魔導車を見つめていた。レイピアの先端をエンジン部にかざし、魔術式を即座に解析スキャンする。


「魔力炉の制御式が……書き換えられている? いえ、違うわ。これは外部干渉ではなく、『劣化』に近い変質ですわね」


セリスは瞬時に術式を再構築し、残存する暴走エネルギーを完全に中和した。彼女の琥珀色の瞳には、貴族としての気品の奥に、誓導者としての鋭い分析眼が確かに宿っている。



「……おい、今の見たか? あの黒髪の長身」

「間違いない……国際特務官、No.0のアレン様だ!」

「本物だ! 本物の英雄だ!」


一人の叫びをきっかけに、周囲から歓声が沸き起こった。救われた子供の母親が、涙ながらにアレンの手を握ろうとする。


「ありがとうございます、No.0様!」


「……いや、俺はただ通りかかっただけだ」


アレンは困惑したように眉をひそめ、人混みから逃れるように一歩引いた。押し寄せる感謝と熱狂は、彼にとって戦闘そのものよりもよほど扱いに困る類のものだった。


(アレン様、どこに行っても人気者ですね……)


リィナが誇らしげに目を細める。


(これが……世界の理を変えてしまった“英雄”が背負う重み、ですわね)


セリスは、少しだけ誇らしげに、けれど複雑な想いを込めて溜息をついた。


そこへ、騒ぎを聞きつけた一人の女性が人混みをかき分けて現れた。ガルネリア本店の制服を着た店員だ。


「アレン様……! お怪我はありませんか!? 本店のすぐ前でこんな事故が……!」


店員はアレンの無事を確認し、必死に深呼吸をして居住まいを正した。


「……あの、例の『0番記念衣装』のフルオーダーの件ですが、職人たちが首を長くしてお待ちしております!」


アレンは押し寄せる市民と熱視線に閉口しながら、短く答えた。


「……後で行く。まずは、怪我人の搬送を優先しろ」


英雄の言葉に、街は再び活気ある、けれどどこか温かな安堵に包まれていった。事故の余波で焦げた街路樹の匂いと、リィナの浄化魔術が残した柔らかな光の残滓とが、秋めいた風に溶け合いながら、ガルディアスの午後の空へと静かに消えていった。


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