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三日間にわたる強行軍を終え、アレンとリィナは夕闇に包まれ始めた王都アルヴェンの魔軌士局へと辿り着いた。自動ドアが開くと同時に、局内に漂う乾いた空気と微かなオイルの匂いが鼻腔を突く。迷宮の塵と濃密な魔力の残滓を纏った二人の姿は、談笑していた他の探索者たちの間で異質な重圧を放っていた。
受付へと歩み寄るリィナの足取りは、心なしか強張っている。彼女は周囲を一度だけ鋭く警戒するように見回すと、震える声を抑えて窓口の女性に告げた。
「……二十五階層の、守護獣魔石の精算をお願いします」
「……えっ?」
一瞬の静寂の後、受付嬢の絶叫に近い驚愕が、重厚な石造りの天井に反響した。
「に、二十五階層……!? 未攻略領域の守護獣を……たった二人で……っ!?」
その叫びに、局内にいた魔軌士たちの視線が一斉にアレンへと突き刺さる。見上げるような背丈の黒髪の青年は、居心地が悪そうに肩をすくめ、リィナの背後に静かに佇んでいた。
案内されたのは、厳重な警備に守られた支局長室だった。重厚な革張りのソファ、壁に掛けられた精密な迷宮地図。そこには、慢性的な胃痛を抱えているのか、険しい顔でこめかみを押さえる支局長のレイフォルト・ハーグレンと、白髪の混じった眼鏡を指で直す老鑑定士が、手ぐすねを引いて待ち構えていた。
鑑定士はテーブルに置かれた蒼い魔石を、穴が空くほどに覗き込んだ。その瞳が歓喜と戦慄に染まっていく。
「……素晴らしい。紛れもない本物だ。核に宿るこの風と光の指向性、そして結晶の密度。間違いなく、蒼風峡谷二十五階層主の心臓ですな……!」
「信じられん。……これを本当に、君たち二人だけで仕留めたというのか?」
支局長レイフォルトの問いに、リィナは静かに、しかし一人の「誓導者」としての誇りを込めて深く頷いた。アレンはソファに身を沈め、退屈そうに指先を弄んでいる。
「二十五階層ボスの魔石は、国家のエネルギー政策に直結する戦略物資だ。価値の最終決定には王宮との協議が必要になるため、即時の現金化はできない」
鑑定士の説明によれば、深層ボスの魔石は単なる換金アイテムではなく、国家インフラである「魔石発電所」の基幹燃料として扱われる。
「まずは預かり証を発行しよう。一週間も待てば、天文学的な報酬が決まるはずだ」
支局長が手元の魔導端末を操作すると、リィナの持つアーク・リンクが清らかな電子音を鳴らした。道中でアレンが「排除」した一般魔獣や、二十四階層までの守護獣魔石の精算額。画面に表示された桁の多い数字を見たリィナが、喉の奥を鳴らして硬直した。
「……っ!? ア、アレン様……こ、これ……っ!」
「……リィナが安心できるくらいには、入ったのか?」
アレンは特に興味もなさそうに、窓の外、魔導の灯が宝石のように煌めく夜景へと視線を移した。彼にとっては、隣で震える銀髪の女性がこれで生活に困らなくなる、という事実の方が遥かに価値があった。
「アレン。君の階級だが、『魔軌補』から準を飛ばして、本日付で正式に『魔軌士』へ昇格させた。準を飛ばすのは異例だが、二十五階層帰りを補欠のままにしておくわけにはいかん」
支局長はさらに、二人の魔力署名が刻まれた登録証を差し出した。
「未攻略層を落とした実績を考えれば、それでも低すぎる。私から本局へ『上級魔軌士』への特例推薦を送っておいた。来月には正式な通知が来るだろう」
「ありがとうございます」
リィナが丁寧に応じ、二人が立ち去ろうとしたその時。支局長が重々しく咳払いをして、二人を呼び止めた。
「……一つ、釘を刺させてもらってもいいか? 迷宮の『掟』についてだ」
その言葉に、室内の温度が数度下がったかのような緊張が走る。支局長は胃痛を堪えるように眉を寄せ、迷宮管理の現実を語り始めた。
二十一階層以降の深層主には、一度倒されると再生するまでに一定の時間を要する「再生間隔」が存在する。
「深層に挑める戦力は限られている。だからこそ、局が各クランのスケジュールを調整し、衝突が起きないように管理しているんだ。二十五階層まで行くなら、事前に知らせてもらわんと困る。何日もかけて辿り着き、ボスが不在だった時の他パーティの絶望を考えてみろ」
「……再生、間隔……。あ、他の方の邪魔をしてしまったんですね……」
リィナは納得した。この理不尽なまでの「異常な攻略速度」が、世界の秩序を乱しかねないことを、彼女は初めて理解した。
「今回は新年早々で他の連中が動いていなかったから良かった。だが、今後は局のスケジュールに従ってもらう。……ちょうど今、深層攻略の枠が一枠空いている。お前たちに回せるが、どうする?」
「はい! お願いします!」
リィナが即答した瞬間、アレンの網膜にもスケジュール登録の魔法陣が浮かび上がった。
魔軌士局を出た時、王都の空には群青色の闇が広がり、大小二つの月が冷徹な光を落としていた。三日間の極限状態を終え、蓄積された疲労が一気に二人の身体を襲う。
「アレン様……もう……一歩も歩けません……」
「じゃあ、一番近いホテルにしよう。リィナ、よく頑張ったな」
アレンは崩れ落ちそうになったリィナの細い肩を、その逞しい腕で支えた。向かう先は、ギルドから目と鼻の先にある、利便性を最優先したホテル。宿泊費すら確認する気力もなかったが、今の彼らには、そんな些細な問題を気にする必要はもうなかった。




