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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第18章:黒鋼の謀略

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18-10

技術国家アークレスト。その王都アークレイン郊外に位置する第四工業区は、かつて魔導工学の粋を集めた栄華の象徴であったが、今は暴走した機械の残骸が転がる、静まり返った墓標と化していた。アザルによる破壊によって工場の屋根の大部分は消失しており、錆びついた巨大クレーンが重苦しい曇天を直接指し示す、広大な空き地のような廃墟となっている。


風がひとたび吹き抜けるたび、崩れかけた鉄骨がきしみ、どこか遠くで金属片が転がる乾いた音が響いた。焦げた鉄の匂いが鼻腔の奥にこびりつき、湿った土と混じり合って独特の重さを持つ空気を作り出している。地面のあちこちには、以前の戦闘の名残であろう亀裂が走り、その隙間からは黒い煤がにじみ出していた。


アレン、リィナ、セリスの三人は、その焦げた鉄の匂いが立ち込める中、地下遺構の入り口へと向かって舗装路を踏みしめていた。先頭を歩くアレンの足取りは、平時と変わらず落ち着いていた。だが、その黒い瞳だけは、廃墟の奥、地中深くに潜む「何か」を絶えず捉え続けている。


その時、足元のアスファルトが爆発的な音と共に跳ね上がった。


地表を突き破り、地下から地上へと飛び出してきたのは、生物の造形を冒涜したかのような鋼鉄の多脚戦車であった。無数の脚が地面を蹴るたびに、コンクリートの破片が四方へと飛び散る。魔力を術式として展開せず、直接「熱量」と「物理圧力」へ変換するその古代兵器は、胸部のコアを不気味な深紅に赤熱させると、大気を歪ませるほどの超高温熱波を放った。


「アレン様、下がってください! 《光盾ルミナ・シールド》!」


背後からリィナが叫び、白銀の光を放つ。展開された障壁が、灼熱の衝撃を正面から受け止めた。膜の表面が熱に炙られ、蜃気楼のように揺らめく。リィナの額にはすでに汗がにじみ、両手には力の入った跡が白く浮かんでいた。


アレンは無造作に右手をかざす。


「《魔術消去ディスペル・アーツ》」


黒い波紋が空間を走る。だが、その波動は灼熱の衝撃を何ら減衰させることなく、虚空を噛むように通り抜けていった。


(……なるほど。消すべき『式(数式)』が存在しないわけか)


頬を掠める熱風。だが、アレンの思考は凪いでいた。驚きも、焦りもない。事象を「消去不能な物理現象」と定義し、〇・一秒で最適解を物理破壊へと切り替える。自分が回避すれば、背後に控える二人が焼かれる。アレンにとっての最優先タスクは、その防衛の一点に固定されていた。頭の中で幾つもの選択肢が瞬時に浮かび、そのすべてが「二人を守る」という結論に収束していく。


「リィナ、障壁を維持しろ。……セリス、前を開けろ」


アレンの低く落ち着いた声が、セリスの鼓膜を震わせた。

その瞬間、セリスの脳裏に、かつての侍従エルンスト・ハルデンの姿がフラッシュバックした。彼はかつて、自分を守りたいという歪んだ正義から、破壊のための力を求めて自滅していった。あの日の乾いた爆音と、彼が最後に見せた迷いのある瞳を、セリスは今でも忘れられずにいる。


(エルンスト……。あなたの求めた力は、誰かを呪い、縛り付けるためのものでしたわ。……でも)


セリスはレイピアの柄を強く握り締め、琥珀色の瞳に凛とした雷光を宿した。柄に食い込む指先の力が、震えではなく決意の証であることを、彼女自身が一番よく知っていた。


(今の私には、守られるだけの弱さも、空虚な力への渇望も必要ありません。私は、マスターが切り拓く道に、最高の雷撃を添える……。それが、ヴァレンティアの誇りですもの!)


「心得ましたわ! ──《嵐雷撃ストーム・ブレイク》!!」


風と雷の複合魔術が螺旋を描き、超高速で多脚戦車の脚部を完璧に叩き潰した。轟音と共に火花が散り、機体の一部が大きく傾ぐ。姿勢を大きく崩した古代兵器に対し、アレンが右手を掲げる。魔法陣を介さず、魔力直接操作によって生み出された無数の白銀の閃光が、アレンの周囲を埋め尽くした。


「──《多重光束マルチ・ビーム》」


光速の雨が、兵器が放つ熱波の僅かな隙間を縫うように蛇行し、装甲の継ぎ目から剥き出しになった深紅のコアへと一点に収束する。耳をつんざくような硬質な音と共に、兵器の心臓部が光の粒子に飲み込まれ、一瞬で蒸発した。鋼鉄の巨躯は、アレンに指一本触れることすら叶わず、物言わぬ鉄屑へと還っていった。周囲に立ち込めていた熱気が急速に冷え、代わりに焦げた匂いだけが辺りに残った。


「……終わったな」


アレンは静かに腕を下ろした。指先が僅かに熱を帯びているのは、恐怖の震えではなく、瞬時に魔力出力を最大化したことによる、物理的な残熱に過ぎない。彼はその熱を確かめるように指先を軽く握り、すぐに興味を失ったようにその手を下ろした。


駆け寄ってきたセリスの表情に、これまでの過去に縛られた「硬さ」はなかった。晴れやかな、それでいて不退転の決意を宿した、誓導者としての真の顔があった。息はまだ荒く、髪も乱れていたが、その瞳の奥には確かな光があった。


「アレン様。……私、やっと自分なりの『答え』を見つけた気がいたしますわ」


「そうか。……なら、いい」


アレンは短く答え、誇らしげなセリスと、安堵の微笑みを浮かべるリィナを見やった。リィナは展開していた障壁をそっと解き、汗ばんだ額を袖で拭いながら、静かに息をついていた。


兵器の残骸から黒い煙が立ち昇り、地上に静寂が戻ったその瞬間 ── 開けた上空から、大気を押し潰すような圧倒的な魔力圧が降り注いだ。


それは肌を刺すような重みを伴い、三人の足元の瓦礫を微かに震わせた。リィナが咄嗟に身を強張らせ、セリスがレイピアを握り直す。空を見上げたアレンの黒い瞳が、わずかに細められた。何かが近づいている。それも、これまでとは異質な、生物としての意志を持った気配が。


静寂の中、廃墟に残された三つの人影だけが、次に訪れる何かを静かに待ち構えていた。


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