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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第18章:黒鋼の謀略

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18-7

魔軌士局本部、大議事堂。

天井まで届く円柱がいくつも並び、その表面には魔力灯の淡い光が反射していた。空調の低い唸りが、張り詰めた空気の底に沈んでいる。アーク・リンクを通じて世界十五か国に同時中継される中、アレン・ヴァルグレイが「No.0」を拝命したという報せは、大陸全土に震撼をもたらしていた。


議事堂内では、各国の魔術師団代表や、オブザーバーとして招かれた特級魔軌士たちが、居並ぶ席の隙間から一人の青年を見つめていた。誰もが、まだ現実を飲み込みきれずにいる。空前絶後の番号――ゼロという数字が、これほどまでに議場の空気を凍らせるとは、局員たちですら予想していなかった。


「……以上が、局の決定だ。アレン・ヴァルグレイ特務官、何か発言はあるか」

局長オルディス・マリクレインの声が、厳かに議場へ響いた。石造りの壁に反響し、余韻がしばらく漂う。


全魔術師の頂点に立つに等しい称号を与えられた男から、いったいどんな言葉が発せられるのか。野心を語るのか、あるいは謙虚に頭を垂れるのか。誰もがその一言を待ち構えていた。数百の視線が、一点に注がれる。


アレンは百九十二センチの巨躯を揺らすこともなく、ただ退屈そうに首筋を掻いた。数多の注目による重圧など、彼にとっては迷宮の微風にも満たないものだった。


「……番号なんてどうでもいい」


アレンの平坦な声が、魔法増幅装置を通じて議場に響き渡った。静まり返っていた会場が、一瞬で蜂の巣を突いたようなざわめきに包まれる。


「……っ、どうでもいいだと!」

「世界最強の序列を、奴は何だと思っているんだ」


激昂する他国の魔術師たちを余所に、アレンは淡々と続けた。

「俺が決闘で上の番号を奪わなかったのは、それが目的じゃないからだ。……リィナとセリスを守る邪魔にならないなら、好きにしろ」


それは、既存の魔術序列や権威に対する、これ以上ないほど冷徹な拒絶だった。番号という価値そのものに興味がない――その事実が、局員たちの理解を軽々と超えていく。


最前列に座る帝国の象徴、No.1ヴァルツ・レグナスは、ただ沈黙を貫いていた。その鋼色の瞳は、アレンという男がもはや「競う対象」ではなく、自分たちとは異なる地平に立つ「現象」であることを、静かに受け入れているようだった。彼の背後で控えるエリナら誓導者たちも、言葉を発することなく、主の沈黙に倣っていた。


対照的に、他国の特級魔軌士たちは、剥き出しの警戒心をアレンに向けていた。「序列の外」という定義は、彼らにとって、いつ自分たちの積み上げてきた理を壊されるか分からないという、底知れぬ恐怖と同義だった。鎧の擦れる音、扇子を握る指の強張り。そうした小さな動きの一つ一つが、議場全体の緊張を物語っていた。


そして。

通信画面の端で、黒鋼派の一席ダルケン・シュタールが、奥歯を噛み締めていた。画面越しにもかかわらず、その表情筋の強張りは誰の目にも明らかだった。

「……政治で殺すはずが、これでは奴に『無敵の盾』を与えたも同然ではないか」

必死に張り巡らせた策が、アレンの圧倒的な「無関心」と、公女王エリシアの知略によって、逆に彼を絶対的な地位へと押し上げてしまった。その屈辱は、言葉にならないほど深かった。半年をかけて積み上げた計画の全てが、たった一言の「どうでもいい」に呑み込まれていく感覚を、ダルケンは味わっていた。


その喧騒の渦中で。

ガルディアの席に座る公女王エリシアだけが、扇の陰で静かに微笑んでいた。

「ええ、それでこそ私のアレンですわ」


彼女の呟きは、誰にも聞かれることなく、扇の内側にひっそりと溶けていった。


八月一日。

世界中の魔軌士局データベースが更新され、アレン・ヴァルグレイの階級は正式に『魔軌士局直轄特務官 No.0』へと書き換えられた。彼はガルディア公国との三兆エルという破格の雇用契約を維持したまま、魔軌士局の代行者という「公的な印籠」を手に入れた。もはや他国は、彼を「ガルディアの秘密兵器」として公然と非難することはできない。彼が動くことは、すなわち「国際的な特異事象への対処」という大義名分を持つからだ。


黒鋼派が半年をかけて準備した「アレン政治的排除計画」は、エリシアの鮮やかな逆転劇によって、塵一つ残さず無力化された。アレンを国外で孤立させるはずの工作は、皮肉にも彼を「世界が恐れ、同時に頼らざるを得ない唯一の防波堤」として公認させる結果となった。


もはや、アレンを縛る鎖は世界中のどこにも存在しない。


ガルディア宮殿のバルコニー。

夕日が首都ガルディアスの街並みを橙色に染め上げ、石畳の上に長い影を落としていた。風は穏やかで、遠く街の喧騒がかすかに届く程度だった。アレンは懐に収めた「0」の刻印があるアーク・リンクを、指先でゆっくりと弄んでいた。金属の冷たさが、じんわりと指先に馴染んでいく。


「アレン様、また……世界を驚かせてしまいましたね」

リィナが隣で銀髪を揺らし、優しく微笑む。夕日を受けて、その髪が淡く輝いていた。

「……ああ。だが、やることは変わらない」


アレンの視線の先。

そこには、自分を信じて背中を預けるセリスと、守るべきリィナがいる。

「No.0」という数字。

それは、彼がリィナたちのために立ち塞がるすべての理を消し去る、「理外の守護者」としての新たな始まりの合図だった。


夕風が三人の間をそっと通り過ぎていった。誰も、何も言わなかった。ただ、静かな時間だけが、バルコニーの上に流れていた。


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