表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第18章:黒鋼の謀略

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

156/323

18-6

国際機関、魔軌士局アーク・コントラクター・ビューロー本部。バルムート王国アルカ・マリティマに位置するその石造りの庁舎は、探索者管理から始まった五百年の歴史の中で、かつてないほどの激論と停滞に支配されていた。


会議室の窓から差し込む光は、いつもより弱く感じられた。曇天のせいなのか、それとも室内に満ちる重苦しい空気がそう錯覚させるのか、誰にも判然としない。長机を囲む出席者たちの顔には一様に疲労の色が濃く、幾人かは眼鏡を外して目頭を揉んでいた。


「──繰り返すが、特級魔軌士No.11、アレン・ヴァルグレイを既存の序列に留めておくことは、もはや組織の限界を超えている」


資格局、番号局、そして階級局の代表者が揃った最終会議。円卓の中央で、局長オルディス・マリクレインは、青白く光るホログラムの報告書を苦渋の表情で閉じた。眼鏡の奥にある老練な瞳には、一人の男がもたらした「ことわりの崩壊」に対する、深い畏怖と諦観が混ざり合っている。


会議が紛糾している最大の理由は、帝国の象徴、No.1ヴァルツ・レグナスの存在だった。アレンの実績を正当に評価し、彼をNo.1の座に据えれば、ヴァルゼン帝国との全面的な政治的衝突──最悪の場合は大陸全土を巻き込む軍事戦争を招きかねない。帝国という国家が、序列の頂点を明け渡すことを黙って受け入れるはずがなかった。だが、現状のNo.11のまま放置すれば、アレンを「制御不能な生体兵器」と恐れる国際社会の不安は肥大化し、魔軌士という秩序を管理する局の存在意義そのものが問われることになる。板挟みという言葉では生ぬるい、綱渡りの選択がそこにあった。


資格局長セレナが苛立たしげに卓上の書類を叩いた。


「据え置くも地獄、格上げするも地獄……。局始まって以来の醜態ですわ」


誰もそれに答えなかった。答えられる者がいなかった。


「……公女王エリシアの提案に乗るしかない。……いや、それ以外に道はないのだよ」


オルディス局長は、掠れた声で呟いた。彼の脳裏にあったのは、単なる予算の問題だけではない。それは、肥大化し続ける帝国の武力──特に絶対的最強として君臨するヴァルツの暴走を抑え込める、唯一の「対抗種」としての期待だった。これまで大陸の均衡は、ヴァルツという巨大な重りに誰も触れられないことで保たれてきた。だが、もしヴァルツが理を外れた時、世界にそれを止める術はなかったのである。局長は長年その恐怖を胸の奥に押し込め、誰にも語らずにきた。今、その恐怖がようやく形になった対抗策として、目の前にあった。


「アレン・ヴァルグレイ……。彼を、既存の1番から100番という物差しから切り離す。……彼こそが、最強の矛を止める唯一の盾となるだろう」


番号局長レグノが、深く息を吐いた。


「しかし局長。前例なき番号を与えるということは、局の根幹たる序列制度そのものに『例外』を認めることになります。一度穴を開ければ、いずれ他の魔軌士たちも……」


「分かっている」


オルディスは静かに遮った。


「だが、既存の枠に押し込めようとした瞬間、奴は――いや、世界そのものが軋みを上げる。ならば、枠の外に置く方がまだ、秩序を保てる」


その言葉に、階級局長トレヴァン・アークレイドがぽつりと呟いた。


「……皮肉なものですね。序列を守るために、序列の外を作るとは」


誰も笑わなかった。冗談を言う空気ではなかった。


数週間に及ぶ審議の末、局長オルディスは断腸の思いで決断を下した。何度も議題は差し戻され、何度も反対意見が噴出した。だが、そのたびに突き付けられるのは同じ現実だった。アレンを既存の枠に留めた場合の危険性、放置した場合の国際的混乱、そして帝国との衝突リスク。どの道を選んでも代償は大きい。ならば、最も長期的に秩序を保てる道を選ぶしかない。


「アレン・ヴァルグレイを、魔軌士局直轄特務官に任命する。……番号は、歴史上初の欠番、『No.0』だ」


その宣言は、魔軌士局が「個人の力」に屈した敗北の記録であり、同時に、一人の男を世界の守護者として神格化する聖典の第一頁ページとなった。会議室に集った局員たちは、誰もその瞬間の重さを完全には理解していなかった。ただ、五百年続いた序列の絶対性が、静かに、しかし確実に姿を変えた瞬間であることだけは、全員が肌で感じ取っていた。



数日後。ガルディア公国、公女王宮殿。窓から差し込む午後の陽光が、深紅の絨毯を鮮やかに照らしている。宮殿の廊下を渡る風には初夏の匂いが混じり、遠くから庭師が水をやる音がかすかに響いていた。再び訪れた魔軌士局の代表団を前に、アレンはいつものように感情の読めない無表情で立っていた。


「……これを受け取ってください、アレン・ヴァルグレイ特務官」


番号局長レグノが、新たな『アーク・リンク』を震える手で差し出した。漆黒の筐体きょうたいに、白銀の魔力署名が「0」という数字を静かに浮かび上がらせている。その光は、まるで自らの存在を確かめるように、規則的に明滅していた。


「特務官、か。……面倒な肩書きだな」


アレンが短く応じると、隣に立つセリスが誇らしげに琥珀色の瞳を輝かせ、戦闘衣装の飾緒を指先で揺らした。


「……アレン様、これは栄誉ですわ。既存の序列を越え、世界があなたの『理外』を認めたのです。ガルディアの騎士が世界の均衡を担う……、ヴァレンティアの家名にかけて、これ以上の誉れはありませんわ」


反対側に寄り添うリィナも、アレンの袖をそっと引き、柔らかな笑みを浮かべた。


「おめでとうございます、アレン様。0番……、何もなくて、すべてを消し去るアレン様に一番似合っている数字だと思います。……私、アレン様の隣でこの数字を支えられることが、とても嬉しいです」


この瞬間、黒鋼派が仕掛けた「情報の毒液」による排除計画は、エリシアの手によって最高位の「特権」へと昇華された。


アレンは実質年俸三兆エルという天文学的な待遇をガルディアから受けたまま、魔軌士局という国際機関の「公的な印籠」を手に入れたのである。いかなる国家の法にも縛られぬ免責特権、そして国境を越えた越境任務の遂行権。局長たちが差し出した書類には、そのすべてが小さな文字でびっしりと記されていたが、アレン自身はその条文の一つ一つに興味を示すことなく、ただ端末の重みだけを確かめるように手のひらの上で転がしていた。


「アレン殿。あなたの剣は、これからもリィナやセリスたちのためにある。……いいわね?」


謁見の間の奥で、公女王エリシアが扇の陰で優雅に微笑んだ。その声には、長い政治的攻防を乗り越えた者だけが持つ、静かな確信が滲んでいた。


「ああ。……それ以外に、この力を使う理由はない」


アレンは新たなアーク・リンクを無造作にポケットへ放り込み、宮殿の窓から広がる青空を見上げた。世界が彼を「救世主」と呼ぼうと「死神」と呼ぼうと、彼の本質は変わらない。ただ、大切な者を守るために、立ち塞がるすべての「不自然な理」を消し去るのみである。窓の外では、初夏の風に揺れる庭木の葉が、静かな音を立てていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ