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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第18章:黒鋼の謀略

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18-1

ヴァルゼン帝国軍務院、地下深部の非公開区画。

黒鋼色の金属に覆われた「黒鋼派」の拠点は、冷たく重い沈黙に支配されていた。魔力遮断壁の向こうから漏れ聞こえる空調の唸りだけが、この密室が外界と繋がっていることをかろうじて示していた。巨大スクリーンには、バルムートでの閉会式の映像が繰り返し流されている。


そこには、各国首脳と並び、堂々と立つアレン・ヴァルグレイの姿があった。

その隣で、安堵の微笑みを浮かべる公女王エリシア。各国代表がアレンに歩み寄り、敬意を込めて握手を求める光景は、帝国の覇権に対する明確な「不協和音」だった。


「……最悪だ」


一席ダルケン・シュタールが、氷のような声で吐き捨てた。会議は成功裏に終わり、共同声明が採択された。だがそれは、帝国の強硬な要求が退けられ、ガルディアの国際的地位が跳ね上がったことを意味する。彼の視界の端で、スクリーンの光がちらついている。それすらも、今の彼には苛立ちの種でしかなかった。長年にわたり帝国の外交戦略を陰で支えてきた自負が、今、根底から揺さぶられている。


「アレン・ヴァルグレイ……。あの男が、公女王の力を底上げしている」


ダルケンの瞳に、焦燥の火が灯る。アレンはもはや単なる護衛ではない。ガルディアが国際社会に突きつけた、最強にして「理外」の外交カードであった。彼が隣に立つだけで、他国の首脳たちの態度がまるで違うものになる。それは軍事力でも経済力でもなく、もっと根源的な「恐れ」に近い何かだった。



軍務院地下、魔力遮断壁に囲まれた緊急会議室。黒鋼派の中枢――ダルケン、レグナス、ヴァルドの三席が集結していた。円卓の中央には、これまで積み上げられてきた膨大な分析資料が投影され、静かな光を放っている。議題はただ一つ。アレン・ヴァルグレイ排除計画の再検討である。


「まず、魔導兵器局の立場から言わせてもらう。魔術式妨害具は論外だ」


二席レグナスが、手元の資料を無造作に放り投げた。書類が卓上を滑り、乾いた音を立てて止まる。


「アレンは魔術式を構築しない。あれは魔力を直接操作している。式を乱す妨害具など、奴には一切効かんのだ」


参謀の一人が補足する。声にはわずかな緊張が滲んでいた。


「さらに、妨害具が魔術式を展開した瞬間、奴はその存在を即座に感知します。死角からの奇襲すら不可能です」


三席ヴァルドが、腕を組んだまま重い口を開いた。彼の巨躯が、椅子をわずかに軋ませる。


「誓導者セリスとリィナの存在も計算に入らん。二人は常にアレンの隣にあり、魔力循環で精神まで繋がっている」


レグナスが深く頷く。


「誓導者はマスターの生命反応を直接読み取る。妨害具で魔力の乱れを誤魔化したところで、一秒以内に異変を察知されるだろう」



ダルケンが苛立ちを隠さず、机を指で叩いた。その音が、静まり返った部屋に不快に響く。


「ならば、物理的な殺傷はどうだ。銃弾、あるいは爆発。魔術に頼らぬ攻撃なら通用するはずだ」


「無理ですな」


ヴァルドが即答した。


「奴の反応速度は異常だ。銃弾も爆発も、奴にとっては“見てから避ける”対象に過ぎん。隣に控える誓導者二名も、実力は特級。三人による連携防御を崩すのは至難です」


「……事故死はどうだ? 迷宮調査に同行させ、階層崩落に巻き込む」


ダルケンの問いに、レグナスが迷宮の構造図を投影した。青白い光の中に、複雑な三次元構造が浮かび上がる。無数の階層が積み重なった立体図を、彼は忌々しげに見つめた。


「迷宮の壁も床も、物理的な破壊は不可能です。崩落事故を意図的に起こす舞台装置としては、あまりに強固すぎる」


ヴァルドが冷淡に付け加える。


「中層の魔物では、奴ら三人の足止めすらできん。誘導したところで瞬殺されるのがオチだ。それに、奴らは戦闘のプロだ。死体を見れば、それが事故か暗殺かなど一瞬で見抜く。他国への言い訳が立たん」


会議室に、じりじりとした焦燥が満ちていく。誰の顔にも、この難題を前にした苦渋が浮かんでいた。世界最強の軍事国家として名を馳せてきた帝国の中枢が、たった一人の男を前に、これほどまでに無力を思い知らされるとは、誰も想像していなかったはずだ。



参謀たちの報告は、すべて同じ結論に行き着いた。


「……アレン暗殺は、技術的に不可能です」


ヴァルドの言葉が、墓碑銘のように会議室に響いた。長い沈黙が続いた。誰もその静寂を破ろうとしなかった。空調の音だけが、やけに大きく耳に残る。


暗殺という手段が、世界の法則そのものに拒絶されている。アレンの能力、誓導者との絆、迷宮という環境。そのすべてが、物理的な死を否定していた。ダルケンは拳を握りしめ、テーブルの一点を睨みつけていた。長年、帝国軍務院の中枢として無数の作戦を成功させてきた彼にとって、「技術的に不可能」という結論そのものが、屈辱以外の何ものでもなかった。彼の脳裏には、これまで手がけてきたあらゆる暗殺計画――どれほど困難な標的であろうと、必ず穴を見つけ出し、確実に仕留めてきた成功の記憶が渦巻いていた。それがこの一件に限り、悉く通用しない。


沈黙の中、一席ダルケンがゆっくりと立ち上がった。椅子が軋む音が、やけに大きく響く。スクリーンに映るアレンの無表情な顔を、憎悪を込めて睨みつける。


「殺せないなら――政治で殺すまでだ」


その言葉が、黒鋼派の新たな戦略の号砲となった。六月十三日。暗殺計画は正式に破棄された。


武力による排除が不可能ならば、奴を「国際社会の脅威」に仕立て上げ、その居場所を奪う。公女王エリシアを孤立させ、ガルディアの翼をもぎ取る。黒鋼派による、新たな「見えない戦争」が静かに幕を上げた。


部屋の隅で、参謀の一人がそっと端末を取り出し、新たな作戦名の入力を始めていた。その画面には、まだ何も書かれていない空白の書類が広がっている。だがその空白は、これから世界を静かに侵食していく謀略の、最初の一頁となるはずだった。


ダルケンは再び椅子に腰を下ろし、冷たい沈黙の中で、次なる一手を練り始めていた。武力ではなく、言葉と情報という、目に見えぬ刃を研ぎ澄ませながら。彼の脳裏には既に、世界中に張り巡らされた情報網を使い、いかにしてアレンという「異物」を国際社会そのものから拒絶させるか、その青写真が描かれ始めていた。


窓のない地下室に、時計の針の音だけが静かに刻まれていく。誰も口を開かぬまま、それぞれが己の役割を頭の中で組み立て始めていた。この日を境に、黒鋼派の戦い方は、刃を交えるものから、世界そのものを盤面とする謀略へと、静かに姿を変えていくことになる。


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