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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第17章:首脳会議

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17-6

バルムート王宮、大講堂。

滞在四日目、実質三日間に及ぶ熾烈な外交戦が、一つのデジタル文書へと結実した。 講堂の正面に浮かぶ巨大なホログラムウィンドウには、十五か国の魔力署名が刻印された「二一九七年度:迷宮資源管理に関する共同声明」の文字が、青白く、そして厳かに輝いている。


「──以上をもちまして、本声明を採択いたします」


議長であるバルムート国王アレクシオンの声が、高度に調整された音響魔導器を通じて会場に響き渡った。 次の瞬間、静まり返っていた講堂は、割れんばかりの拍手に包まれた。 ヴァルゼン帝国の皇帝ダリオスも、アルヴェリアの国王レオニスも、表向きは満足げな笑みを浮かべ、円卓の上で互いの手を握り合う。


最重要議題であった「迷宮軍事利用」の即時解禁は見送られ、代わりに「国際的な共同研究枠組み」の構築が合意された。 それは、各国の領土的野心を「研究」という言葉で包み隠し、破滅的な対立を先送りにした、薄氷よりももろい平和の合意に過ぎない。


「……終わりましたわね」


円卓から立ち上がった公女王エリシアが、誰にも聞こえないほどの微かな吐息を漏らした。 背筋を伸ばしたままの凛とした横顔。 だがその瞳の奥には、国家の命運を背負い続けた数日間の疲労と、最悪の事態をひとまず回避した安堵が、複雑な色を落としていた。


「お疲れ様です、陛下。見事な手腕でした」


すぐ後ろに控えるアレンが、感情を抑えた低い声で短くねぎらった。


「ええ、本当に。……でも、まだ最後の晩餐会が残っていますわ。あそこでさかずきを乾かすまで、気は抜けません」


エリシアはアレンへと視線を向け、公女王としての仮面の裏側に、ほんの一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべた。


大講堂から晩餐会会場へと続く長い回廊。

アレンは一分の隙もない歩調で、エリシアの斜め後ろを歩いていた。 彼の《魔力直接操作アーケイン・マニピュレーション》は、まるで目に見えない蜘蛛の糸のように、王宮全域へ全方位一〇〇メートルの索敵網を張り巡らせ続けている。


会議の終了に伴い、特級魔軌士たちの殺気立った魔力圧は幾分か和らいでいた。 廊下ですれ違うNo.1ヴァルツの巨躯からも、No.6セラフィナの妖艶な視線からも、初日のようなき出しの警戒心は消え、誰もが「和平」という劇の終わりの雰囲気に浸っている。


だが ── アレンの思考の数式に、不気味な不協和音が混じり始めた。


(……何だ? この感覚は)


魔力波長の数値に異常はない。 探知に掛かる攻撃術式の構築も、未登録の不審な魔力署名も存在しない。 しかし、数多の死線を潜り抜けてきたアレンの本能が、静かに、執拗に警告を発していた。


「……アレン様? どうかされましたか?」


隣で銀髪を揺らしながら歩くリィナが、小声で問いかけた。 アレンの僅かな「魔力の揺らぎ」を、第一誓導者である彼女の感覚は見逃さない。


「いや……。何でもない。気のせいだ」


アレンはそう答えたが、胸の奥をざわつかせる違和感は消えなかった。 それは、魔術という論理的な情報ではなく、事象の連鎖そのものに紛れ込んだ「物理的な不協和音」。 まるで、透明な水の中に一滴だけ毒を落としたような、説明のつかない不快感だ。


その頃、晩餐会の準備が進む大広間では、無数の給仕スタッフが忙しなく立ち働いていた。 最高級のクリスタルグラスが整然と並べられ、銀の食器が磨き上げられていく。


その一角。ガルディア公国の座席を担当する一人の若い給仕スタッフが、壁際で彫像のように固まっていた。 彼の指先は、トレイを握り締めたまま小刻みに震えている。


「……っ、う……」


男の顔色は、幽霊のように蒼白だった。 彼の脳裏には、数時間前に王宮の地下、光の届かぬ暗がりで出会った「影」の姿が焼き付いている。


『失敗は許されん。……お前の家族がどうなるか、分かっているな』


男は自らのジャケットの内ポケットに忍ばせた、小さな無色透明の小瓶を意識した。

それは、帝国軍務院の地下でレグナスが開発した、魔術的な感知を完全に無効化する「物理的な猛毒」。 理外の守護者たちがどれほど魔力を研ぎ澄まそうとも、術式を含まぬただの「物質」であるこれに気づくことは、現代魔術のことわりでは不可能なはずだった。


「──これより、世界十五か国首脳会議、閉幕の晩餐会を開始いたします!」


華やかなファンファーレの音が、王宮全体に鳴り響いた。


アレンは、入場する各国の首脳たちを冷徹な視線で監視する。 傍らのセリスも、鋭い琥珀色の瞳で周囲の気配を圧していた。


「……アレン様。何かが、おかしいですわ。……上手く言えませんが、空気がよどんでいます」


エルンストの裏切りを経験し、人一倍「身近な悪意」に敏感になったセリスが、レイピアの柄に指を添えて低く呟く。


「ああ。……目を離すな。ここからは、迷宮より底の知れない戦場だ」


アレンが漆黒の瞳を動かし、大広間を流れる全ての魔力と、そして ── まだ見ぬ「物理的な牙」の所在を、冷徹な精度で追い始めた。


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