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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第17章:首脳会議

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17-2

王宮の長い回廊を歩むほどに、空気は物理的な質量を帯びて重く停滞していく。 すれ違う各国首脳の背後には、いずれも大陸に名を馳せる特級魔軌士たちが控えており、彼らが無意識に放射する魔力圧が、装飾過多な回廊のいたる所で目に見える火花を散らしていた。


その刺すような視線の中にあって、一際異質な反応を示した一団があった。


アグニス王国の代表団は、アレンの姿を認めるや否や、露骨に距離を取り、視線を逸らして通り過ぎた。

その軍靴の響きには、一年前、自国の若手エースであったNo.30カイル・ヴァン・ブラッドレイが、軍の規律を無視してアレンに独断で決闘を挑み、あろうことか「拾った棒切れ」一本で完膚なきまでに叩き伏せられたという、拭い去れぬ汚辱が刻まれていた。 騎士国家を自認する彼らにとって、あの決闘は勇壮な戦いなどではなく、国家の誇りを根底から踏みにじられた「触れてはならない最大の汚点」だったのである。


「……見事な逃げ足ですわね。騎士の国とうたいながら、自分たちの不始末を直視することもできないなんて」


セリスがレイピアの柄に添えた指先を僅かに動かし、琥珀色の瞳に冷徹なさげすみを宿して呟いた。

彼女の脳裏には、数ヶ月前にアルヴェリア王国の世界樹の麓で起きた、ルミナス聖騎士団による襲撃事件が焼き付いている。 決闘での敗北という逆恨みに狂ったカイルが、独断でルミナスの聖騎士ダリオン(No.8)へ「アレンは女神の理を汚す不浄な力を使っている」と偽りの情報を流し、暗殺をそそのかした卑劣な立ち振る舞い。 その裏工作が招いた混乱の全容を、セリスはアーク・リンクの解析によって掴んでいた。


アレンはそれらの視線を一瞥いちべつすらせず、無感情に足を運んでいた。 彼の《魔力直接操作アーケイン・マニピュレーション》は、遠ざかるアグニス代表団の魔力波長が、羞恥と憤怒によって醜く乱れ、濁っているのを正確に捉えていた。


「敗北の数式を他人に書き換えさせようとする者に、興味はない」


アレンの低い声は、誰に向けたものでもなく静かに回廊へ消えた。 彼にとってカイルの暴走もルミナスの狂信も、守るべき世界のことわりを乱す「不自然なノイズ」に過ぎなかった。


「アレン様、次は大講堂です。各国首脳が揃っていますから、さらに空気が悪くなるかもしれません」


リィナがアレンの歩調に合わせ、心配そうにその表情を覗き込む。 彼女の銀髪の隙間から漏れ出る光属性の魔力は、このドロドロとした政治的悪意に満ちた空間において、唯一の清涼な安らぎとなっていた。


「分かっている。……リィナ、セリス。油断するな。ここからは迷宮よりも複雑で、底の知れない『人間の毒』が渦巻く戦場だ」


アレンが漆黒の瞳を細め、重厚な扉の先を見据える。

開会を告げるファンファーレの音は、これから始まる「偽りの和平」という名の劇の、残酷な開幕の合図のように響き渡った。



バルムート王宮、大講堂。

金銀の装飾が施された高い天井からは、四大陸十五か国の国旗が重々しく垂れ下がっている。 室内は最新の魔導空調によって適温に保たれているはずだが、集った各国の首脳と、その背後に控える特級魔軌士たちが放つ膨大な熱量により、会場の空気は火薬庫のような乾いた緊張感に支配されていた。


アレンがその空間へと足を踏み入れた瞬間、それまで続いていた喧騒が、まるで術式を断たれたかのように一瞬で止んだ。


深紅の絨毯の上に、長身の影が長く伸びる。 その背後には、銀髪をなびかせたリィナと、凛とした気品を漂わせるセリス。 武器の帯同が例外的に許されたこの会場において、三人が放つ洗練されつつも底知れぬ魔力圧は、居並ぶ各国の魔導官たちの指を凍りつかせるに十分な威容を放っていた。


「異端の男よ。神域を汚した罪、いずれ浄化されると知れ」


講堂の角、自席へと向かう動線上で待ち構えていたのは、ルミナス聖王国のNo.8、ダリオン・ハルヴァードだった。 聖印の刻まれた巨盾を構え、低く唸るような声で呪詛を吐きかける。


アレンは足を止めず、薄く唇を吊り上げた。

「お仲間なら、ホテルの廊下で十二人ほど寝かせておいた。……あんたも添い寝したいか?」


「貴様ッ……!」

ダリオンの魔力圧が暴力的に膨れ上がるが、アレンはそれを一瞥もせずに通り過ぎた。


「……っ」

突如、隣を歩くセリスの肩が不自然に強張った。

視線の先にいたのは、カザリア王国のNo.5、セルディオ・ラグラン。 昨年、任務中にセリスへ「不快な記憶」を刻み込んだ技巧派の魔導剣士だ。


セルディオが卑俗な笑みを浮かべ、セリスの頬を撫でるような仕草を見せる。 だがその指先が届くより早く、アレンが音もなく二人の間に割り込んだ。


「消されたくなければ、二度とその面を彼女に向けるな。今すぐだ」


アレンの漆黒の瞳から放たれた、絶対的な「拒絶」の意志。 物理的な衝撃すら伴うその視線に、セルディオは舌打ちし、「……理外の化け物が」と歪んだ吐息を残して視線を逸らした。


会場の中央、一段高い教壇に二人の男が姿を現した。

「皆様、ようこそバルムートへ。本会議が世界の平和と安定のくさびとなることを願います」


海運国家らしい爽やかな気品を纏ったバルムート国王アレクシオン・バルムートの温和な挨拶が響く。 その傍らには、一切の皺がない完璧な軍服を纏った魔軌士No.2、イグナ・ヴォルステッドが石像のように控え、眼鏡の奥にある冷徹な瞳で会場の魔力波長を精密にスキャンしていた。


バルムートの官吏が次々と世界の頂点を紹介していく。

「アルヴェリア王国国王、レオニス陛下。および護衛、No.9ルシェル殿」

「サハリス砂漠王国国王、サイファ陛下。および護衛、No.6セラフィナ様」


各国の首脳が着席する中、人々の視線は一か所に集中していた。 ガルディア公国の公女王エリシア。そして、その背後に不動の姿勢で立つアレンだ。


「あの男が、四十階層のボス魔石を……?」

「三か国に贈ったのが四十なら、実は四十一階層以上の石を秘匿しているのではないか」

「四十五階層……も超える領域に到達している可能性が高い」


会場の至る所で、毒を含んだ囁きが波紋のように広がっていく。 首脳たちの瞳に宿っているのは、純粋な敬意などではなく、アレンという「個人」に対する剥き出しの恐怖と、彼が深層から持ち帰るであろう「資源」へのどす黒い欲望であった。


アレンは、それら全ての視線と殺気を、無感情に受け流していた。

「……リィナ、セリス。油断するな」


アレンの《魔力直接操作アーケイン・マニピュレーション》が、王宮内の魔力の流れを静かに、かつ精密に監視していく。 華やかな開会式の裏側で蠢く、淀んだ泥のような「殺意」。 アレンは、その違和感の正体を探るべく、視覚に頼らぬ「視線」を全方位へと張り巡らせていた。


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