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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第16章:崩れゆく平和の序奏

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16-11

ガルディア情報局、地下深部に位置する重密閉尋問室。

外界の喧騒から切り離されたその空間は、冷たいコンクリートの壁と、一定の周期でまたたく防魔灯の無機質な光だけに支配されていた。 室内には、微かな魔力循環装置の駆動音と、拘束された男が吐き出す重苦しい吐息だけが停滞している。


「……すべて、俺の意思だ」


エルンスト・ハルデンは、虚空を見つめたまま呪詛のように繰り返した。 数日間にわたる徹底的な精神鑑定と魔力波長解析を経ても、彼の口から出る言葉は一貫して変わることはなかった。


「誰にもそそのかされてなどいない。……ガルディアが弱いから、セリス様が戦わなければならないのだ。この国の弱さを、公女王の甘さを、俺が……俺の手で正したかっただけだ」


机を叩き、情報の断片を突きつける局員の鋭い追及も、今の彼には届かなかった。

情報局による徹底した身辺調査の結果は、彼の供述を裏付けるように「単独犯」の形を整えていく。 外部勢力との通信記録は一切発見されず、潜伏先での接触痕跡も、場末の酒場で交わされた「記録に残らぬ会話」に過ぎなかった。 爆薬に使用された稚拙な起爆術式も、専門的な訓練を受けた組織の関与を否定する決定的な証拠として扱われた。


事実として、ヴァルゼン帝国の「黒鋼派」は、エルンストの孤独という渇いた薪に、一滴の火種を落としただけに過ぎない。 誘導された自覚のない犯人は、最後まで己の「歪んだ正義」を守り抜き、真実への扉を自ら閉ざしたのである。


事件の最終報告書を読み終えた公女王エリシアは、執務室の窓辺に立ち、深く、長く、息を吐き出した。

眼下に広がるガルディアスの街並みは、先日の爆発が嘘のように静まり返り、二つの月が冷ややかに都を照らしている。 だが、その平和な情景は、彼女の瞳には薄氷の上の危うい均衡として映っていた。


「……人的被害がなかったのは、あくまで幸運の結果に過ぎませんわ」


エリシアの声は冷静だったが、その青い瞳の奥には氷のような緊張が宿っていた。


「宮殿の喉元に、刃を突き立てられたのです。これは一人の男の暴走などという単純な図式ではありません……。もっと、根の深い悪意が蠢いていますわ」


彼女は即座に手元のアーク・リンクを操作し、各局へ次々と最優先指令を飛ばした。

宮殿防衛体制の即時見直し。 情報局による全国的な監視網の強化。 そして──。


「二か月後、バルムート王国で開催される『世界十五か国首脳会議』 ── その警備計画を白紙に戻しなさい。過去最大規模の戦力を投入し、いかなる揺らぎも許さない体制を再構築するのです」


エリシアはまだ知らない。 この時、彼女の鋭い直感が導き出した「最大警戒」という決断こそが、後に彼女自身の命を繋ぎ止める「唯一の正解」となることを。



同じ頃。東大陸、ヴァルゼン帝国軍務院。

地上の喧騒から隔絶された地下深部、黒鋼色の金属壁に囲まれた「黒鋼派専用区画」に、三人の男たちの声が低く響いた。


「……失敗か。セリス・ヴァレンティアの元侍従など、所詮はその程度の器だったか」


黒鋼一席ダルケン・シュタールが、チェスの駒を指先で弄びながら静かに呟く。 その冷徹な瞳は、エルンストという駒の消失を、不必要なコストの清算程度にしか捉えていなかった。


「くふふ……だが、揺らぎは生まれた。宮殿の防壁に、目に見えぬ亀裂を入れたのだ」


黒鋼二席レグナス・ハーゼンが、狂気を孕んだ笑みを浮かべてホログラムを見つめる。


「試作品のデータも十分に取れた。次はもっと、面白いものを使おうじゃないか。理外の男とやらが、何をどこまで消せるのか……試したくて堪らないよ」


「……手ぬるい」


黒鋼三席ヴァルド・グレイアが、鋼鉄の拳をデスクに叩きつけて立ち上がった。


「公女王には、六月の首脳会議で『必ず』死んでもらう。帝国の覇権、そして軍の威信のために」


影の中枢で冷酷に練り上げられた、真の暗殺計画。

一人の侍従が引き起こした「平和の終焉」という前奏曲を経て、西大陸を、そしてガルディア公国を飲み込む巨大な嵐が、すぐそこまで迫っていた。


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