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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第16章:崩れゆく平和の序奏

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アレンの「理外」の力がルミナス聖王国の過激派に捕捉されたのには、二つの決定的な要因があった。


一つは、ヴァルゼン帝国で、アレンに拾った「棒切れ」一本で完膚なきまでに叩き伏せられたアグニス王国の特級魔軌士No.30、カイル・ヴァン・ブラッドレイである。

彼は自身の敗北を「正当な魔術によるものではない」と頑なに主張し、ルミナスの特級魔軌士No.8、ダリオン・ハルヴァードに対し、「奴は女神の授けた術式を汚す、不浄な虚無のアンチ・マジックを使っている」と怨嗟の声を漏らしていた。


もう一つは、アレンが持ち込んだ二十五階層ボスの魔石に関する鑑定記録だ。

通常、属性魔術や物理攻撃で討伐されたボスの魔石には、過負荷による微細なヒビや属性の残留痕が残る。しかし、アレンが納品した魔石は、まるで最初からそこに魔力循環など存在しなかったかのように、術式の痕跡が完全に剥ぎ取られた(ホワイトアウトした)極めて特異な状態であった。

現代魔術の「理」を根底から否定するこの痕跡を、ルミナス聖王国の異端審問局が情報網を駆使して極秘に入手。「アレン・ヴァルグレイは女神セラフィナが人類に授けた魔術体系そのものを汚す人類の敵(異端)である」と断定するに至ったのである。



世界樹の町。三人が宿泊している老舗ホテル「世界樹の緑風館」は、深い夜の静寂に沈んでいた。 窓の外では世界樹の発光粒子が雪のように舞い、幻想的な光を放っている。


「……リィナ、セリス。起きろ」


アレンが低い声で告げると同時に、廊下で重厚な金属音が鳴り響いた。 複数の人間が歩調を合わせ、高度に統制された魔力波長を放射しながら接近してきている。 信仰心とは程遠い、冷徹な軍隊の足音だ。


部屋の扉が、外側からの指向性魔力衝撃によって音もなく内側へ崩れ落ちた。 立ち込める白煙を突き破り、純白の法衣を纏った異端審問官と、抜身の魔導剣を構えた十二人の聖騎士がなだれ込んでくる。


「アレン・ヴァルグレイ。貴公を女神セラフィナの理を汚す『異端』と認定する」


審問官が掲げた黄金の聖印が、室内を暴力的なまでの白光で満たした。

「貴公が振るう術式なき力は、女神が人類に授けた尊き救済を無へと還す神涜しんとくの業。その魂ごと、聖なる光で浄化してくれる」


「……何のことだかさっぱりだが。俺のやり方が気に入らないってのは分かった」


アレンは二人の誓導者を背に従え、一歩前へ出た。


「神罰を下せ! 《光儀・神聖浄化砲ホーリー・バスター》!」


十二人の聖騎士が円陣を組み、即座にルミナス最高位の合体魔術を展開する。 十二条の光の奔流が虚空で絡み合い、巨大な破壊の光柱となってアレンを飲み込もうとした。


アレンは動じない。漆黒の瞳に冷徹な「理」を宿し、迫り来る光の奔流に向けて無造作に右手を掲げた。


──《魔術消去ディスペル・アーツ》。


刹那、室内を塗りつぶさんとしていた盲目的な輝きは、ガラス細工が砕けるような微かな音と共に霧散した。 それだけではない。アレンから放たれた目に見えない干渉波は、聖騎士たちが展開していた多層障壁を剥ぎ取り、彼らの魔導剣に宿る強化術式を、文字通り「消去」した。


「……なっ、魔術が……消えた……!?」

「術式が、構築できない!? 私の魔力が……眠っているのか!?」


最強の戦闘階級であるはずの聖騎士たちが、今、この瞬間に「ただの武装した男たち」へと成り下がった。


「不法侵入と安眠妨害の代償は払ってもらうぞ」


アレンが地を蹴った。

物理法則を置き去りにした超加速。 先頭の聖騎士が反応するより早く、アレンはその懐へと滑り込んでいた。


「《衝撃制御:零距離衝撃ゼロレンジ・インパクト》」


アレンのてのひらが聖騎士の胸当てを掠める。 鋼鉄の甲冑には傷一つ付かない。 しかし、アレンが放った衝撃波は装甲を透過し、騎士の脳をピンポイントで揺さぶった。 聖騎士は声を上げる暇もなく、糸が切れた人形のように床に転がった。


「ええい、斬り捨てろ!」


審問官の悲鳴のような叫びに合わせ、残りの聖騎士たちが一斉に斬りかかる。

アレンは一歩も引かず、最小限の動きで剣筋を躱しながら、隣り合う騎士二人の手首を同時に掴み上げた。


──《衝撃方向制御ベクトル・シフト》。


二人の騎士が自身の体重と踏み込みの力を制御できず、磁石のように互いに衝突させられ、衝撃の余波で意識を断たれる。 アレンの動きは、もはや戦闘というよりは、乱れた数式を正しい位置へと戻す「修正作業」のようであった。


残る九人が恐怖に凍りつく中、アレンは流れるような足運びで間合いを詰めていく。 彼の掌が空気を震わせるたびに、ドォッ、ドォッ、と鈍い振動音が響き、最強と謳われた聖騎士たちが次々と無傷のまま、深い昏睡へと落ちていった。


最後の一人を無力化し終えたアレンは、足元で震え、護身用の魔導短剣を握りしめている審問官を見下ろした。


「あんたらの神様が誰かは知らないが。……その女神が創った魔術を、一番大切に扱ってるのは俺かもしれないぞ?」


アレンがルミナの核が宿る胸に手を当てて静かに告げると、審問官はその底知れぬ魔力圧に圧倒され、恐怖で白目を剥いて気絶した。


静まり返った部屋。廊下には、一列に並んで縛り上げられた十二人の聖騎士が無様に転がっている。

リィナがその光景を見て、困ったように眉を下げた。

「アレン様……これ、ホテルの支配人さんに何て説明しましょうか」


「後のことはアルヴェリアの王宮に丸投げするさ。……セリス、あいつらが持ってたアーク・リンクをすべて押さえておけ」


「承知いたしましたわ、アレン様。……寝込みを襲った無礼、データの隅々まで洗って償わせて差し上げますわ」


セリスがレイピアの柄をカチンと叩き、冷徹な令嬢の笑みを浮かべて端末を回収し始める。


ルミナス聖王国の過激派による襲撃は失敗に終わった。 しかし、この夜に放たれた「異端」の火種が、西大陸の情勢を抜き差しならない混沌へと引きずり込もうとしていた。


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