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アルヴェリア王国の玄関口、世界樹国際空港。
大型航空機のハッチが開くと、冬の透き通った空気が流れ込み、微かな土の香りと膨大な魔力粒子の気配が三人を迎えた。 空港の広大な敷地内には、滑り込むように現れた無人タクシーの駆動音が静かに響き、効率的に乗客を運び出していく。窓の外を流れるのは、天を衝くほどに巨大な「世界樹」の威容だ。 その根元に広がる町並みは、一年前と変わらず穏やかでありながら、空中に舞う淡い発光粒子は、冬の陽光を受けて雪のように幻想的な輝きを放っていた。
タクシーが停車したのは、木造の温かみが残る、落ち着いた佇まいのアパートの前だった。 かつてアレンが異世界で初めての夜を過ごし、リィナと「魔力循環誓約」を交わした、二人にとっての原点と言える場所である。
室内は、リィナが去った一年前のまま、静かに時を止めていた。 埃一つない棚には、早くに亡くした両親の形見の品々が整然と並んでいる。 リィナはアレンに拡張してもらった小鞄を広げると、それら一つひとつを指先で慈しむように確認し、鞄の中の「空間」へと丁寧に収めていった。
「……これで、全部です」
寂寥感よりも、新たな一歩を踏み出す決意を宿したリィナの声が、静かな室内に響いた。 三人はここで最後の一晩を過ごし、慣れ親しんだ木の温もりを心に刻んだ。
翌朝、アパートのオーナーである女性が訪ねてきた。 彼女はリィナの母方の縁者であり、この町で彼女の成長を長く見守ってきた人物である。
「リィナ、久しぶりね。……あら、隣のあの方が噂のマスター?」
縁者の女性は、アレンの放つ洗練された、しかし底知れぬ魔力圧を感じ取り、驚きと感心の混じった声を上げた。 リィナが特級魔軌士の「誓導者」となり、そのマスターが大陸を揺るがす実力者であるという噂は、この静かな町にも確実に届いていた。
「アパートの契約は、今日で解約させていただきます。今まで本当にありがとうございました」
リィナが深々と頭を下げると、縁者は寂しげに目を細め、しかし誇らしげに微笑んだ。
「いいのよ。あなたはもう、この小さな部屋に収まるような子じゃないわ。……アレン様、リィナをよろしくお願いしますね」
アレンは短く「ああ、任せてくれ」と答え、三人は簡潔な挨拶だけで思い出の詰まったアパートを後にした。
次に向かったのは、世界樹の巨大な根が地表に露出する「聖域」 ── アレンが一年前に召喚された、あの場所だった。 かつては人々の憩いの場であったはずのそこは、いつの間にか公的に立ち入り禁止区画となっており、周囲には厳重な結界と武装した警備兵の目が光っている。
アレンは足を止め、漆黒の瞳を細めて巨大な根の先を見つめた。
彼の《魔力直接操作》が、大気中に漂う魔力の変質を即座に捉える。 かつて澄み渡っていたはずの魔力粒子は、今や肌に刺さるような粘りつく魔力圧へと変質し、鼻を突く腐敗に近い不快な臭気を帯びていた。視覚化された魔力の流れは重く、どす黒い澱みとなって聖域の深部を蝕んでいる。
「……リィナ、下がっていろ。空気が悪い」
アレンの低い声に、リィナは淡い青色の瞳を僅かに震わせ、額に滲む汗を拭った。 光と水の純度が高い彼女にとって、この「濁り」は生理的な嫌悪感を伴う重圧となっていた。
「はい……。ルミナちゃんが言っていました。あと三年以内に、この場所の封印が解けるって……」
「これが『黒き災厄』の兆候か。理の視点から見ても、正常な循環じゃないな」
セリスもレイピアの柄に手を当て、凛とした表情で周囲の「澱み」を警戒していた。 彼女の戦術眼もまた、空間を揺さぶる不気味なノイズを敏感に察知している。
「とりあえず、ここでの観察は終わりだ」
アレンは聖域から少し離れた、人目のつかない森の陰へと移動した。 次回、即座にこの場所へ駆けつけられるよう、座標を魔力で記憶するためだ。
「……よし、記憶した」
その直後、アレンの背筋を冷たい感覚が走った。
巡礼者に偽装してはいるが、魔力波長が高度に統制され、冷徹な殺意を孕んだ「質の悪い視線」。 それは信仰心とは程遠い、軍隊的な規律を持った集団のものだった。
「アレン様、誰かいますわね。巡礼者にしては、足運びが練りすぎですわ」
セリスが鋭く小声で指摘すると、リィナも無言で頷き、警戒の色を強めた。
「深追いはしない。今日はこの町に泊まるぞ」
アレンはあえて視線の主を無視し、世界樹の町にあるホテルへと向かった。 聖域の異変、そして「三年弱」という期限の重みが、理外の守護者の胸に静かな闘志を灯していた。




