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女神歴二一九七年二月十三日。
四大迷宮『幻砂冥廊』の完全攻略から一夜明け、アレン、リィナ、セリスの三人は王都サハラームの迷宮近くに位置する魔軌士支局を訪れていた。 砂漠の熱気を排する強力な魔導空調が効いたロビーを抜け、受付に名を告げると、職員たちは弾かれたように居住まいを正し、すぐさま最上階の支局長室へと一行を案内した。
重厚な防魔木で作られた扉が開くと、そこにはサハラーム支局長、サイード・ラマディーンが待ち構えていた。 老練な彼は、デスクに広げられた複数のホログラムディスプレイを閉じ、意外なほど柔和な笑みを浮かべて立ち上がった。
「アレン殿。……救助の件、我が国を代表して礼を言わせてほしい。救い出された十六名の探索者は、いずれも我が国の至宝と言える手練れだった。彼らを失うことは、サハリスにとって計り知れない損失だったのだ」
サイードは深く頭を下げた後、どこか苦笑を交えて言葉を続けた。
「特級第六位は、あなたたちに迷宮で会えなかったことに随分と文句を垂れていたがね……。局としては、これ以上ないほど助かったよ。これは局からの、命を救ったことに対する正当な対価だ」
差し出されたデジタル端末の画面に表示された額面を見て、リィナが淡い青色の瞳を僅かに震わせた。
「……十六億エル、ですか。本当に、これほど頂いてもよろしいのですか?」
「問題ない。熟練の上級魔軌士十六名の命を繋ぎ止めた報酬としては、安いくらいだよ。……それに、今日は『持ってきて』いただいているのだろう?」
サイードの鋭い眼差しが、リィナの指先に宿る空間収納の気配を捉えた。 精神系魔術に精通する彼は、その微細な魔力の揺らぎから、彼女たちが持ち帰った「収穫」の異常性を予感していた。
「……わかりました。では、こちらに」
リィナが静かに頷くと、アレンとの魔力循環によって拡張された空間領域から、大量の魔石が溢れ出した。
一階層から三十九階層に至るまでの歴代守護獣の魔石。 それらがデスクや床に並べられるたび、室内の魔力濃度が物理的な圧力となって膨れ上がり、同席していた鑑定士の息が止まった。
「……っ、これは……」
鑑定士は震える手でレンズを構え、魔石の一つひとつを確認していく。 僅か数日で深層を蹂躙し、これだけの「歴史」を文字通り根こそぎ持ち帰る ── その理外の事実に、支局長室には墓所のような重苦しい沈黙が降りた。
アレンはソファに深く身体を預け、漆黒の瞳でサイードを静かに射抜いた。
支局内の空気は、アレンが発する静かな威圧感によって、まるで凍りついたかのように温度を下げている。
「二十五階層以上の魔石は預かり証で構わない。だが、価値の相場はアルヴェリア王国とヴァルゼン帝国の前例がある。おおよそ分かっているはずだな」
アレンの低い声が、解析機器の駆動音さえもかき消すように響いた。
「一度に出したからといって、下手に買い叩こうなどとは考えないことだ。……分かっているな?」
「……そ、それはもちろん。疑う余地もありません。王宮の方も、相応の誠意を見せるでしょう」
サイードは額に滲んだ冷や汗を拭い、必死に首を縦に振った。 特級第十一位という階級以上に、目の前の男が放つ圧倒的な「個」の圧力が、国家の出先機関である支局長に否を言わせなかった。
そこへ、リィナが最後の一つ ── 一際鮮やかな、夕日のように赤く燃える巨大な魔石を取り出し、サイードの前へと差し出した。
「四十階層の守護獣の魔石です。……こちらは、サハリス国王陛下への献上品とさせていただきます。宜しくお取り計らいください」
「……四十階層を、献上に? ……わかりました。サハリス王家としても、最上級の敬意をもって受け取ることでしょう」
サイードは驚愕に目を見開いたまま、その重すぎる責任を両手で受け取った。 探索者の救助と、未踏域のボス魔石。それはガルディアの守護者が、南の大国サハリスに対して示した、最大級の外交的配慮であった。
支局での手続きを終え、夕闇に包まれた王都を無人タクシーで抜けた三人は、滞在先の『ヴァルシオン・ホテル』へと戻った。 豪華なスイートルームのソファに身を沈めると、セリスがようやく、一か月に及ぶ緊張から解き放たれたように深い溜息を吐いた。
「……ようやく、ガルディアに帰れますわね」
セリスはレイピアをサイドテーブルに置き、金髪を揺らしながら目を閉じた。
「はい。長い一ヶ月でしたけれど……二人で、アレン様の期待に応えられて良かったです」
リィナも穏やかな微笑みを浮かべ、アレンを見つめた。
「ああ。よくやった。……明日の朝には跳ぶぞ。今日はゆっくり休め」
アレンの短い言葉に、二人の誓導者は満足げに頷いた。
窓の外では、砂漠の夜風が静かに吹き抜けている。 大陸を跨ぐ理外の進撃。その足跡を砂の国に刻み、ガルディアの守護者たちは再び公国への帰路につく準備を整えるのであった。




