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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第15章:精神の檻

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15-5

女神歴二一九七年一月二十九日。

四大迷宮『幻砂冥廊』二十六階層の安全地帯。

石造りの壁面から漏れ出る魔導灯の淡い光が、出発の準備を整えるアレンたちの紺銀の軍服を静かに照らしていた。 喉を焼くような乾燥した空気が回廊を満たし、深層特有の重苦しい魔力圧が肌を刺す。


「ところでアレン様、あの女性を待たなくてよかったのですか?」

リィナが銀髪を耳にかけ、袖口から覗く魔導ロッドの感触を確かめながら尋ねた。 彼女の淡い青色の瞳には、アレンの背後に漂う僅かな「懸念」の色が映っている。


「……関わりたくない。国絡みの案件は、いつも余計な仕事が増えるからな」


「あのお姉様は今頃十五階層あたりだろう。明日には救助された探索者たちと合流するだろうから、問題ないはずだ」


アレンは長身を僅かに揺らし、背後の暗闇を警戒しながら答えた。 セラフィナ ── 特級第六位の魔力波長は、あまりにも鋭く、かつ他者の本質を暴き立てるような色香に満ちている。 ことわりを愛でる彼にとって、その過剰なまでの観察眼は、自身の「理外」の力を露見させるリスクそのものだった。


「あちらは十分にアレン様に興味がありそうでしたわよ。特級第六位ともなれば、その観察力も桁違いでしょうし」

セリスがレイピアの先で軍靴に付いた砂を払い、不敵に微笑んだ。


「勘弁してくれ……」

アレンの低い溜息が、静まり返った回廊に溶けていく。



二十六階層から二十九階層まで、二人の進撃は鮮やかだった。

リィナはアレンの魔力循環を核に、自らの光と水の波長を極限まで安定させていた。 迫り来る砂の魔獣たちの爪が空を切る寸前、体表一センチで展開される《三重魔導護膜トリプル・アーク・シェル》が「パリン」と硬質な破砕音を立てて衝撃を霧散させる。 その守りに全幅の信頼を置くセリスは、六属性を自在に操り、《雷槍ライトニング・ランス》や《爆炎砲フレア・キャノン》で敵の核を正確に貫いていった。


そして辿り着いた三十階層、巨大な砂の扉が重低音を響かせて開く。

待ち構えていたのは、数トンの砂を凝縮したような巨躯を誇る『冥砂の古龍』であった。 咆哮一つで回廊が震え、押し寄せる魔力圧が物理的な突風となって吹き荒れる。


「リィナ、防御に専念しろ! セリス、一気に畳み掛けろ!」

アレンの鋭い指示が飛ぶ。


「はい! 《光盾ルミナ・シールド》、最大出力です!」

リィナが魔導ロッドを掲げると、幾重もの光の幾何学模様が空間を固定した。 古龍が吐き出した灼熱の砂嵐が結界と衝突し、激しい燐光が室内に散る。


「とどめですわ! ──《嵐雷撃ストーム・ブレイク》!」

セリスのレイピアに風と雷の複合魔術が収束し、超高速回転を伴う極大の雷撃が放たれた。 轟音。 古龍の胸部を貫通した一撃は、魔獣を構成する魔力の結合を内側から破壊し、巨大な巨躯をただの砂山へと還した。


「はぁ……っ、はぁ……。やりましたわ」

肩で息をする二人。 だが、休息の時間は短かった。 三十一階層に足を踏み入れた瞬間、空気が物理的な質量を持ったかのように重く沈み込んだ。


最奥の広間で三人を迎えたのは、漆黒の結晶装甲を纏った異形の巨神 ── 『黒晶の処刑人』だった。

その手にある巨大な大斧が振り下ろされるたび、空間そのものが軋み、リィナの護膜が「パリン! パリン!」と絶え間ない破砕音を立てて火花を散らす。


「《風裂陣ウィンド・ブレイク》! ……くっ、傷一つ付きませんわ!」

セリスの風刃が黒晶に弾かれ、火花となって霧散する。 リィナの《光矢連射ルミナ・アロー》も、巨神の圧倒的な質量を前にしては、ただの光の雫に過ぎなかった。


「リィナ! セリス!」

巨神が咆哮と共に、魔力を帯びた大斧を横薙ぎに払う。

二人が体勢を崩し、絶望的な一撃が迫る ── その刹那。


「そこまでだ」


静かな声と共に、アレンが二人の前に一歩踏み出した。

巨神が咆哮を上げ、山を砕かんばかりの勢いで大斧を振り上げる。

アレンは動じない。 ポケットから無造作に片手を抜き、指先をその巨大な影に向けた。


──《光束魔術ビーム・アーツ》。


術式すら介さない、あまりに清冽で、あまりに暴力的。

超高密度に圧縮された純粋な魔力の光条が、巨神の堅牢な装甲を紙細工のように容易く貫通した。 光速で放たれた一閃は、体内にある巨大な核を一点の曇りもなく撃ち抜き、内部から全ての数式を消去する。


黒い結晶の巨神は、断末魔の叫びを上げることさえ許されず、光の粒子となって音もなく霧散していった。


「……あ……」

呆然と座り込む二人の前で、アレンは静かに背中を向けた。


「ここまで良くやった。二人の成長は、ことわりの視点からも十分に確認できたよ」

アレンは長身を翻し、慈しむような、しかし冷徹なまでの決意を瞳に宿した。


「ここから先は、俺がやろう。完全攻略まで、最短距離で一気に行くぞ」


安堵し、深く息を吐くリィナとセリス。

理外の男の真の力が、砂漠の迷宮の最深部を本格的に蹂躙し始めようとしていた。


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