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二十六階層、赤黒い魔力の澱みに支配された広場。そこには、意思を剥ぎ取られ、精巧な人形と化した十六名の探索者たちが立ち尽くしていた。アレンはその異様な光景を冷徹な眼差しで射抜いた。彼らにかかった呪縛の深さを「理」の視点から即座に計算し、一つの結論を導き出す。
「とりあえず、二十一階層のキャンプに全員を連れて戻る。昨日、二十二階層の安全地帯を通った際に座標は記憶してある。まずはそこまで跳ぶぞ」
アレンの言葉に、セリスが微かに眉を寄せた。
「……わざわざ、一度戻られるのですか?」
「ああ。洗脳を解くのは、第三者の目があるキャンプ地で行う。その方が後の説明やサハリス、公国への報告も簡略化できるからな」
アレンは淡々と合理的な理由を述べ、リィナとセリスに指示を出した。
「リィナ、セリス。探索者全員の手首をロープで縛り、一列に連結してくれ。勝手に動いて迷宮の罠に踏み込まれては面倒だ」
「承知いたしましたわ。……手慣れたものですけれど、少し複雑な気分ですわね」
セリスは苦笑混じりに応じ、リィナと共に手際よく作業を開始した。 連結された探索者たちは、抵抗するどころか、触れられても瞬き一つせず、ただ促されるままに足を進める。その空虚な従順さが、かえってこの迷宮の深層が孕む「精神の毒」の恐ろしさを物語っていた。
全員を広場の中央に固め、リィナとセリスが連結されたロープの端を握る。アレンはその二人の肩に、大きな掌を置いた。
「……《空間転移》」
視界を支配していた不気味な赤黒い燐光が、一瞬にして掻き消えた。 物理的な距離を無視した空間の歪み。 鼓膜を揺らす圧迫感の直後、三人の前に広がったのは、二十二階層の安全地帯──昨日記憶したばかりの、落ち着いた石造りの回廊だった。数週間かかるはずの砂漠の深層を、二十人近い人間が一瞬で飛び越えたという事実に、セリスは戦慄を隠しきれない様子でアレンを見上げた。
「……アレン様の転移魔術は、一体何人までなら一度に運べるのですか?」
「試したことはないが、百人程度なら魔力波長の固定は可能だろう。……行くぞ。ここからは歩きだ」
アレンは先頭に立ち、足元のおぼつかない十六人を引き連れて、二十一階層への階段を目指した。
砂漠の迷宮は広大であり、何よりも「情報の毒」に侵された者たちの歩みは鈍い。 砂を噛むような沈黙の中、一歩一歩を踏みしめる行軍。 途中、不審な魔力反応を感知して警戒する数組の上級魔軌士たちと遭遇したが、アレンはそれらを一瞥するに留め、一切の会話を拒絶した。状況の説明という煩わしい役割は、ガルディア公国の顔であるリィナとセリスに委ねられていた。
半日以上の時間をかけ、ようやく一行は二十一階層の前線キャンプへと辿り着いた。
「……っ!? な、なんだ、この人数は!」
キャンプを守備していた魔軌士局の職員たちが、悲鳴に近い声を上げて駆け寄ってくる。 汚れ一つない軍服を纏い、一列に並んだ「行方不明者」を連れて現れた三人の姿は、それだけでこの迷宮の常識を根底から覆す光景であった。
セリスが凛とした口調で、深層で発見した異常事態を簡潔に報告した。職員たちが驚愕と混乱に揺れる中、アレンは無造作に十六人の中心へと歩み出た。
「じゃあ、洗脳を解除するぞ」
アレンは右手を軽く掲げ、彼らの脳内に巣食う「淀んだ数式」を捉えた。
──《魔術消去》。
目に見えない干渉波が、清涼な風のように空間を薙いだ。
刹那、十六名の探索者たちの瞳に、急速に鮮やかな色彩と理性の光が戻っていく。
「……ここは? 俺たちは、今まで何を……」
「迷宮の奥に……いたはずじゃなかったか?」
広がるざわめき。 意識を取り戻した者たちの混乱と安堵の声がキャンプを満たしていく。 アレンはその喧騒に背を向けた。 助けた相手からの感謝も、職員からの問い詰めも受けるつもりはなかった。
「俺たちの協力はここまでだ。あとはそちらで適切に処理してくれ。……じゃあな」
アレンはリィナとセリスを伴い、呆然と見送る職員たちの視線を背後に感じながら、人目が完全に切れる迷宮の深層方面へと再び歩き出した。そして周りに誰も居ないことを確認し、再び術を発動させる。
「《空間転移》」
景色は再び、二十六階層の石造りの静寂へと回帰した。
怒涛の一日を終え、アレンは安全地帯の壁に背を預けた。魔導灯の微かな光が、休息を必要とする彼の表情を照らす。
「さて、ここで一泊だ。……明日からは、二人で頑張ってもらうからな。俺は極力手を出さない」
「はい。アレン様のご期待に応えられるよう、精一杯頑張ります」
リィナが淡い青色の瞳に強い決意を宿し、魔導ロッドを握りしめて頷いた。
「私も、さらに精進いたしますわ。……アレン様を退屈させない程度には、見応えのある戦いを見せて差し上げます」
セリスも不敵に微笑み、腰のレイピアをカチンと鳴らした。
迷宮の闇は、さらにその深みを増していく。 だが、救い出された探索者たちの姿を胸に刻んだ二人の誓導者の瞳には、もはや未知の恐怖に怯える色はなかった。




