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女神歴二一九七年一月二十二日。
アレン、リィナ、セリスの三人は、宮殿別邸の広々としたリビングで、次なる目的地への行軍計画を練っていた。窓の外には冬の穏やかな陽光が降り注ぎ、空調の微かな駆動音が室内に心地よい静寂をもたらしている。
「南大陸のサハリス砂漠王国まではかなりの距離がある。今回は一か月程度の長期滞在になる予定だ。移動はどうする? 俺の転移で一気に跳ぶか、それとも航空機を手配するか」
アレンがソファに深く腰掛け、手元のデジタル端末に表示された地図を見つめながら問いかけた。 漆黒の瞳には、すでに効率的なルートを導き出そうとする冷静な光が宿っている。
「今回は物資も多いですし、定期便の航空機が良いのではないでしょうか。移動中もゆっくり体を休められますから」
リィナが、端末に保存された膨大な準備目録を指先でスクロールしながら、穏やかな声で提案した。
「リィナの言う通りですわ。アレン様の転移は便利ですが、あまり多用して不必要な注目を浴びるのも得策ではありませんわ。それに、今回は公式な特級魔軌士としての越境任務でもありますもの。手続き上も航空路を利用するのが自然ですわね」
セリスが金髪を指で弄りながら、合理的な判断を付け加えた。
二人の誓導者の意見に、アレンは数秒の沈黙を選んだ。 理外の力を持つ自分たちの存在は、すでに大陸の均衡を左右する「政治的カード」となっている。無用な憶測を避けるためにも、既存のインフラを利用するという選択は理に適っていた。
一月二十五日。
三人は大型の航空機に乗り込み、西の大陸を離れた。 数時間の飛行を経て窓外に広がったのは、どこまでも続く黄金色の砂の海であった。サハリス砂漠王国の空域に入ると、機内には特有の乾燥した空気が流れ込み、アレンたちは新たな戦いの舞台へ足を踏み入れたことを実感した。
翌一月二十六日。
王都サハラーム。近代的な魔導ビルと、砂漠の伝統が息づく石造りの建築が融合したその街並みは、灼熱の太陽を反射して眩いばかりの輝きを放っていた。 アレンたちは本格的な迷宮探索に備え、砂防装備や最新の魔導物資を調達するため、活気あふれる中央通りへと繰り出した。
必要な物資を全て揃え、《空間収納》へ効率的に配置し終えた三人は、迷宮の最新情報を得るため、王都の魔軌士支局へと足を運んだ。支局の自動ドアを抜け、情報の集積地である一階ロビーを通り過ぎようとした瞬間、アレンの足がぴたりと止まった。
(……面倒な気配だな)
アレンの鋭い直感が、前方の受付付近から放たれる、あまりにも濃厚で洗練された魔力波長を捉えていた。 それは砂漠の熱気さえも独自の色香へと変えてしまうような、強烈な個性を放つ「特級」の波長だった。アレンは厄介事を察知し、視線を逸らしてそのまま回れ右をしようとしたが、その逃走は一歩遅かった。
「あら。そこのいい男。……待ちなさいな」
背後から、よく通る艶やかな声が響いた。 観念したアレンが溜息を飲み込み、ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、特級魔軌士No.6、セラフィナ・アルシェルだった。 神秘的な雰囲気を纏い、砂漠の魔術師としての気品に満ちた彼女が、妖艶な微笑を浮かべてこちらを凝視している。
「なんだ。エレガントなお姉様か。どうしたんだ、こんなところで」
「あなた、また来たのね。……ふふ、前よりずっと魔力が整っているじゃない。見るたびに中身が洗練されていくわね、アレン・ヴァルグレイ」
セラフィナが、品定めをするようにアレンの胸元、世界樹の理が宿る場所へと鋭い視線を向けた。
「お前、人の魔力を覗き見るのが趣味なのか?」
「つ・れ・な・い・わね。私はただ、美しいものが整理整頓されているのを見るのが好きなだけよ」
セラフィナの不敵な笑みに、リィナが傍らで微かに身を強張らせた。 彼女の淡い青色の瞳には、アレンの魔力の本質を初見で見抜いたこの女性に対する、誓導者としての警戒心が宿っていた。一方のセリスは、セラフィナが放つサハリス屈指の門閥、アルシェル侯爵家の令嬢としての風格を感じ取り、凛とした態度でそのやり取りを見守っていた。
「ちょっと、お・は・な・し・したいんだけど。立ち話も何だし、支局長室まで付き合って」
セラフィナはそう言うやいなや、一九二センチの長身を誇るアレンの腕を強引に組み、迷うことなく支局の奥へと連行し始めた。その圧倒的な行動力に呆気に取られながらも、リィナとセリスは、傍らに控えていたセラフィナの誓導者、エルミアとカイゼルに軽く目礼を送り、すぐさまその後を追った。
通された支局長室では、険しい表情でホログラムディスプレイを睨みつけていたサイード支局長が待ち構えていた。
「……よく来てくれた、アレン殿。実は今、我が国は深刻な事態に直面している」
サイードが顔を上げ、焦燥を隠さずに説明を始めた。
「最近、四大迷宮の一つ『幻砂冥廊』の二十一階層から二十四階層にかけて、上級魔軌士の行方不明者が相次いでいるのだ。調査隊を送ろうにも、現場付近の精神魔圧が急激に上昇しており、対応できるパーティが足りない」
さらにサイードは、デスクを指先で叩きながら言葉を繋いだ。
「何より、魔石発電所用のボス魔石の備蓄が限界だ。このままでは王都の電力供給に支障が出る。早急に階層を安定させ、魔石を回収せねばならんのだ」
アレンは椅子から立ち上がり、隣で面白そうに話を聞いている美女を指差した。
「事情は分かった。だが、その仕事はこのエレガントなお姉様の領分だろ? なぜ俺たちがここに呼ばれたんだ?」
「だって、面倒なんですもの、こういうのって。それに私、砂埃が舞う迷宮は肌に悪いから嫌いなの」
セラフィナが、悪びれもせずに肩を竦めて見せた。
「……いや、騙されないぞ。これは国の公式な依頼だろう? おそらく上層部から早急な解決をせっつかれて、俺たちを盾にするつもりだな」
「……もう。バレたかしら。察しがいい男は嫌いじゃないわよ」
セラフィナが茶目っ気たっぷりに舌を出したが、アレンは呆れたように溜息を吐き、支局長へと視線を戻した。
「まあ、俺たちの進路上で何か異変があったら、協力はする。だが、目的外のことまで首を突っ込むつもりはないぞ」
「……それで十分よ。あなたたちは今回、二十五階層まで潜るつもりなのでしょう?」
「一応な。……お前たちも付いてくるのか?」
「ええ、一応はね。ただ準備があるから、早くても明後日の出発かしら。残念、先に行っておいて頂戴」
アレンが支局長室を去ろうとすると、サイードの声が背中に飛んだ。
「二十一階層の安全地帯には、今回特別に立ち上げた前線キャンプがある。必要ならそこを拠点にしてくれ!」
支局を出た三人は、滞在先の高級施設『ヴァルシオン・ホテル』へと戻った。豪華なスイートルームのソファで、アレンは一人、攻略の進め方に頭を悩ませていた。
(前回の二十五階層の転移座標は記憶している。そこから始めれば一瞬だが、そうすると二十一階層付近で起きているという異変を見捨てることになるな。……かといって、二十五階層から二十一階層へ『戻る』形で現れれば、キャンプの連中に不審がられるだろう)
何より、《空間転移》の存在をセラフィナのような鋭い特級魔軌士に露見させるのは、現状ではリスクが高すぎた。
「今回は、一階層から地道に進むのですね、アレン様」
リィナが、アレンの思考を読み取ったかのように、柔らかな笑みを浮かべて問いかけた。
「アレン様の本気が、また間近で見られそうですわね。楽しみにしておりますわ」
セリスも不敵な笑みを漏らし、腰のレイピアに手を添えた。
「……仕方ないな。異変の調査も兼ねて、一階層から一気に突破するぞ。二人とも、振り落とされるなよ」
アレンが覚悟を決めると、二人の誓導者の瞳に確かな信頼と期待が宿った。
理外の力が、砂漠の迷宮を蹂躙する進撃が始まろうとしていた。




