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女神歴二一九七年一月十三日。宮殿別邸での慌ただしくも賑やかな生活の余韻を残しつつ、アレンたちは首都ガルディアスにある魔軌士支局へと足を運んだ。
支局の自動ドアを抜けると、最新の魔導端末が並ぶ清潔なカウンターが目に入る。アレンが受付の職員に支局長との面会を求めると、宮殿からの事前連絡が周知されていたのか、すぐに奥の個室へと案内された。室内はサーバーラックが発する微細な駆動音と、電子機器特有の清潔な空気に満ちている。
「二十一階層から二十四階層の状況を確認したい」
アレンの問いかけに、支局長は手元のホログラムディスプレイを操作し、最新の探索データを表示させた。青白い光に照らされたデータログを数秒見つめた後、彼は静かに首を振った。
「現在、その階層に潜っているパーティはいません。魔石の産出量も落ち込んでおり、発電所への供給に影響が出始めていますな」
「わかった。俺たちが二十五階層まで行ってくる」
「特級第十一位の本格的な探索、期待しております。どうかよろしく頼みます」
支局長の期待を背負い、三人はガルディア公国の四大迷宮の一つ『深古水環宮』の入り口を抜けた。
一階層にある安全地帯の転移ポイント。かつてアレンが「散歩」で座標を記憶していたため、再記憶の手間は必要ない。安全地帯を抜けると、そこには地上とは異なる、古代の石造りと澄んだ水が織りなす荘厳な回廊が広がっていた。壁面を流れる水路からは規則正しいせせらぎが聞こえ、湿り気を孕んだ冷たい空気が肌をなでる。
回廊に出たところで、アレンは足を止めた。
「ちょっと待ってくれ。昨日買った指輪に、共鳴用の魔術を付加する」
リィナとセリスから、左手薬指に嵌まったばかりの指輪を借り受ける。アレンは指先に意識を集中させ、世界樹の理に基づいた魔力を編み上げていった。
迷宮内部には特有の環境魔力が満ちている。この空間変数を組み込んで術式を刻まなければ、迷宮の遮蔽を越えて共鳴させることはできない。アレンの指先から放たれた透明な波動が、二人の指輪の核へと吸い込まれるように刻印されていく。
「よし、出来た。これで迷宮内からでも、地上の陛下や俺たちと連絡……いや、信号を飛ばし合える」
「迷宮内でも共鳴するなんて……。本当に不思議な感覚ですわ。魔力の実感が、以前より指先に馴染むようです」
セリスが、窓から差し込むわずかな光に指輪をかざすように見つめた。リィナも淡い青色の瞳を輝かせ、アレンを見上げる。
「アレン様、これでもう魔力を通してもいいのでしょうか?」
「いや、ここで実験はしないでくれ。陛下の指輪も光ってしまうからな。公女王に余計な心配をさせるわけにはいかない。実験は次に陛下に会ったときだ」
アレンは二人に指輪を返し、迷宮の奥、さらに深くへと続く道を見据えた。
「さて、本格的に三人のフォーメーションを作ろうと思うんだが」
アレンの提案に、リィナは銀髪を揺らして穏やかに微笑んだ。
「それは良いのですけれど……アレン様、基本の配置は既に決まっていますよ」
「問題は、アレン様が攻撃すると、陣形を維持する前に戦闘が終了してしまうことですわ。それではフォーメーションを組む意味がありませんもの」
セリスが金髪を指で弄りながら、どこか呆れたような、それでいて誇らしげな溜息を吐く。その指摘に、アレンは言葉を失った。自身の《魔術消去》や《光束魔術》が、あまりにも一瞬で結果を出してしまう事実を、理の視点から再確認したからだ。
「……なるほど。確かにそうだな。じゃあ──今回も、戦闘はリィナとセリスだけで行こう」
二人の視線が同時に向けられる。それは信頼と、少しばかりの「またですか」という呆れが混ざったジト目だった。
「嫌がらせじゃないんだ。俺が転移で戻ってくるまでの間、二人だけで特級魔軌士と渡り合えるようになってほしい。俺がいなくても大丈夫だと言えるだけの自信を、この迷宮で手に入れてくれ」
アレンの漆黒の瞳には、一切の妥協はない。公女王にすら依存させないという彼の方針を、二人は十分に理解していた。
「……分かりました。頑張ります、アレン様」
「行くわよ、リィナ。遅れないでちょうだいね」
リィナが凛とした表情で頷き、セリスがレイピアの柄を叩いて歩き出す。アレンはその後ろ姿を、信頼を込めて静かに見守りながら、自らも一歩を踏み出した。水の都の地下深く、新たな試練の幕が上がる。




