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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第13章:世界を繋ぐ魔導の罠

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アークレスト王国の地下深く。魔導工学研究庁の最奥部に位置する「特別機密区画」へと続く回廊は、地上で見せた華やかな光とは無縁の、冷徹な無機質さに支配されていた。

壁一面を埋め尽くす電力回路の接点からは、アザルの人工魔力が漏れ出し、空間そのものが赤黒いノイズを帯びて絶え間なく明滅している。


「……ここから先が、奴の聖域です。私が、己の野心を形にするために与えてしまった、呪われた場所だ」


精神呪縛から解放された国王フォルディスは、その声に消し去れぬ自責を滲ませながら、最終隔壁の前に立った。王の震える指先が、生体認証のスキャナーに触れる。

重厚な金属音が地下の静寂を引き裂き、アークレストが誇る最高機密への扉が、ゆっくりと、しかし確実に開かれた。


「アレン殿、背後は任せておけ。……先ほどの無礼、戦いで返させてもらう。この命、王の盾として使い切る覚悟だ」


特級魔軌士No.4、グラディウス・ファルマードが、身の丈を超える魔導剣を構えて回廊の両脇を固める。その瞳からは先ほどまでの虚脱感は消え、正気を取り戻した戦士としての峻烈な闘志が宿っていた。国王の権限と世界屈指の重戦士 ── 二人の強固な協力により、アレンたちはついに黒幕の目の前へと辿り着いた。


室内に足を踏み入れた瞬間、肌に粘りつくような悍ましい魔力の密度が三人を襲った。

部屋の中央、数百もの高精細モニターに囲まれた椅子に、一人の男が深く腰掛けている。白衣を纏い、病的なまでに細い指先をキーボードの上で踊らせているその男こそ、アシェル・グレイヴ ── いや、サハリスの闇から這い出した狂った天才、アザル・ハル=サーミであった。


「来たか……。世界樹の理を体現し、魔力構造そのものを変質させている男よ」


アザルがゆっくりと椅子を回転させ、こちらを振り返った。その瞳には、知的な探究心と、常軌を逸した狂気が混濁したまま宿っている。

アレンは長身からその男を冷徹に見下ろした。室内を満たすのは、サーバーラックが発する無機質な駆動音と、アザルの呼吸音だけだ。


「お前をここで殺すわけにはいかない。お前の脳波が、今この瞬間もアーク・リンクの基幹層と完全に同期しているからだ」


アレンの言葉に、アザルは愉快そうに口角を吊り上げた。


「理解しているのか。……素晴らしい。そう、私が死ねば、世界のネットワークは即座にフィードバックを起こし、接続されている数億人の精神が焼き切れる。君の愛する『理』とやらが、一瞬で灰になるわけだ」


「だから、生かしたまま止める。……それだけだ」


「くく、ならば私を“止めてみろ”。君のその理外の力でな!」


アザルが両手を広げると同時に、壁一面に設置されたアーク・リンク端末から、どす黒い霧のような魔力が噴出した。それは実体を持たない精神侵食の奔流であり、通信波長と同調して周囲の意識を強制的に『上書き』しようとする情報の嵐であった。


「アレン様、危ないです!」


リィナが叫び、《三重魔導護膜トリプル・アーク・シェル》が、侵入を試みる黒い霧と衝突し、パリン、パリンと硬質な音を立てて火花を散らす。アザルの人工魔力は、従来の防御術式では防ぎきれない「情報の感染」を試みるが、アレンはその不協和音を鼻で笑った。


「無駄だと言ったはずだ、アザル。お前の書いた数式など、最初からこの世界のことわりには含まれていない」


アレンがポケットから手を抜き、指先を軽く弾いた。


──《魔術消去ディスペル・アーツ》。


張り詰めた弦が切れるような、清涼な音が室内に響き渡る。

その瞬間、部屋を埋め尽くさんとしていた黒い霧が、朝日を浴びた霧散のように消え去った。


「……何だと? 術式を介さず、私の『完成された定義』そのものを消したというのか!?」


驚愕に顔を歪めるアザル。その動揺は、世界最高の知性を自負する男にとって致命的な隙となった。

アレンは風を切る音さえ置き去りにして、一瞬でアザルの懐に肉薄した。その動きには予備動作も、加速のためのラグもない。ただ「そこに到達する」という結果だけが先行しているかのようだった。


「《衝撃制御インパクト・リミット》」


アレンの掌がアザルの胸元に、触れる程度の速度で当てられた。

物理的な衝撃は一切ない。服の繊維すら乱さないほどの一撃。だが、アザルの全身の神経系にのみ、世界の波長と共鳴する「停止」の衝撃が走り、その自由を完全に奪った。


「ぐ、ふっ……あ、あ……」


椅子から崩れ落ちたアザルに向け、リィナが迷いなく指先を向けた。


「《水鎖縛陣アクア・バインド》!」


術式が展開され、床から湧き出した高圧の水の鎖が、アザルの四肢を雁字搦めに拘束した。それは物理的な重圧だけでなく、術者の高い魔力純度によって、拘束された者の魔力循環を強制的に沈静化させる力を持っていた。


アザルは床に伏しながらも、恍惚とした表情でアレンを見上げた。


「……素晴らしい。術式を介さぬ魔力操作……。君の魔力は、実に……美しい。人間が到達できる極致を超えている……」


アレンはその賞賛を、冷たく切り捨てた。


「黙れ。お前の汚れた美学に付き合うつもりはない。……国王、この男を連れて行け。……まだやるべきことが残っている」


アレンの影が、地に這う狂った天才を完全に覆い隠す。

国王フォルディスは、かつての友であり、国を壊した大罪人でもある男を複雑な表情で見つめ、警備隊に引き渡すよう命じた。


ガルディアの内乱から始まった大陸の危機は、その元凶を拘束するという形で、一応の終止符を打とうとしていた。

だが、アレンの漆黒の瞳には、まだ晴れぬ懸念が宿っている。アザルの唇から漏れる嗤い声が止まっていないからだ。彼が繋いだ「ネットワークの闇」は、その心臓を止めただけでは解決しない ── 暴走する電子の海が、再び赤黒い脈動を強めていた。


「セリス、公国宮殿へ。アザルの確保と、状況の報告を」


「了解しました、アレン様。……まったく、最後まで後味の悪い男ですわ」


セリスが鋭い手つきで通信機を起動させ、外部への回線を確保しようとする。

アークレストの深い闇の中で、アレンたちは次なる「世界の修復」へと歩み出す。ネットワークの暴走を止め、人々の精神を解放するための、真の戦いが始まろうとしていた。


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