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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第13章:世界を繋ぐ魔導の罠

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13-7

深夜。ガルディア公国宮殿の深奥に位置するエリシア公女王の執務室は、冬の凍てつく闇を撥ね退けるような、青白いホログラムの光に満たされていた。

数日前、アレンたちがサハリスから持ち帰った「アザル」という名は、公国情報局という巨大な組織を、狂気的なまでの速度で回転させる引き金となっていたのである。


壁一面に展開されたアークレスト王国の通信網ネットワーク図は、今や毒々しい赤色に点滅し、室内の空気を不気味に侵食している。情報局長セルヴェンの眼鏡には、滝のように流れるログの文字列が反射し、その奥にある瞳からは、長年諜報の最前線にいた男特有の冷静さが、隠しきれない焦燥によって削り取られていた。

情報端末が発する「ジ、ジ……」という微細な高周波ノイズが耳鳴りのように響き、セルヴェンが報告書を置く際の乾いた硬質な音が、墓石を叩く音のように重く沈黙を切り裂いた。


室内を満たすのは、喉を焼くような殺気と、張り詰めた重圧だ。アレンの周囲では、リィナが施した不可視の守りの波長が、ホログラムから漏れ出す不自然な「人工魔力」の残滓を敏感に捉えていた。その微細な「毒」がアレンの肌に触れる前に、静電気のような微かな火花を散らして霧散していく。アレンはその不快な揺らぎを感じながら、漆黒の瞳を細めた。


「……報告を、始めます」


セルヴェンの声は、かつてないほど低く、砂を噛むような苦渋に満ちていた。

その前には、アレン・ヴァルグレイが、リィナ、セリスと共に紺銀の魔術礼装に身を包んで佇んでいる。アレンはその場を支配する圧倒的な存在感を示しながらも、微動だにせず局長の言葉を待った。


「アシェル・グレイヴ……。いえ、アザル・ハル=サーミは、すでにアークレストの魔導工学研究庁の中枢へと深く入り込んでいました。単なる特別招聘研究員などではない。彼はその理外の知識を用い、庁内の権限を実質的に掌握。現在、アーク・リンクの『次世代通信規格』の策定を一人で任されている状態です」


セリスが、紺色のジャケットの飾緒を握りしめ、青い瞳に峻烈な光を宿した。

「次世代規格……。つまり、これから世に出る全ての端末の『理』を、彼一人が書き換えているということですか?」


「それだけではありません。セリス殿、これが最も衝撃的な事実です」

セルヴェンが空中に一つの図解を拡大した。 それは、世界中の人々が「絶対に安全な鍵」だと信じて疑わない、アーク・リンクの魔力回路の深層構造であった。


「我々が日常的に使用しているアーク・リンクに、未公開の『隠しバックドア』が存在することが判明しました。通常、端末は個人の魔力署名という『唯一無二の鍵』によって保護されています。しかし……アザルが仕組んだこのバックドアを通せば、その魔力署名を外部から強制的に『上書き書き換え(オーバーライド)』することが可能な構造になっていたのです」


「な……っ!? そんなこと、魔導工学の基礎理論を根本から否定する行為ですわ!」

リィナが銀髪を震わせ、戦慄に声を震わせた。彼女の鋭敏な感覚は、その事実がもたらす地獄を瞬時に描き出していた。


アレンは沈黙の中で、その情報の意味を「ことわり」の視点から分解していた。

網は、すでに完成している。アークレスト製の端末を手に持つ全人類が、気づかぬうちに精神の首輪を嵌められているのと同じだ。魔力署名の上書きは、個人の『存在アイデンティティ』そのものを抹消することに等しい。理論上はアザルが通信を介して特定の術式を流せば、数億人の精神を一瞬で書き換え、意志を持たぬ操り人形へと変貌させることが可能になるのだ。

世界樹の理を愛でるアレンにとって、それは世界の理そのものを巨大な迷宮へと作り替えようとする、冒涜的なまでの傲慢であった。


アレンの長身から、氷点下の冷徹な殺気が溢れ出した。


「アークレスト国王の動向は?」


アレンの低い問いに、デスクに置かれたホログラムを操作していた情報局長セルヴェンが、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせて顔を上げた。 その視線の先、窓の外の夜景を見つめていた公女王エリシアが、局長の言葉を待つようにゆっくりとこちらへ振り返る。


「……国王フォルディスは、元々『アークレストを世界の中心に』という強い野心を持っていました。アザルはその野心を、精神操作によって異常なまでに増幅させた形跡があります。結果として、ノルディア戦争という悲劇を誘発し、大陸の均衡を崩す決断に至ったようです」


セルヴェンの声は低く、事務的な中にも事態の深刻さを隠しきれない苦渋が混じっていた。 彼はさらに一枚の報告書をエリシアに提示し、言葉を継いだ。


「……陛下。アークレスト王国は今や、国家として『アザルという一個人に操られている』可能性があります。世界を繋ぐアーク・リンクが、世界を滅ぼすための手綱になっていた。……これを許すわけにはまいりません」


報告を終えたセルヴェンは、苦々しげに言葉を切った。室内を流れる魔導空調の風さえも、局長が突きつけた戦慄すべき事実を前に、凍りついたかのように重く停滞している。


エリシアは局長の報告を真っ直ぐに受け止めると、机の上に置かれた自分自身のアーク・リンクを、忌々しげな毒蛇でも見るような目で見つめた。 その青い瞳には、もはや一国の主としての迷いはない。


「アレン殿。……待機の時間は終わりですわ」


その一言が、夜の執務室の空気を激しく震わせた。


「これよりアークレスト王国へ向かい、国王フォルディスを精神呪縛から解放してください。そして、アザル・ハル=サーミを拘束し、その歪んだネットワークの中枢を破壊しなさい。……これは、ガルディア公女王としての、全大陸の平和を守るための『特命』です」


「命令、受諾しました。……必ず、台本シナリオを終わらせてくる」


アレンは静かに、しかし絶対的な重みを持って応じた。その背中には、世界樹の加護を受けた者の、揺るぎない覚悟が宿っていた。


「アレン様が行くところなら、どこへでも。……私の光で、皆様をお守りいたします」

リィナがアレンの傍らで凛とした表情を浮かべ、深く頷いた。


「ふん、当然ですわ。技術の暴走など、このヴァレンティアの魔術が許しません。アザル……その首、洗って待っていなさい」

セリスがレイピアの柄を弾き、青い瞳に戦士の誇りを灯した。


東大陸、魔導技術の聖域にして、今や世界最大の『罠』と化したアークレスト王国。

特級魔軌士No.11とその誓導者たちは、人類の自由を奪還するため、嵐の吹き荒れる東の空へと解き放たれたのである。


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