13-4
二一九六年十二月十二日。
南大陸サハリス砂漠王国の王都サハラームは、冬といえど容赦のない強烈な陽光に灼かれていた。
アレンたちが滞在する「ヴァルシオン・ホテル」の特級魔軌士専用スイートルーム。その強化UVカットガラス越しに差し込む光は、室内の高効率空調が作り出す完璧な冷気と衝突し、窓際に微かな陽炎を生じさせていた。
アレンは、紺銀の軍服風魔術礼装の襟を無造作に正すと、昨夜から胸の奥で燻り続けている「名」の残像を振り払うように、一九二センチの長身を動かした。
窓の外、どこまでも続く黄金の砂海と、それを切り裂くように伸びる道路。
室内に微かに響く空調の低周波と、リィナが支度を整える際の布擦れの音。
情報局ですら辿り着けなかった空白。その中心に立つかもしれないという「セラフィナ・アルシェル」。魂がこれほどまでに騒ぐ理由が、単なる同名への動揺なのか、それとも理の導きなのか……。確かめるしかない。
「アレン様、準備が整いました。……少し、お疲れではありませんか?」
銀髪を揺らし、心配そうに覗き込んでくるリィナの瞳に、アレンは静かに首を振った。
「……問題ない。まずは予定通り、支局で用事を済ませるぞ」
三人はホテルを出ると、待機していた無人タクシーに乗り込み、迷宮近くにある魔軌士局サハラーム支局へと向かった。
支局の建物は、砂漠の環境に適応したドーム型の近代建築であり、その表面は魔力を電気エネルギーへ変換する特殊な装甲パネルで覆われていた。受付にアレンが「二十四階層ボス:砂の巨人」の魔石預かり証を提示すると、周囲の空気は一変した。
「こ、これは……。失礼いたしました! 特級魔軌士No.11、アレン・ヴァルグレイ閣下ですね! すぐに局長室へご案内いたします!」
対応した職員の顔から血の気が引き、指先が端末の上で泳ぐ。二十四階層ボスの魔石。それはこの国の主力である魔石発電所の数か月分の基幹エネルギーに相当する、文字通りの「国家財産」である。
案内された支局長室では、老練な魔軌士局長サイード・ラマディーンが、緊張を隠せぬ面持ちで待ち構えていた。
サイードの魔力波長が、小刻みに震えている。俺の存在そのものが、この男にとっては制御不能な災害に近いのだろう。
支局内には高度な魔力署名スキャナーが張り巡らされているが、俺の波長を捉えきれず、エラーログを吐き出し続けているのが壁のモニターから見て取れる。俺を「人」としてではなく「現象」として扱おうとしているな。
……余計な威圧は不要だ。事務的に、かつ最短で情報を引き出す。
「……アグニスの特級No.30を棒切れで制したという噂、もはや疑う余地もありませんな」
サイードは手元のデジタル端末を操作し、換金手続きを迅速に進めた。画面上では、アレンの口座へと数十億エルという巨額の数値が刻まれていく。だが、アレンの目的は金ではなかった。
「ところで局長。特級魔軌士No.6 ── セラフィナ・アルシェル殿への公式な連絡手段はあるか?」
その問いに、サイードが操作していた指をぴたりと止めた。
「……セラフィナ殿、ですか。彼女はアルシェル侯爵家の令嬢であり、王家の相談役。……まさか、決闘の申し込みではありますまいな?」
サイードの脳裏には、特級同士の衝突がもたらす物理的な焦土化と、外交的な大惨事がよぎっていた。
「違う。迷宮『幻砂冥廊』の深層について、同じ特級の視点から話を聞きたいだけだ」
アレンの平坦な回答に、サイードは僅かに安堵の色を見せたが、それでも慎重さは崩さなかった。
「……承知しました。特級No.11からの正式な面会要請として、侯爵家と王宮の連絡室へデータを送っておきましょう。……ただし、彼女は極めて気まぐれな御方だ。あまり期待はしないでいただきたい」
リィナは横でサイードの瞳をじっと見つめていた。彼女の思考読解は、支局長の内面にある「セラフィナ・アルシェルという存在への、畏敬を通り越した畏怖」を鮮明に捉えていた。
支局を後にした三人は、そのまま観光客を装い、王都の中央にそびえる王宮へと足を向けた。
黄金と白亜の石材を贅沢にあしらった壮麗な建築は、陽光を反射して眩いばかりの光を放っている。
「これが、サハリスの権威の象徴ですか。……美しいですが、どこか息が詰まりそうですわね」
セリスが紺色のジャケットの襟元に手をやり、青い瞳に不機嫌そうな色を宿した。彼女の鋭い魔力感知は、王宮を取り囲む最新型魔力監視レーザーと、目視不能な結界の網を捉えていた。
「アレン様、あちらの回廊……。アーク・リンクの信号増幅器が、不自然な密度で配置されています」
リィナが小声で指摘する。彼女の言う通り、王宮全体が巨大なアンテナと化し、出入りする全ての魔力署名を自動でスキャン・照合する鉄壁の防衛網を構築している。
アレンは漆黒の瞳でそれらの「理」を観察しながら、静かに歩みを進めた。
(人工魔力の変質、そしてこの過剰な監視体制。……全てが一本の糸で繋がっている。そしてその糸の先には、必ず彼女がいるはずだ)
「……今日はここまでだ。返事を待つ」
天頂に達した太陽が、影を足元に縫い付ける。
三人は人波に紛れ、再びヴァルシオン・ホテルへと戻った。
黒幕へと繋がる唯一の希望 ── 特級魔軌士No.6からの「毒」を含んだ返答を待つ、静かなる情報の激突が、この灼熱の地で始まろうとしていた。




