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バンッ! という凄まじい衝撃波とともに、黄金の光は漆黒の炎へと飲み込まれ、倍以上の密度となった黒い霧が、津波のように地上へと逆流した。
「ぎゃあああああっ!?」
「目が! 皮膚が溶ける! たす、助けてくれぇっ!」
前衛にいた近衛騎士たちの甲冑が、瘴気に触れた瞬間に赤黒く錆びつき、腐食していく。騎士たちは悲鳴を上げて転がり回り、その肉体は見る間に異形の黒い結核に侵され、正気を失った魔獣へと変貌し始めた。
「嫌ぁぁぁぁっ! な、なんで!? 私の光の魔法が、効かないなんて……!? いつもなら、ちょっと光を当てれば、スッと消えていたのに!?」
クラウディアは杖を投げ出し、頭を抱えて悲鳴を上げた。
当然だった。
彼女がこれまで「浄化」していたのは、アウレリアが命がけで濾過し、限界まで弱められた「残りカス」の魔力に過ぎなかったのだ。毒素をすべて抜き取られた無害な水に、きらきらとした砂糖を混ぜて「私が綺麗にしました」と主張していたようなもの。
本物の、地底から湧き上がる生の「深淵の瘴気」――数百年の怨念と呪いが煮詰まった純粋な暴力に対して、彼女の生半可な光魔法など、ただのガソリンでしかなかった。
「クラウディア……お前、嘘をついていたのか……?」
ルシウスが、血の引きちぎれたような顔でクラウディアを睨みつけた。
「アウレリアがやっていたのは『怪しげな自己満足の魔術』ではなかったのか!? お前が祈るだけで、すべて解決するのではなかったのか!?」
「ち、違います! 私は本当に聖女で……! あ、あの生意気なアウレリアが、きっと私を陥れるために、何か呪いをかけて行ったんですのよ! そうに決まっていますわ!」
「黙れ! 役立たずが!」
かつて愛おしそうに抱き寄せていた腰を、ルシウスは容赦なく蹴り飛ばした。クラウディアは大理石の床に転がり、泥と瘴気にまみれてドレスを汚した。
「伝令! 伝令を送れ! アウレリアを連れ戻すのだ!」
ルシウスは髪を振り乱し、狂ったように叫んだ。
「今すぐ騎士団を出せ! アウレリア・フォン・アウレリアを探し出し、首に縄をつけてでも地下へ引き戻せ! あいつに、今すぐこの瘴気を吸わせろ! 皇帝陛下に知られたら、私の立場が……私の帝位が……!」
「報、報告いたします殿下っ!」
そこへ、血まみれになった近衛隊長が飛び込んできた。
「空を! 外の空をご覧ください! 大結界が完全に崩壊しました! 帝国の全土から、魔獣の群れが押し寄せてきております! 街は……首都は、パニック状態です!」
ルシウスが大聖堂の窓から外を見やると、そこにはかつて見たこともない「終わりの光景」が広がっていた。
美しいはずの太陽はどす黒い雲に覆われ、街の至るところから黒煙が上がっている。人々は逃げ惑い、かつてアウレリアを「ゾンビ」「魔女」と蔑んでいた貴族たちは、自らの豪華な屋敷が瘴気に呑まれるのをただ悲鳴を上げて眺めることしかできていなかった。
「そんな……馬鹿な……。あいつ一人いなくなっただけで、我がソル・インペリウムが……この光の帝国が、滅びるというのか……!?」
ルシウスはその場に膝をつき、絶望に顔を歪ませた。
彼らが「ゴミ」のように捨て去った一枚の基盤。
それが、この巨大な帝国というハリボテを支えていた唯一の柱であったことに、彼らはあまりにも遅すぎる段階で気づいたのだった。
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一週間後。
常夜の帝国の皇城『アルジェント・ノクス』。
鏡の前に立つ私は、自分自身の姿に、息を呑んでいた。
かつて煤けて灰色だった髪は、夜の闇よりも深く、星屑のような銀の粒子を散りばめた極上の「漆黒の金髪」へと変化していた。
病人のように青白く、ひび割れていた皮膚は、まるで上質な真珠のように滑らかで、内側から透き通るような発光を放っている。
そして、濁っていた琥珀色の瞳は、妖しくも美しい「黄金の流星」のような光を宿していた。
体内を巡る魔力は、かつての痛々しい濁流ではない。
ハドリアヌスの施してくれた治療と、この国の豊かな魔素によって、完全に私のコントロール下に置かれた、圧倒的な「至高の魔力」だった。
「ふむ……期待以上だな。まさに聖女の再来だ」
背後から歩み寄ってきたハドリアヌスが、鏡越しに私の肩に手を置いた。その瞳には、隠そうともしない熱い情熱が宿っている。
「アウレリア。太陽の国からの『知らせ』が届いているぞ」
彼が差し出した一枚の羊皮紙。そこには、ソル・インペリウムからの死に物狂いのメッセージが書かれていた。
『アウレリア・フォン・アウレリアへ。
至急、帰国せよ。過去の無礼はすべて許す。公爵家の爵位も復元し、ルシウスとの結婚も認めよう。だから頼む、今すぐ戻り、地下の瘴気を抑え込んでくれ。国が滅びてしまう』
ルシウスの、あまりにも勝手で、惨めな懇願の文章。
「許す」だと? 罪を犯したのはどちらか、あの男はまだ理解していないらしい。自らの非を認めず、上から目線で私を「都合の良い道具」として呼び戻せると思っているのだ。
私はその羊皮紙を手に取ると、クスクスと小さく笑い声を漏らした。
喉の奥から込み上げてくるのは、長年の苦痛に対する哀愁ではなく、溢れんばかりの爽快感だった。
パチ、と指を鳴らす。
私の指先から放たれた小さな紫の炎が、羊皮紙を一瞬で灰へと変えた。
「返事は、どうする?」
ハドリアヌスが愉しそうに尋ねる。
「返事など、出す価値もございませんわ。……ですが、そうですね。あの哀れな元婚約者様には、現実というものを教えて差し上げなければ」
私は振り返り、ハドリアヌスを見つめた。
「ハドリアヌス殿下。我が国の軍勢を、ソル・インペリウムの国境へ進軍させていただけますか? 侵略するためではありません。……ただ、彼らがどれほど愚かな選択をしたのか、その目で見せてあげるために」
「お安い御用だ、私の愛しい人」
ハドリアヌスは私の手を取り、その甲に深く、熱いキスを落とした。
「お前が望むなら、私は世界を相手にしてもかまわない。あの偽りの太陽を完全に打ち砕き、お前をこの世界の真の女王として戴冠させよう」
「ええ。楽しみにしていますわ」
私は冷ややかな、しかし途方もなく美しい笑みを浮かべた。
ルシウス殿下、そして聖女クラウディア様。
あなたたちが誇っていた「光の世界」は、もうどこにもありません。
救いを求める叫びも、許しを乞う涙も、すべて暗闇の中に消えていくのです。
だって、私はもう――あなたたちの『聖女』ではないのですから。




