3人で、恋をする。
玄関のドアがゆっくりと開く。
同時に冷たい風が入り込み、健は小さく身震いをする。
「久しぶり…」
「……」
翔太の困ったような笑顔と、聡一郎の眉間に皺を寄せた顔。
2人が来てくれた。
今はそれだけで嬉しい。
「部屋、行こっか」
健は2人に背中を向けて階段を登る。
部屋のドアを開け、健は床に腰を下ろす。
2人は健と向かい合うように座った。
いつもより遠い距離に胃の奥が重くなる。
ちゃんと、伝えるんだ。
「…今日、来てくれてありがとう」
「この前はほんとごめん。2人のこと…傷つけちゃった」
逃げるように目を伏せる。
「俺の自己満なんだけど、聞いてくれる?」
「最後…だからさ」
静寂が流れる。
「は?」
「最後?」
「…うん」
「なんで…」
「まあ、聞いてよ」
健は静かに深呼吸した。
「…俺、好きな人できた」
「恋ってすごいね。相手のことがキラキラして見える」
「この気持ち…ずっと隠そうと思ってた。それが一番いいって」
「…隠す?」
「うん」
「でも俺決めたんだ。ちゃんと伝えるって」
視線を向ける。
目を逸らしたくなかった。
口元が小刻みに震える。
「…好きだよ。聡一郎。翔太」
2人の瞳が大きく揺れる。
音のない時間が、ゆっくりと過ぎる。
(うわー…言っちゃった)
「気持ち悪かったらごめん…」
「選べないとかじゃなくて、2人が好きなんだ」
「俺が好きって言ったら、この関係が壊れると思って…あの時は言えなかった」
「2人のこと…もうただの友達って思えない。だから、一緒にいられない」
聡一郎と翔太は口を開けて固まっている。
自然と口元が緩む。
「今まで…本当に楽しかった。ありがとう」
視界が揺れる。
(ちゃんと最後まで…言えた)
部屋の中がしんと静まり返る。
聡一郎の口がわずかに開く。
「…何勝手に終わってんだよ」
「…え?」
「バカすぎて呆れる」
「ほんと…おバカさん」
「…は?バカ?」
「そうだよ、バカ健」
「バーカバーカ」
「…なんなんだよ」
健は、眉を軽くひそめる。
2人は小さく笑うと、健のそばに移動する。
「…なにがありがとうだ。俺らの話も聞け」
「そうだよ。勝手にさよならしないで」
「…な、なんで」
翔太は聡一郎に視線を向ける。
「聡一郎…俺から話してもいい?」
「…どうぞ」
「譲ってくれてありがとう」
健と視線を合わせる。
翔太の目は穏やかだった。
「俺の好きな人…知らないでしょ?」
「…うん」
「中学の時にゲイだってわかった話…覚えてる?」
「覚えてるよ」
「…その時に好きになった人なんだけど」
「…ずっと好きなんだね」
翔太が目を細めて優しい眼差しを向ける。
(…勘違いしそう)
胸の奥がちくりと痛む。
「親友でさ、明るくて、素直で、超鈍感な人なんだけど…誰かわかる?」
「えー…」
「…わかんないよ」
「あはは」
「はあ…やっぱりバカ」
「え?なになに?」
2人が目を合わせて笑っている。
(俺だけわかってないの?)
「健」
「ん?」
翔太の瞳がゆっくりと弧を描く。
「健だよ。俺の好きな人」
身体が硬直する。
「…俺?」
「そうだよ。も〜やっと言えた!」
「あ、う…嘘…翔太が?俺を?」
「うん、大好き」
「…だ、大好き?」
翔太の瞳に熱が帯びる。
健は顔に熱が集中する。
「おい」
聡一郎の低い声にハッとする。
「俺のこと忘れんな」
「あ、ごめん!健、聡一郎の話も聞いてあげて!」
「お前…」
はあ…と額を右手で押さえる。
「健」
「は、はい…」
聡一郎の瞳に光が宿る。
「俺も、健が好きだよ」
(…え?)
「ずっと好きだった」
健はぽかんと口をわずか開ける。
身体が微動だにしない。
「…おい、なんか言えよ」
「……」
「え、な!?」
「健!?」
涙が頬を伝う。
「俺…お前らに好きな人いるから…片思いだって…失恋したって…ずっと思ってたのに…」
「結構態度に出てたと思うけど」
「ねー、俺がんばってたのに」
「…すみません」
涙が止まらない。
でも泣けば泣くほど2人の言葉が染み込んでいく。
「2人の気持ちすごく嬉しい…でも…」
「…2人は複雑だよね」
互いに目を合わせたまま、一瞬の間が空く。
「俺は…健を独り占めしたい」
「俺も基本そう」
「ごめん…1人だけ舞い上がっちゃって…」
(…でも俺は)
顔を伏せる。
「でもさぁ」
翔太の声が部屋の中に妙に響く。
「俺、ここで健にどっちか選べって言えないわ」
「…え?」
「聡一郎のことも健と同じくらい好きなんだよね」
「勃たないけど」
「変なことを言うな」
聡一郎の拳が翔太の肩にコツンとぶつかる。
「だから聡一郎とも離れたくないし、このまま3人でいたい」
翔太の言葉がすとんと腑に落ちる。
「…俺は健のことは譲れない」
「でも翔太は大事な友達だから、傷つけたくない」
「直接言われるとなんか感動…」
「当たり前だろ」
翔太は両手を口元に添えて、瞳を潤ませる。
聡一郎の微笑みと視線が、部屋の空気をやわらげる。
「…俺たちこれからどうする?」
「とりあえず3人でいるのは絶対でしょ」
「…そうだな」
沈黙が流れる。
「で、健は俺たちとそういうことしたいんでしょ?」
「…うん」
「俺もしたい。な!聡一郎!」
「…うるさい」
3人は顔を合わせる。
「…珍しい関係だけど、俺たちなりに考えてやってこうぜ」
翔太の言葉に、聡一郎と健は頷く。
「…俺、2人のこと大切にする」
「俺も」
「俺もー!」
3人の口元に笑みが浮かぶ。
「じゃあ、新しい門出ってことでみんなでハグしよ!」
「どうやってやんのよ」
「えっとさ、みんなでこう円になって…」
翔太の指揮で3人は互いに向かい合い、それぞれ背中に腕を回す。
頭を中央に寄せ、3人の額が触れ合う。
「これってハグってより円陣じゃ…」
「しゃーない!俺ら3人だし!」
「ふふふ」
「ははは」
「なんか叫びたくなってきたかも!」
「親まだいないからいいよ」
「恥ずかし…」
翔太の腕に力が入ると、2人も身体に力が入る。
「よし、じゃあ2人ともいくよ」
視線を交わしたまま、静かな時間が流れる。
「俺たちは3人で不滅!ファイトー…」
「おー!」
「おー!」
「おー」
部屋の中に3人の声が響く。
いつもの3人がまたそろった。
少し特別な関係になって。
誰かがまたふっと笑い出す。
それを火種に3人はまた笑い合った。
ーーーー・・・
月曜日の放課後。
風はないが空気は冷たく、外は冬の匂いがする。
道に並んで歩き出す。
翔太が口を開く。
「3人で学校にいるとやっぱいいね」
「それな」
「…俺、2人と昼飯食って泣きそうになった」
「避けてたお前が言うか」
「…すみません、もうしません」
健は眉を下げ、肩を落とす。
3人の間に小さな風が通りすぎていき、髪がふわりとなびく。
健はふと空を見上げる。
「こうやって普通に話してると実感ないな…」
「なんの?」
「2人と両思いだってこと」
自分の言葉に恥ずかしさを感じ、軽く目を伏せる。
翔太は一瞬考え込むと、閃いた!とでも言うように2人の前に身を乗り出す。
「じゃあ手でも繋ぐ?」
「どうやって?」
「健が俺らと手を繋ぐしかないでしょ!」
「俺は嫌だよ。恥ずかしい」
聡一郎は眉間に皺を寄せ、制服のポケットから手を出さない。
「いいじゃん、今俺ら以外に誰も歩いてないし!誰か来たら手、離そう!」
翔太は聡一郎の手を無理矢理出すと、健の手と合わせる。
聡一郎の手が優しい手つきで健の手を包み込む。
(うわぁ…)
「…どう?」
「なんか…ちょっとドキドキする」
「俺も!ちょっと照れるね!」
「恥ずかしい…」
寒さで赤かった頬にさらに赤みが増す。
2人の手の感触は違っていて、それが心地よかった。
「なんか両手繋いでると小さい子どもになった気分」
「どっちがお母さん?」
「それは聡一郎でしょ」
「は?なんで」
聡一郎は2人の顔を軽く睨む。
「なんだかんだ面倒見いいし、料理できるし」
「俺、前にお嫁さんに欲しいって言ってたもんなー」
「何その話!?初耳なんだけど!?」
「あ、チャリきた」
聡一郎の言葉で3人の手はすぐに離れる。
向こうから来た自転車が通り過ぎる。
誰も口を開かなかった。
「短かったね」
「普通に歩こっか」
「それがいい」
3人の間に沈黙が流れる。
「今日は何する?デート?」
「デートって何すんの」
「えーっと…家でゲームとか?」
「いつも通りじゃん」
「ほんとよ」
何も変わらない自分たちがおかしくて。
それがなんだか嬉しい。
「じゃあ今日も健の家でゲームしよ!」
「なんで翔太が決めんの」
「健の彼氏だから!」
「俺もだけど」
「ははは!じゃあコンビニ寄ってこう」
3人はまた一緒に歩き出す。
道はまっすぐに伸びている。
遠くにコンビニが見えた。
「コンビニまで競争!」
「負けたやつが奢り!」
翔太の声に、健が賛同して、2人は突然駆け出す。
「おい!?卑怯だろ!」
風が3人の髪をそっと撫で、笑い声は冬の冷たい空気に溶けていった。
体が小刻みに弾むたび、心も自然に軽くなる。
健。
翔太。
聡一郎。
これからも手探りで歩く道を、一緒に見つけていく。
「あはは!」
「早く来いよ!」
少し後ろで、聡一郎が走り出す気配がした。
3人の関係に名前はまだない。




