3人でいる時間
静まり返った家の中に、乾いた電子音がひとつ響く。
画面を確認すると、2人の姿が映っている。
ドアを開けると、外の空気がすっと流れ込んできた。
「やっほー、健!」
「お邪魔します」
「入って入ってー!」
2人は慣れた様子で靴を脱ぎ、家に上がる。
靴下が床に触れ、かすかに擦れる音を立てた。
「今日、親いないからリビングに荷物置いていいよ」
「マジ」
「オールしてもいい?」
「いいよ」
「やったー!」
「いえーい!」
翔太と健は右腕を高くあげる。
「飯どうする?」
「ちょっと待ってて」
健は冷蔵庫の前に立つと、野菜室を引き出す。
ひやりとした冷気が足元に流れ出す中、両手でキャベツを抱え上げた。
「よいしょ」
「おー立派なキャベツ」
「今日はキャベツで鍋食おう」
「やったー!鍋!」
部屋の空気がぱっと弾ける。
「ということで、準備するぞ!」
「おー!」
「おー」
健はくるりと振り返り、背面の棚に手を伸ばす。
ガサガサと袋の擦れる音を立てながら取り出したのは、色の違う鍋の素。
「はい鍋の素!和風だしと韓国風のスープ買ってみた!」
「いいね、美味しそう」
「早速作ろー!」
自然と3人はキッチンに並ぶ形になる。
肩が触れそうな距離のまま、それぞれが動き始める。
包丁の刻むリズム、鍋を取り出す金属音、笑い混じりの声。
3人分の夜が、ゆっくりと火にかけられていく。
ーーーー・・・
「ごちそうさま」
「うまかったー!」
「鍋っていいね」
健は食べ終えた食器を流しへ運ぶ。
水を出すと、さっきよりも温かい音がキッチンに広がる。
背後では、翔太と聡一郎がカセットコンロを片付け、テーブルを台拭きで拭いていた。
布がテーブルを滑る音が、規則的に続く。
「なんか甘いの食べたい」
「冷凍庫にアイスあるよ」
「食う食う!」
勢いよく返事をして、翔太が冷凍庫を開ける。
冷気がふわっと広がり、空気が一瞬だけひんやりとする。
「チョコもらうね」
「なんでもどーぞ」
包装を開ける音が軽く響く。
翔太はアイスバーをくわえたままソファに腰を下ろす。
クッションがゆっくり沈み、身体を受け止めた。
「テレビつけていい?」
「いいよ」
リモコンのボタンが押され、静かだったリビングに、バラエティ番組の賑やかな笑い声が流れ込んでくる。
聡一郎も隣に座り、スマホを開く。
「俺もアイス食べよ」
3人が並んで座っても余裕のあるソファ。
健はその真ん中に、自然と腰を下ろす。
「何食べんの?」
「チョコミント」
「歯磨き粉じゃん…」
「俺は好き」
「俺も好き」
視線をスマホから上げないまま、聡一郎がぼそっと言う。
健はアイスをかじる。
ぱきっと小さな音がして、甘い香りが広がる。
半分ほど食べたところで、健が翔太の肩へ頭を預けた。
「どうしたの」
「いやー…2人が俺んちにいるなあって、しみじみと」
何気ない言葉に、部屋の空気がふっと緩む。
「今日は待ちに待ったお泊まり会ですから」
「それが今嬉しいし楽しいの」
「噛みしめてんの?」
「そう」
健が小さく笑う。
その笑いが、静かに部屋の中に溶けていく。
「鍋も3人で作れて楽しかった」
「俺も。この前はハブられたし」
「あれは仕方ないだろ」
聡一郎は淡々と返す。
一方で翔太は、食べ終えたアイスの棒を指先でくるくると回しながら、ぼんやりと眺めていた。
「ゴミ箱どこ?」
「ソファの横にあるよ」
翔太は身体を少し傾けてソファ横を覗き込む。
足元に置かれたバケツ型のゴミ箱を見つけると、軽く腕を伸ばしてアイスの棒を放り込んだ。
小さな乾いた音がして、また静けさが戻る。
「みんなでゲームやろうよ」
「いいよ」
健はテレビ台の前にしゃがみ込み、ゲーム機を取り出す。
「俺も終わったらやる」
「勉強?」
「うん、アプリ。もうちょいで終わる」
「オッケー」
電源ボタンを押すと、テレビ画面がふっと切り替わり、色鮮やかなメニュー画面が広がる。
健はアイスの棒を口に咥えたまま、慣れた手つきでコントローラーを操作する。
「はい、ゴミ」
「ありがと」
翔太がゴミ箱を健のそばに引き寄せる。
健は口から棒を抜き、軽く放り入れると、また画面に視線を戻した。
翔太はゴミ箱を元の位置へ戻し、何も言わずに健の隣に腰を落とす。
「終わった」
そのまま自然に健の反対側に座り、3人の距離がきゅっと縮まった。
「まず最初はこれでいい?」
健が画面のアイコンを一つ選ぶ。
「いいよ」
「よーし!やるぞ!」
翔太が勢いよく前のめりになる。
「目指せ全勝!」
「そうはさせなーい」
「無駄無駄」
軽口を叩き合いながら、ボタンを押す。
ゲームの音が一気に部屋に広がり、さっきまでの静けさが嘘みたいに賑やかになる。
笑い声と悔しがる声と、コントローラーのカチカチという音が、途切れることなく続いた。
時間を忘れて遊び続け、ようやく一息ついたときには、全員が同時にコントローラーを床へと置いていた。
「はぁー…」
それぞれが好きなように身体を伸ばす。
背もたれに沈み込む者、腕を上に伸ばす者、力を抜いてぐったりする者。
健は何気なくテレビの端に視線をやる。
デジタル表示は、午後11時を少し過ぎていた。
「俺、風呂準備してくるわ」
「え?シャワーでいいよ?」
「俺も」
「いいのいいの、俺が入りたいの」
健はひらひらと手を振りながら立ち上がると、そのままリビングを出ていく。
足音が廊下に遠ざかっていった。
「テレビ見ていい?」
「いいよ」
2人はゲーム機を片付けると、さっきまでの熱を残したままソファに沈み込む。
テレビの音だけが流れる時間。
しばらくして、廊下の向こうから足音が戻ってきた。
「お湯たまったらどっちか先に入りなよ」
「じゃあ先に聡一郎で」
「なんで翔太が決めんの」
「だって聡一郎が1番年上だし。年功序列的な?」
「4月生まれなだけだろ…」
聡一郎は目を細め、呆れたように翔太を横目で見る。
「いいよ、俺1番で」
「じゃあ、その次が翔太で、最後に俺ね」
健は再び2人の間に座る。
さっきと同じ距離、同じ並び。
視線をテレビに向けると、カラフルなスタジオの中で、出演者たちが賑やかに笑い合っていた。
明るい笑い声が、恋の話題で夜のリビングに軽く弾ける。
「恋ねぇ…」
テレビの明るい音が流れる中、健はぽつりと呟いた。
「どした?」
翔太が身体を傾け、健の顔を下から覗き込む。
「俺、恋ってよくわかんないんだわ」
「BL本読んでるのに?」
「うん。お互いを好きで求め合うってのは分かるけど、俺、恋愛したことないから」
健は視線をテレビに向けたまま、どこか遠くを見るように言う。
「まあな…こればっかりは好きな人ができないとなんとも…」
翔太は顎に手を当て、少し考え込むように眉を寄せた。
「翔太と聡一郎は今恋してるんでしょ?」
――空気がわずかに止まる。
ソファに沈んでいた2人の肩が、ぴくりと揺れた。
「え…まぁ…あはは」
「……」
曖昧に笑う翔太と、言葉を飲み込む聡一郎。
2人の頬が、熱でじんわりと染まる。
「なんで恋してるってわかったの?」
健は首をかしげる。
まっすぐで、逃げ場のない視線が、2人の間を行き来する。
「…聡一郎なんか言えよ」
「なんで俺からなの?」
「…年功序列」
「それ言うならお前からだろ」
「えー…」
翔太は観念したように顔を両手で覆い、そのままソファの背に深く沈み込む。
指の隙間から、うっすらと赤くなった耳が覗いていた。
「俺はさぁ…まず男好きっていう自覚からなんだけど」
少しの間を置いて、ぽつりと話し始める。
「中学の時、初めて女子に告白されて、付き合って…キスもしたけど、なんか違うなって思って」
「うん」
健は静かに相槌を打つ。
視線は逸らさず、その言葉をそのまま受け止める。
「それから、男友達のことが徐々に気になっていって。一緒にいたらドキドキするし、俺のものにしたいって思うようになって…そこからかな」
話し終える頃には、翔太は小さく肩をすくめて笑っていた。
照れ隠しのような、少し苦い笑み。
「高校生になってからも女子と付き合ってただろ」
すっと落ちる、冷たい声。
聡一郎はスマホも見ず、ただ前を向いたまま言った。
「それは…その…相手はノンケだし。ずっと片想いなの辛くて…」
「いいように利用して捨てたんだ」
言葉が鋭く差し込む。
「えぇ…翔太クズじゃん…」
健の素直な一言に、翔太は慌てて身体を起こす。
「だ、だって!辛かったの!でも捨ててない!最後は必ず相手から振られました!もうしないって決めてます!」
必死に弁明するその姿に、ソファがわずかに軋む。
「そうなんだ…」
「ふーん」
健は少し引き気味に頷き、聡一郎の視線はまだわずかに冷えたままだった。
「俺の話終わり!次、聡一郎早く話して!」
「逃げた」
小さくため息をつきながら、聡一郎は背もたれに身体を預ける。
少しだけ間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「俺は物心ついた時から、自分は男が好きだって気づいてたよ。あとそれが普通じゃないってことも」
そのまま、まっすぐ健を見る。
視線が、逃げない。
「好きって色んな形があるじゃん。家族の好き、友達の好きって。でも恋愛的に好きな人は特別なんだよ」
言葉を選ぶように、一つずつ置いていく。
「ずっと一緒にいたい、絶対離れたくないって、行き過ぎた思いがずっと心の中にある感じかな」
部屋の音が、少し遠くなる。
「…聡一郎はそう感じてるんだ」
「参考になった?」
健はすぐに答えず、視線を天井へと逃がす。
照明の白い光が、ぼんやりと目に入る。
「うん、なんとなく…お前ら見てると俺も恋したくなった」
「そう?」
2人は顔を見合わせて、小さく笑う。
さっきまでの重さが、少しだけほどける。
けれど――
言葉とは逆に、視線が揺れていた。
「でも俺、お前らが好きな人と結ばれたら――」
一瞬、言葉を飲み込む。
「寂しいなって思っちゃった」
誰も何も言わなかった。
言葉が落ち、空気が、また沈む。
「本当は2人の恋、応援したいのに実って欲しくないとか…友達失格だわ…つーか人としてどうなんだ…」
膝に肘をつき、顔を伏せる。
影が、表情を隠す。
その様子に、2人は顔を見合わせて――
ふっと、力を抜いたように笑った。
「健ってそんなに俺たちのこと好きなんだね」
「なんか嬉しいわ」
2人は同時に身を乗り出し、健の顔を覗き込む。
「恋人できても俺のこと捨てないでね…」
弱く笑うその声に、
「捨てるわけ!あーもう可愛いなあ!」
翔太が勢いよく健を抱き寄せた。
ソファが大きく沈む。
聡一郎はその隣で、健の頭にそっと手を乗せる。
ゆっくりと撫でる指先は、驚くほど優しかった。
「じじいになっても遊ぼうな」
「うん、ズッ友」
その言葉が、静かに重なる。
〜♩
リビングのドア越しに、甲高い音楽が鳴る。
どこか現実に引き戻されるような音。
「あ、お風呂沸いた」
健はその腕の中からするりと抜け出す。
「タオルとか用意してくる。2人もお風呂入る準備しといてー」
軽く手を振って、リビングを出ていく。
足音が遠ざかり、扉が閉まる。
静寂。
2人は同時に、どさりとソファに沈み込んだ。
「恥ずいし、健は超絶可愛いし…もう感情ぐちゃぐちゃなんですけど…」
「勘弁してくれ…」
天井を見上げたまま、動けない。
さっきまでの空気が、まだ胸の奥に残っていた。
ーーーー・・・
風呂の片付けを終え、浴室の戸を開ける。
まだ残る湯気がふわりと廊下に流れ出た。
その隙間から、ひょいと翔太が顔を覗かせる。
「健、このあとみんなで映画見ない?」
「いいよ!なんか持ってきてんの?」
「そう!俺、部屋から取ってくるわ!」
ぱたん、と軽い音を立てて戸が閉まる。
すぐに、階段を駆け上がる足音が遠ざかっていった。
健はタオルで手と足の水気を拭いながら、廊下を歩く。
さっきまでの温かさが肌に残る中、リビングに入るとひんやりとした空気に触れた。
ソファには、聡一郎が一人で座っている。
「なんか映画見るって?」
「そうみたい」
短い会話だけが、部屋にぽつりと落ちる。
「じゃあなんかつまめるもの用意しとくか」
健がそう言うと、聡一郎も無言で立ち上がる。
折りたたみのテーブルを広げると、脚が開く軽い音が響く。
その上にお菓子の袋やペットボトルを並べていくと、ビニールの擦れる音が重なった。
準備を終えた頃――
階段を降りてくる足音が、弾んで聞こえてくる。
「これ!これ見よ!」
勢いよくリビングに入ってきた翔太が、2人にDVDケースを突き出した。
「ホラーじゃん」
「翔太苦手じゃなかった?」
「2人と一緒なら大丈夫かなって!」
どこか強がるように笑う。
健はケースを受け取ると、パチンと開ける。
中の円盤が、部屋の明かりを鈍く反射した。
テレビの前にしゃがみ込み、ディスクを差し込む。
機械がそれを読み込む小さな駆動音が、やけに静かに響いた。
リモコンを操作し、再生ボタンを押す。
部屋の照明が落ちたわけでもないのに、
画面が暗くなるだけで、空気が少しだけ重くなる。
やがて、スピーカーから低くくぐもった音が流れ始める。
じわじわと広がる不穏なBGMが、さっきまでの穏やかな空気を、ゆっくりと塗り替えていった。
「電気消すね」
健がスイッチを押すと、リビングの灯りがふっと消えた。
一瞬で視界が暗くなり、テレビの光だけが部屋を照らす。
青白い光が、3人の顔を浮かび上がらせた。
ソファに戻ると、クッションが静かに沈む。
隣にいるはずの距離が、暗闇のせいで少し近く感じた。
「これ気になってたんだけど、1人じゃ怖くて…3人で見られて嬉しいわ」
「これ、結構怖いって有名じゃない?」
「あとでトイレついてこいとか言うなよ」
「ちょっと2人とも黙って!始まるから!」
翔太の声が少しだけ強張っている。
やがて会話は途切れ、部屋にはテレビの音と、時折混じる息遣いだけが残った。
物語が進むにつれて、音がやけに大きく感じる。
びくっと誰かの肩が揺れるたび、隣の気配がはっきりと伝わってきた。
ーーーー・・・
エンドロールが流れる。
張り詰めていた空気が、ゆっくりとほどけていく。
健がリビングの灯りをつけると、
一気に現実に引き戻されたような明るさが広がった。
「クオリティ高かったね」
「結構金かかってたな」
さっきまでの緊張が嘘みたいに、2人は普段通りの調子で話し始める。
テレビの端には、午前3時の表示。
夜はとっくに深まっていた。
ソファの端。
翔太は身体を丸めるようにして、小さく縮こまっている。
明るくなったはずの部屋なのに、どこか落ち着かない様子だった。
「翔太ー?俺ら部屋行くけど行く?」
「……」
小さく何かを呟いているが、よく聞こえない。
「何?聞こえない」
「…誰かトイレついてきて!」
声だけがやけに必死だった。
「俺先行ってるから」
聡一郎はあっさりと言い、階段を上っていく。
足音が遠ざかり、余計に静けさが際立つ。
「もーほら!俺もトイレ行くから!おいで!」
健は翔太の腕を掴む。
触れた腕が、ほんの少し冷えていた。
「健…ありがとぉ…」
力なく立ち上がる翔太。
さっきまでの強気な態度はどこかへ消えていた。
部屋に入ると、床の上に布団が広げられている。
夜の空気がそのまま入り込んだように、部屋はひんやりとしていた。
翔太はそのまま布団に倒れ込む。
空気がふわっと押し出される。
「もうホラーなんて絶対見ない…聡一郎…一緒の布団で寝ていい?」
「やだ」
「健…」
「翔太でかいから無理」
即答だった。
「2人とも優しくない…」
翔太は枕に顔を埋める。
くぐもった声が布団の中に吸い込まれた。
「自業自得」
「毎回懲りないよね」
2人もそれぞれ布団に入る。
布が擦れる音が、静かな部屋にやけに大きく響いた。
「なあ、健…」
翔太の声がひそひそと落ちる。
「何?」
健は布団にくるまったまま、気のない返事をする。
「BLのエロ本見せて…」
「嫌だよ」
即答だった。
翔太はむくりと枕から顔を上げ、恨めしそうな視線を健に向けた。
「エロいこと考えたら、おばけ来ないってよく言うじゃん…」
不安を誤魔化すように、声がわずかに弱い。
「じゃあ、AV見てトイレで抜いてきたら」
「1人じゃ無理」
間髪入れず返る。
「黙って寝ろ」
聡一郎は寝返りを打ち、翔太に背を向ける。
「じゃあエロい話して!俺に聞かせて!」
半ばやけくそ気味に声を上げる。
「えー」
「めんどくさい」
低温の拒否が2つ返ってくる。
「まず健から!」
翔太は強引に話を振った。
健は布団の中で腕を組む。
しばらく黙り込んで――
「うーん、大きいおっぱい下から見るとエロい…とか?」
ぽつりと出てきた答え。
「俺男好きなんだけど」
間髪入れずツッコミが入る。
「あ、そっか。すまん」
あっさり引く健。
「次、聡一郎!」
「はぁ…」
重たい溜息がひとつ落ちる。
聡一郎は仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめる。
一拍の間。
「昔々あるところにちんこが歩いてました。」
聡一郎は口を閉じる。
一瞬、何もかもが止まったような感覚。
「何それ!ぎゃははははは」
次の瞬間、健が吹き出す。
布団の上で転がるように笑い、シーツがぐしゃぐしゃに乱れる。
「全然エロくない!」
翔太は勢いよく布団をかぶり直し、そのまま丸まる。
完全にいじけた体勢だった。
「俺が寝るまで、2人とも寝かせないから!」
布団の中からくぐもった声が響く。
「どんだけ怖いのよ」
「もうここまで来るとうざい」
呆れた声が重なる。
翔太のもぞもぞと動く気配。
布団が擦れる音だけが、やけに騒がしい。
その様子を見て、健はくすくすと笑いをこぼす。
一方で聡一郎は、薄く目を開けて冷たい視線を向けていた。
部屋の中にくだらないやり取りだけが、じんわりと続いていく。
「あ…この際だから。俺、2人に聞きたいことあってさ」
部屋の中、健の声がぽつりと落ちる。
さっきまでのやり取りとは違う、少しだけためらいを含んだ声音だった。
「なーにー」
翔太は枕に頬を押し付けたまま、気の抜けた返事をする。
健はすぐには続けず、視線を天井へ泳がせる。
言葉を探すように、わずかに間が空いた。
「…男同士でもさ」
一度言葉を切る。
「そういうこともしたくなるのかなーって」
空気が、ぴたりと止まった。
「…“そういうこと”って?」
翔太が顔をしかめながら、ゆっくりと聞き返す。
声のトーンが、ほんの少しだけ低くなる。
「えーと…BL本読んでると皆さんいろいろしてて…」
健は言葉を選びながら、ぽつぽつと続ける。
「…実際さ、好きな人に対してどう思うの?」
問いかけが落ちる。
翔太は一瞬固まり、すぐに視線を逸らした。
耳の先までじわっと赤く染まっていく。
「あぁ…」
短く息を吐くような声。
「そういうこと」
片手で顔を覆い、指の隙間から天井を見る。
落ち着かない様子で、指先がわずかに動いた。
「俺は…」
少しの沈黙。
「したいかな。好きな人なら」
言い終えると同時に、少しだけ肩の力が抜ける。
そのあと、数秒の沈黙。
布団の中の空気が、じんわりと熱を帯びる。
「俺も翔太と同じ。好きな人は特別だから」
聡一郎の声は低く、静かだった。
けれど、はっきりとした迷いのない響き。
「…そっかぁ」
健は小さく笑う。
けれどその笑みは、どこか力が抜けていた。
「2人とも大好きなんだね、相手のこと」
その言葉に、また空気が揺れる。
2人の頬に残っていた熱が、さらに広がる。
視線は自然と、健から外れていった。
「…キスしたいの?その人と」
健の声は、妙に無邪気だった。
「うん」
「おう」
短く返る肯定。
「…じゃあディープキ――」
「ストップ!ストップ!」
翔太が勢いよく身体を起こす。
布団がばさりと大きく揺れた。
顔は真っ赤で、耳まで熱を持っている。
「もうこの話やめ!無理無理!身体に悪い!」
「俺もギブ…」
聡一郎はため息をひとつ落とし、そのままゆっくりと布団をかぶる。
逃げるように視界を遮った。
「えーいいところだったのに」
健は少し不満そうに呟く。
「想像しちゃうから!いろいろ!」
「はーい…」
あっさり引き下がる声。
健は仰向けになり、天井を見上げる。
ふと、あくびがこぼれた。
張り詰めていた空気が、柔らかくほどける。
「流石に眠くなってきた…俺、先に寝るね」
健は布団を肩まで引き上げる。
さっきまでの会話が嘘みたいに、あっさりと目を閉じた。
ーーーー・・・
「健寝た…?」
返事はない。
規則的な寝息だけが聞こえる。
「寝たな」
2人は同時に息を吐く。
翔太は身体を起こし、そっと健の顔を覗き込む。
「寝顔可愛い…」
「だろ」
同じように覗き込む聡一郎。
「寝顔マウントやめてください」
「いつ見ても可愛い」
小さく笑い合う。
けれど、その空気はさっきまでとは少し違っていた。
「ほんと、小悪魔」
「可愛い小悪魔」
冗談めかして言いながら、どこか落ち着かないまま。
「とりあえず目瞑ろ」
「そうしよう」
2人は再び布団に潜る。
電気を消すと、部屋は一瞬で闇に沈む。
どこに誰がいるのか、輪郭だけで感じる。
「なんか落ち着かなくて寝れないかも」
翔太の声が、さっきより小さい。
「俺も」
聡一郎の声も低く、静かだった。
目を閉じると、逆に意識が冴える。
布団の中の体温、隣の寝返り、微かな衣擦れ。
全部がやけに近く感じる。
ーーーー・・・
玄関のドアが開く。
「ただいまー」
外の明るい光が、玄関から一気に流れ込んできた。
閉め切られていた家の中に、昼の空気が差し込む。
「うわ、暗いね」
靴を脱ぎながら、父が目を細める。
静まり返った室内は、まだ夜の名残を引きずっているようだった。
リビングに入ると、カーテンはぴったりと閉められている。
母はそれを掴み、さっと開いた。
一瞬、強い光が差し込み、部屋の中がぱっと明るくなる。
「……あら、綺麗にしてるわね」
光に照らされたリビングは、拍子抜けするほど整っていた。
テーブルも、キッチンも、昨夜の痕跡をほとんど残していない。
「男子高校生3人でこれなら上出来だな」
父が感心したように笑う。
「玄関に靴はあったし、寝てるんじゃない?」
「そうかも。健の部屋見てくるわ」
母はスリッパの音を立てながら、階段を上がる。
部屋の前に立ち、そっとドアを開ける。
中には、ベッドと2つ並んだ布団。
その中で、3人ともぐっすりと眠っていた。
無防備な寝顔。
昨夜の名残が、そのまま残っている。
母は小さく微笑むと、音を立てないようにドアを閉めた。
リビングに戻ると、父はすでに荷物を広げている。
「寝てた?」
「ぐっすり」
「もう2時なんだけどね…何時まで起きてたんだろ…」
2人は顔を見合わせて、小さく笑う。
「あの子達起きたら、お腹空いてるだろうから私ご飯作るわ」
「わかった」
母は袖を軽くまくり、冷蔵庫を開ける。
中から食材を取り出す音が、静かなリビングに戻ってきた。
ーーーー・・・
「ご飯美味しかったです」
「お土産もありがとうございます」
玄関で、2人が揃って頭を下げる。
外はすでに夕方。
昼間の強い光は和らぎ、やわらかな橙色が辺りを包んでいた。
「いいのよいいのよ!また遊びにいらっしゃいね!」
「また3人で遊ぼうぜー!」
健が笑顔で手を振る。
「また明日!お邪魔しました!」
「またな。お邪魔しました」
2人は軽く会釈をし、外へ出る。
玄関のドアが閉まると、健は少しの間ドアを見つめる。
「たけー、お土産食べるー?」
「食べるー!」
母の声で空気が変わる。
健はリビングのドアを閉めた。
ーーーー・・・
「俺、母さん迎えにくるけど乗ってく?」
「マジ?お願いしようかな」
「近くのコンビニで待ち合わせてる」
聡一郎はスマホを取り出し、画面を確認する。
夕方の光が、その横顔を淡く照らしていた。
「なんか暑いな」
翔太は長袖をまくる。
肌に触れる空気は、ほんのりと暖かい。
「これからもっと暑くなる」
「夏か…今年暑くないといいなあ」
2人は並んで歩き出す。
アスファルトからじんわりとした熱が上がり、
足元に、まだ残る昼の温もりを感じる。
もうすぐ夏が来る。
2人は並んだまま、ゆっくりとコンビニへ向かって歩いていく。




