第57話 夏の夜の逃走
家を出ると、モワッとする夏の空気を肌で感じた。まだ昼間の熱気が冷めていないのか、まとわりつくような感覚だ。
「日は傾いたけど、まだ外は暑いな。いかにも夏って感じだ。夏の夜の夢か」
夏というワードで、有名な喜劇を思い出した。内容はよく知らないけど。
たしか、許されない恋に落ちた二人が、駆け落ちして夜の森に入る話だったか? 妖精の惚れ薬で、四角関係のドタバタになるとか何とか……。
ピロロピロロピロロ――
「うおっ、電話だ」
スマホの画面を覗くと、そこにはメアリー先輩の文字が。
「えっ、このタイミングで? ま、まさかな。真美さんのように偶然が重なったりしないよな」
ふと頭の中に、真美さんが凛を誘って祭りに行くイメージが浮かんだ。
すぐに頭を振って、スマホをタップする。
「はい、もしもし」
『しゅ、しゅしゅ、俊! 今、暇かな?』
「忙しいです」
ガァアアアアアーン!
電話越しでも分かるくらい、メアリー先輩がヘコんだ。
しかも何故か緊張しているようで、会話がたどたどしい。
『こらぁ! いきなりヒドくないか? あたしとデートするって話はどうなったんだよぉ』
「あれは冗談じゃなかったんですか?」
『何だとぉ! あたしが勇気を出して誘ったのに! この電話だって、ずっと悩んでたら当日になちゃったんだぞ!』
えっ? ええっ!?
マジ……なのか? メアリー先輩が俺とデートを? す、すす、好き……とか?
いやいやいやいや、ま、まさかな。でも…………。
「メアリー先輩、もし違ってたら悪いのですが、もしかして……俺のことを……」
『わー! わー! しゅ、しゅしゅ、俊! くっそぉ、いつも鈍感なくせに、急にブッ込んできやがってぇ』
メアリー先輩が壊れ気味だ。やっぱりいつものキレがない。
「えっ、マジですか?」
『わ、悪いかよぉ。暇なんだから付き合えよぉ』
「えっと…………」
どっちなんだ? 俺の勘違いか? それとも勘違いじゃなかったのか? メアリー先輩が俺を?
そんなバカな。学園のカーストトップ女子で、ナチュラルブロンドのギャルで、水泳部のエースの黒森芽亜莉が、俺なんかを好きなはずないよな。
でも、真美さんの件もあるし、もしかしてモテ期到来とか?
俺は交際経験が無いのから、女子の気持ちとか分からないし……。
俺が沈黙していたからなのか、電話の向こうのメアリー先輩が唸り声をあげていた。
『ぐぬぐぬぐぬぐぬぐぬ……』
「えっ、あの、メアリー先輩?」
『俊、今どこにいるんだい?』
「えっと、その……ちょうど出掛けようとして……」
『もしかして』
メアリー先輩が何か感づいた。
『瑛理子とお祭りデートなのか!?』
「ギクッ!」
しまったぁああ! オヤクソクのように変なオノマトペを口にしてしまった。
『ほぉ、あたしのデートの誘いは断るのに、瑛理子のは大喜びで受けるんだ』
「大喜びとは一言も言ってないですよね?」
『くっそぉ、なんか腹立ってきた。このあたしの誘いを断るなんて』
メアリー先輩が、ドスの利いた声を発した。
めちゃくちゃ怖い。
『うがぁああああ~! 覚えてろよ俊、強引にでも既成事実を作ってやるからな! じゃ現地で』
プッ!
最後に冗談とも本気ともとれるセリフを残し、メアリー先輩は電話を切った。
「えっ、来るってことなのか?」
俺は、現地で瑛理子先輩と真美さんとメアリー先輩が鉢合わせするのを想像し、頭を抱える。
「ヤバい。自分で言うのもなんだが、修羅場になりそうな予感が」
その修羅場が恋愛的なものか、それともSM的なものなのか分からないが、大変なことになりそうな予感はあった。
◆ ◇ ◆
駅が見えてくると、人ごみの中に一際目立つ浴衣美人を見つけた。
周囲を圧倒する超絶美形。スラっとしたスタイルに、気品ある優雅な立ち振る舞い。いつもの黒髪ロングはアップスタイルにして、色っぽいうなじを露出している。
「え、瑛理子先輩。お待たせしました」
そう声をかけると、浴衣美人は凛々しくも優し気な視線を向けた。
「来たわね、俊く……お、大崎君」
会って早々、瑛理子先輩は挙動不審だ。
「それにしても瑛理子先輩、浴衣似合ってますね。可愛さが倍増してます」
「か、かわっ、ちょ、ちょっと! いきなり不意打ちよ!」
更に挙動不審になった。
「も、もうっ! 褒めてくれるのは嬉しいけど、そんなにされたら照れるじゃない!」
「思ったことを素直に言ってるだけなのですが」
「俊く……大崎君って、誰にでも言ってそうよね」
そうかな? 誰にでもは言ってないと思うけど。
俺が言うのは、瑛理子先輩と凛くらい……真美さんとメアリー先輩と雅先輩にも言ってたかもしれない。
「瑛理子先輩は話しやすいんですよ。最初は怖かったけど、話してみると親しみやすくて」
「うくぅ♡ そ、そうかしら。俊く……大崎君のせいよ」
「瑛理子先輩、さっきから名前呼びしてますけど、もう『俊君』にしちゃいますか?」
「ちょっと! そんなの恋人同士みたいじゃない!」
瑛理子先輩の顔が真っ赤だ。最初はクールな氷の女王だと思ったけど、実は恥ずかしがり屋で表情豊かなんだよな。
って、いかんいかん。また見惚れていた。
「あっ、そういえばメアリー先輩も来るって言ってましたよ」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!」
俺がメアリー先輩の名を出すと、瑛理子先輩の威圧感が激増した。
さっきまで良い感じだったのに。
「えっ、あれっ、さっき電話がありまして……」
「大崎君! 今日は私とデートなのに、他の女を呼ぶってどういうことかしら!」
「えっ、デートだったんですか?」
「ううっ♡ で、でで、デートじゃないわ! 勘違いしないでよね!」
そんなツンデレみたいな反応されましても。
「どっちなんですか?」
「どっちもよ! お祭りデートを体験して、創作に活かすのよ!」
「ですよね」
デートと聞いて、一瞬大喜びしそうになった自分がいる。
最近の俺はどうしちゃったんだ。瑛理子先輩と真美さんの両方を……はっきりさせないとだよな。
あっ、メアリー先輩もだった。
「それで、黒森さんはどうするのかしら?」
瑛理子先輩が、俺の腕を掴んできた。まるでカップルみたいに。
「えっと、直接現地に行くって言ってましたから、神社に向かうってことみたいです」
「じゃあそれまで私の彼氏役でいなさい。行くわよ」
俺たちは、腕を絡ませたまま歩き出した。
勘違いするな俺! これは、お祭りデートの体験取材だ。
神社までの商店街は、で店が立ち並び賑わっていた。
浴衣を着たカップルが、何組も行きかっている。
その中でも俺たちは、むちゃくちゃ目立っていた。
ザワザワザワザワザワ――
「お、おい、あの子、めっちゃ可愛いな」
「うおっ! 超美形な和風美人だ」
「モデルか芸能人かよ? そこらのアイドルより可愛いぞ」
「隣の男は何だよ。彼氏か? あんな普通の男が、どうやって彼女を落としたんだよ」
男たちからの嫉妬と羨望の視線が痛い。
しかも、瑛理子先輩の美しさが、他のカップルに不和を生じさせているのだが。
「ちょっとぉ、他の女を見んな!」
「いたたた!」
「なによそ見してんのよ!」
「す、すまん」
目立つ! 目立ちすぎる!
そりゃ、瑛理子先輩と俺じゃ、つり合ってないですよ。
俺にもっと自信があったら……。
「大崎君」
不意に瑛理子先輩が声をかけてきた。
「は、はい?」
「どうしたのよ。キョロキョロして」
「えっと、浴衣カップルが多くて、俺も浴衣の方が良かったかなって」
「そ、そうね。浴衣デートも良いわね。憧れるわ」
俺の腕に掴まる瑛理子先輩の手に、ギュッと力が入った。
「瑛理子先輩って、意外と乙女ですよね」
「は? 私はずっと乙女よ」
「そうでしたか? 前は傍若無人で対人関係がダメダメなポンコツ女子……って、痛い痛い!」
瑛理子先輩の手が、俺をギュウギュウ握り締めている。痛いけどご褒美っぽい。
「ふふっ、でも大崎君のお陰ね」
瑛理子先輩が笑った。心底楽しそうな顔で。
「俺の?」
「そうよ。私は恋愛とか男性心理に疎かったけど、大崎君のお陰で色々と勉強になったわ」
「そんな、俺なんて。俺と先輩じゃ釣り合ってないですし」
急に瑛理子先輩が真面目な顔になった。
「大崎君、人は人、自分は自分でしょ。他人の目を気にしても仕方ないわ」
「はい……」
やっぱり瑛理子先輩は凄いな。
普通は人の目を気にしたり、他人と比べて妬んだり落ち込んだりしてしまうものだ。
でも瑛理子先輩は、他人からどんな目で見られようが、信じた道を突き進んでいる。
「やっぱり瑛理子先輩は凄いです」
「えっ?」
「ドSでポンコツなのに、信じた道を――」
「あなたねえ!」
しまった、間違えた。褒めようとしたのに。
「おーい!」
神社の鳥居まできた時だった。遠くからメアリー先輩の声が聞こえてきた。
「あっ、メアリー先輩が」
「大崎君、こっち!」
「えっ! ちょ、ちょっと瑛理子先輩?」
何故か瑛理子先輩に手を引っ張られ、俺たちは神社の杜へ逃走することになった。




