第52話 偶然は天文学的な確率
突然現れた真美さんは、夏の日差しを浴びながら、にっこりと微笑んだ。
体のラインが出たワンピースに、白く大きな帽子が印象的。胸が強調されていて目のやり場に困るのだが。
何だそれ、童貞を殺すワンピースなのか?
「え、えっと、真美さん……」
先日のキスを思い出し、俺の視線は彷徨ってしまう。胸を見ないように上げたら、今度はくちびるを見てしまい、すぐ横に逸らした。
「俊くん♡ 久しぶりだね」
真美さんは、優しそうな笑顔でそう言った。
あの時にキスを気にしていないのだろうか……。
「えっと、真美さん……。そ、そういえば、よくここが分かりましたね」
「うん、偶然にね。何となく熱海を歩いていたら、俊君の気配を感じたの♡」
えっ、そんなことあるんだ。真美さんって凄い能力の持ち主なのかな?
「そうでしたか。凄い偶然ですね」
「そんな偶然あるわけないでしょ! 大崎君、騙されないで!」
後ろから瑛理子先輩のツッコミが入った。
「でも瑛理子先輩、真美さんが偶然って言ってるし」
「ああぁ、もうっ! 何で大崎君ってバカ……お人好しなのよ!」
「今、バカって聞こえたような?」
「気のせいよ!」
瑛理子先輩が拗ねてしまった。
さっきまで甘々だったり照れ照れだったのに。
どうしよう、この合宿で瑛理子先輩と距離が近付いたと思ったら、今度は真美さんまで来て……。俺はどうすれば良いんだ。
「俊くん♡ せっかくだから、ちょっと上がっても良いかな? お邪魔にならないようにするから」
真美さんは、両手を合わせて首を傾けた。
「えっと、そうですね。この別荘は瑛理子先輩の……」
俺が瑛理子先輩に視線を送ると、彼女は小さな溜め息を吐いた。
「はぁ、しょうがないわね。このまま追い返すのも悪いし」
「だそうです。真美さん、上がってください」
「うん♡」
靴を抜いた真美さんが式台に足を乗せると、瑛理子先輩は前を塞ぐように立ちはだかる。
「悪いと言ったのはあなたにではないわ。俊君……コホン、大崎君に言ったのよ。勘違いしないでよね」
「俊君?」
真美さんの目がスッと細くなった。
「万里小路さん……俊くんのこと、名前で呼んでるんだ?」
「ち、違っ! それは……たまに親しみを込めて……」
「ふーん、でも万里小路さん言ったよね? 付き合ってないって。彼氏のフリは、しつこい求婚者を振るための口実だって」
「そ、それは……。あ、あなたには関係ないわ!」
丸木戸学園の双璧を成す美女二人が、また険悪な雰囲気に。
「ま、まあまあまあ。お二人とも、ここは暑いので、奥のリビングで休みましょう」
俺は瑛理子先輩の肩を持って下がらせると、真美さんに上がるよう促した。
「ありがとう、俊くん♡」
真美さんは俺に微笑んでから、瑛理子先輩の方を向く。すれ違いざまに、瑛理子先輩に顔を寄せ。
「私、俊くんとキスしたんだ」
「えっ!?」
真美さんの爆弾発言で、瑛理子先輩が固まってしまった。
マズい、更に誤解が! 誤解じゃない気もするけど。てか何とかしないと!
「あの、真美さん……。今その話は……」
「えっと、俊くん。あのね……ううん、何でもない」
真美さんは何かを言おうとしたけど、結局何も言わずに行ってしまった。
「真美さん……どうしちゃったんだろ?」
「むぅうううううう!」
ゾクッ!
ふと横を向いたら、瑛理子先輩が凄い表情をしていた。まるで魔王に故郷を焼かれ、復讐を誓った勇者みたいな顔だ。
「え、瑛理子先輩。顔が怖いです」
「はあ!? 誰のせいよ!」
マズい。瑛理子先輩がガチギレ寸前だ。
やっぱり俺のせいなのか。
リビングに移動したのは良いけど、どうしてこうなった?
昨日も座った二人用椅子に、俺を挟んで瑛理子先輩と真美さんが座っているのだが。
「あ、あの……狭くないですか?」
「今日は執筆を進めるわよ」
「私、俊くんの小説を読みたいな♡」
二人とも聞いちゃいねえ。
これじゃ昨夜の展開から、メアリー先輩が真美さんに替わっただけじゃないか。
「ふあぁ、いっぱい出た」
噂をすれば何とやら。メアリー先輩の姿が見えないと思ったら、スッキリした顔でトイレから出てきた。
あと、男子の前でその発言はどうなんだ?
「あれっ? 真美がいる!? てかちょっと待て! そこはあたしの席だぞ」
メアリー先輩は席を取り戻そうとするも、真美さんの迫力が凄くて躊躇している。
「ぐっ、真美がどちゃくそ怖いのだが!」
「ごめんね、黒森さん。俊くんの隣は譲れないの」
真美さんは笑顔で対応している。だが、謎の迫力でメアリー先輩が圧されているけど。
「あのフィジカルもメンタルも最強のメアリー先輩が、優しい真美さんに圧されているだと!? どうなってるんだ?」
そうつぶたいた俺に、メアリー先輩が泣きついてきた。
「うえ~ん、俊っ! 真美が怖いんだけど。てか何で居るんだよぉ。さっきのピンポンは真美だったのか。トイレから出たら急展開で付いていけないぞぉ」
「メアリー先輩、後ろから抱きつかないでください。しかも水着で。暑苦しいです」
俺の言葉で、更にメアリー先輩が抱きついてきた。水着姿なので、汗ばんだ肌がダイレクトに当たっているのだが。
しかも両側から瑛理子先輩と真美さんに密着されているので、背後までとられたら抗いようがない。
「くっそ、俊め! あたしにだけ冷たいじゃんかよぉ」
「そんなことないですよ」
「デートしてくれるって言ったのにさぁ」
ズゥウウウウウウーン!
メアリー先輩のデート発言で、両側からの威圧感が激増した。
「大崎君、デートは許さないって言ったはずよ!」
「俊くん! 黒森さんとデートするの? エッチするの? ダメだよ! ねえ! ねえ! ねえ!」
ついにブチギレた瑛理子先輩が俺に掴みかかり、ハイライトが消えた目になった真美さんは、狂気を孕んだ雰囲気を醸し出す。
「ち、違います! デートしてませんから! もう執筆しますよ。集中しましょう!」
俺は二人用椅子から逃げ出し、一人用椅子に移った。これ以上、この女王系女子を刺激すると命にかかわりそうだ。
◆ ◇ ◆
窓の外が薄暗くなってきた。
夕食を終えた俺は、ウッドデッキから海を眺めていた。
あれから執筆は順調に進んだ。
俺が語気を強めてからは、真美さんが大人しくなったからだ。何だか少し落ち込んでしまったみたいで、気になってしまうのだが。
「じゃーん! 肝試しの時間っスよ!」
雅先輩が箱を持って現れた。くじ引き用の箱だろうか。
小さな子供みたいで可愛らしい。
「こんなにくじ箱が似合う女子がいたとは」
「何かバカにされている気がするんですけどぉ」
俺は雅先輩のジト目を受けながら、箱からくじを一つ引いた。
「はい、次の人っスよ」
真美さんもくじを引いている。どうやら真美さんもお泊りに決定したらしい。
一時は瑛理子先輩とバトっていたけど、操ちゃんが「もう遅くなったし、一人で帰すには危険だからな」との声で決まったようだ。
「えっと、俺は何組だろ?」
折り曲げてある紙を開くと、そこには『太宰』と書かれていた。何のカテゴリーだ?
「げっ、雅は『夏目』っス! 操ちゃんと一緒っスか!」
「誰が操ちゃんだ!」
雅先輩が操ちゃんに捕まっている。
そしてもう一グループは、瑛理子先輩とメアリー先輩だった。
「私は『芥川』ね、って、黒森さんが相手なの……」
「こら瑛理子ぉ、あからさまに残念そうな顔するなよぉ」
「し、してないわよ。俊く……コホン、何でもないわ」
何だかんだ仲が良さそうな二人だ。
あれっ? もしかして俺の相手って?
「しゅ、俊くん♡」
俺の前に、上気したような顔の真美さんがやってきた。
「よ、よろしくね……」
「はい……」
俺の脳裏に、あの濃厚なキスが甦る。気まずい。めちゃくちゃ気まずい。




