第53話 告白
昼間は普通の観光地だったのに、肝試しの時間になると不気味な空気感になるのは何故だろう。
虫の鳴き声でさえオカルティックに聞えてしまう。
月明かりに照らされながら、雅先輩は得意気な顔で説明を始めた。
「二人一組で、この岬まで行ってもらうっス。現地で写真を撮ったら戻っていいっスよ」
一息おいてから、雅先輩は顔を強張らせる。
「気をつけてくださいっスね。ここ、出るんスよ」
ゾゾゾゾゾゾゾ!
雅先輩の言葉で、皆の顔が青ざめた。
俺の腕を掴んでいる真美さんが、抱きつくように腕を絡めてきた。
「俊くん♡ こわぁ~い」
「ま、真美さん。ち、近いです」
ガタガタガタガタガタ!
そんな中、瑛理子先輩の怖がり方が尋常じゃない。膝がガクガクで、俺にまでガタガタする音が聞こえてきた。
「瑛理子先輩、大丈夫ですか?」
「で、でででで、出るのよ! 大丈夫なはずがないじゃない!」
俺が声をかけたら、瑛理子先輩の震えがより激しくなった。
「瑛理子先輩、お化けなんて存在しないですよ。出るはずないです」
「そんなの分かってるわよ! 非科学的だわ! でも、出るかもしれないでしょ!」
分かってるのか分かってないのか。瑛理子先輩のポンコツ感が否めない。
瑛理子先輩は、俺に助けを求めるような視線を送る。
「しゅ、俊……お、大崎君! わ、私も一緒に連れていきなさい。め、命令よ」
「残念でしたぁ、俊くんは私のパートナーです。万里小路さんは、黒森さんに守ってもらってね」
瑛理子先輩の前に真美さんが立ち塞がり、また一触即発の状態になってしまった。
「待ってください。喧嘩はやめましょう」
俺が止めに入ると、瑛理子先輩と真美さんの威圧感が増した。
「はぁ、誰のせいよ! ほっんと腹立つわね! 踏むわよ!」
「俊くぅん♡ 悪い子の俊くんは、後でお仕置きね♡」
「何で!」
何故か二人にお仕置きされることになってしまった。
そんな光景を見た操ちゃんが、大きな溜め息を吐く。
「はぁああぁ、お前ら危険なことはするなよ。といっても、もう恋愛的に危険水域だけどな」
「ほらほら、早くスタートするっスよ」
操ちゃんの話はスルーされ、なし崩し的に肝試しは始まった。
一番手は瀧・沢渡グループ。操ちゃんに手を引かれる雅先輩が、まるで親子みたいで微笑ましい。
「じゃあ行こうか、瑛理子」
「ちょ、ちょっと、置いてかないでよ! きゃっ!」
二番手は万里小路・黒森グループ。黒髪美女と金髪ギャルの女王様コンビだ。
瑛理子先輩がメアリー先輩に抱きついていて、百合っぽい雰囲気を醸し出している。瑛理子先輩が恐怖で足が震えて、支えてもらっているだけとも言う。
「俊くん♡ そろそろ行こうか?」
そして三番手は俺たち。大崎・望月グループ。真美さんが、俺の腕に抱きついていて落ち着かない。
「そ、そうですね。行きましょうか、真美さん」
「うん」
緊張気味に答えた俺に、真美さんは不安気な視線を向けた。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――
しばらく無言のまま歩き続ける。
寄せては返すような潮騒と、時おり通りかかる車の音だけが流れ、二人の沈黙は続く。
接触している肌だけが熱を持ち、心臓の鼓動を聞かれてしまうのではと気が気ではない。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――
ど、どうしよう。無言になってしまった。
俺の態度がぎこちないからだよな。
でも、あんなことが……あった後だし。俺が真美さんとキスを……。
真美さん、どうしてあんなキスをしたんだろ?
俺と真美さんは幼馴染だったはずなのに。
「俊くん……あの、俊くん……」
真美さん……俺はどうしたら?
ずっと真美さんに憧れていたはずなのに、最近では瑛理子先輩が気になって仕方がない。
俺はどうしちゃったんだ。
「俊くん!」
「は、はい!」
突然大きな声が響き、俺は背筋を伸ばした。
「もうっ、俊くんってば、さっきから上の空で全然話を聞いてない」
真美さんは口を尖らせそっぽを向いた。
「す、すみません。考え事をしていまして」
「どうせ万里小路さんのことを考えてたんでしょ……じゃなくて、そうじゃないよね」
突然立ち止まった真美さんは、俺から離れ正面に回った。
「あ、あの……ご、ごめんなさい!」
そう言って、真美さんは頭を下げた。
肩をガタガタと震わせ、口をギュッと結び、その表情は思い詰めた感じだ。
「えっ、あの、真美さん?」
「本当にごめんなさい」
「な、何のことですか?」
「あの時の……キス……」
キス……真美さんの部屋でのキスだ。
俺は真美さんに襲われそうになって、そしてキスを……。そうだ、ずっとモヤモヤしてたんだ。あのキスは、どういう意味だったんだろうって。
「あの、真美さん」
「ごめんなさい!」
再び真美さんは、深々と頭を下げた。
「あの時の私、どうかしてた。大切な俊くんなのに、無理やり襲うようなことを……」
「そんな、俺は気にしてないですから」
本当は無茶苦茶気にしているけど。
あのキスの意味を。
「わ、わた、私……」
ガタガタガタガタガタ!
真美さんの膝が音を立てて震えている。
「あの、大丈夫?」
「俊くん!」
「は、はい」
「好きです!」
ん? えっ? 好き? 誰が……誰を? 俺? 真美さんが俺を好き?
「好きなの! 大好きなの! 俊くんのことが! お願い、俊くん。お姉ちゃんと付き合おう。私と付き合ったら、俊くんが望むこと何でもしてあげるよ。だからお願い。万里小路さんのところに行かないで」
一気に告白した真美さんは、震える手を俺に差し出してきた。
俺は………………。
「真美さんが俺を……」
ずっと幼馴染のお姉さんだと思っていた。優しくて、眩しくて、憧れの存在で。
でも、あのキスから何かが変わった気がした。
そうだ、俺は気づいていたはずなんだ。なのに気づかないふりをしていた。
真美さんが俺を好きだって。
「俺は……」
『俊君……』
何だろう、瑛理子先輩の声が聞こえた気がする。
どうして今?
小さい頃からずっと憧れだった幼馴染のお姉さん。その真美さんから告白されたのに。
俺が、俺があと一歩前に出て、彼女の手を取れば、全てが上手くいくはずなんだ。
真美さんと付き合えて、相思相愛になって、幸せなスイートライフが……。
なのに何で! 何で俺は躊躇しているんだ!?
『私とあなたは同士ね。共に頑張りましょう』
これは、中学の時に書店で出会った――――
『いつかまた会えると良いわね。今度はお互い小説家になって。じゃあ、またね』
俺が初めて小説を書こうと思った時の……。あの書店で会った人。
どうしてあの人と瑛理子先輩が重なって見えるんだ。顔も名前も知らないのに。
そうだ、俺が初めて瑛理子先輩に会ったあの部室。あの時、初めてじゃない気がしたんだ。
あの人に似ている気がしたから。
俺は……あの瞬間から……瑛理子先輩に惹かれていたんだ。あのどうしようもなく不器用で頑なでポンコツな女王に。
書店で会ったあの人や瑛理子先輩の虚像が消えると、暗闇の中に浮かぶ真美さんに焦点が合った。
真美さんは、震える手をスッと下ろす。
「だよね……そうだよね……。最初から分かってたんだ。俊くんの心の中に誰が居るのかって」
「ま、真美さん」
しまった。俺は何をやっていたんだ。
せっかく真美さんが告白してくれたのに。
俺はバカだ! 大バカ野郎だ!
「真美さん……ごめんなさ」
「謝らないで!」
「えっ」
「謝られたら終わっちゃう! これで終わりなんて絶対イヤ!」
真美さんの瞳が揺れ、大粒の涙がポロポロと零れる。
俺は何てことをしてしまったんだ。
「あの、真美さん、俺は……」
「…………だよね。そうだよね。諦めたら恋愛終了だよね」
「真美さん?」
「俊くんが振り向いてくれないなら、振り向くまで攻め続ければ良いんだよね」
真美さんの目からハイライトが消えた。底知れぬ狂気を感じるヤンデレ目だ。
「俊くん♡ 私、絶対あきらめないから♡ 俊くんが振り向いてくれるまで、ずっと攻め続けるからね♡ もう手段は選んでいられないよ♡ 既成事実を作らないと♡」
「ええええっ!」
真美さんが滅茶苦茶怖い。今までとはまた違う、底知れぬ恐怖を感じる。
俺はやらかしてしまったのか。
「じゃあ、行こっか」
そう言って顔を上げた真美さんは、怖いヤンデレ目じゃなく、少しだけ寂しそうな顔をしていた。
俺が、真美さんの笑顔を曇らせてしまったのか。




