第51話 超大型台風襲来
「だだだだ、大事件っスよ!」
窓から差し込む夏の太陽。柔らかな抱き心地と良い匂い。そして部屋に響く誰かの絶叫。
朝っぱらからうるさいな。
「な、なんだってぇええええっ! 俊と瑛理子が、セッ、セセッ、セェエエエエエエ!」
「おい、お前ら! 私が居るのに堂々と不純異性交遊だと! くっそ、羨ましぃいいいい!」
更に二つ、部屋に響く誰かの絶叫。やかましいったらありゃしない。
「んんっ……朝か……」
俺は、ゆっくりと目を開けた。
何故か俺のベッドの周りに、皆が集まっている。目を丸くしたちびっ子先輩。驚愕の表情になったメアリー先輩。頭を抱えた操ちゃん。
「朝っぱらから何を騒いでいるんですか…‥」
ぷにっ!
起き上がろうとした俺は、何か柔らかなモノを掴んだ。というか、何か柔らかなモノを抱きしめていた。
「えっ? あれっ? 確か、夜中に雷が鳴って……瑛理子先輩が……って!」
恐る恐る視線を落とすと、そこには乱れた黒髪の美少女が、俺の胸に抱かれていた。そう、俺はベッドで瑛理子先輩を抱き枕にしているのだ。
「うわぁああああああ! 瑛理子先輩とベッドインだとぉおおおお!」
「んんっ……うるさいわね」
俺まで絶叫して、胸の中の瑛理子先輩が目を覚ました。
先輩は目を擦りながら視線を上げ――――
「ん゛んんんっ! えっ! あ、あの♡ これは♡ はわわわわわわわ♡」
変な声を上げた瑛理子先輩は、真っ赤な顔で落ち着かない様子だ。状況が飲み込めないのか、目を白黒させている。
しまった! あのまま寝ちゃったんだ! どうする!? この状況を切り抜けるには?
「え、ええ、瑛理子先輩、寝起きの顔も可愛いですね」
って、しまったぁああああああ! 思い切りハズした! つい本音が出てしまった!
「きゃああああああ! バカバカバカ! なに言ってるのよぉおおおお!」
「すす、すみません! 俺も初めてのことで!」
「は、初めて!? ししし、したの?」
「してません! 断じて何もしてません! そういう意味じゃなくて!」
二人してパニックだ。もう何が何やら。
「いつまでベッドで抱き合ってるんだぁああ!」
操ちゃん……瀧先生がキレた。ワナワナと肩を震わせている。
「おい、大崎、万里小路……。私が引率していながら、堂々とセッ……コホン、不純異性交遊しやがったな。今から説教だ!」
こうして、俺たちは操ちゃんに説教されることになった。
◆ ◇ ◆
「と、いう訳でして……俺と瑛理子先輩は何もありませんでした」
海が見える大きなガラス窓のリビング。操ちゃんの前に座った俺は、夜中からの経緯を最初から全部説明していた。
雷が落ちて、瑛理子先輩がパニックになったこと。怖がりな瑛理子先輩は、一人じゃ眠れないこと。ベッドの中で子供をあやすように抱っこしたら、寝落ちしてしまったことを。
おかげで瑛理子先輩の羞恥心が、限界突破したけど。
「うくぅ~っ! 私のイメージが……」
瑛理子先輩が頭を抱えている。
そりゃそうか。冷徹な女王様みたいな雰囲気なのに、実は雷が怖くて一人じゃ眠れないとか。赤ちゃんかな?
「なるほど、不純異性交遊はしていないのだな」
操ちゃんは、何度も頷く。自分に言い聞かせるように。
「ふうっ、この合宿は部活動の一環だ。引率しているからには、私にも責任がある」
「はい、すみませんでした」
俺は頭を下げた。
しかし操ちゃんって、ヤバそうな女だと思ってたけど、やっぱりちゃんとした先生だな。
「まったく、お前らがセッ……してたら、危うく嫉妬でブチギレるところだったぞ」
「は?」
「くっそ! 欲求不満なアラサーを舐めるな! 男日照りの私を差し置いて、小娘が男とよろしくやってるとか許せんだろ」
操ちゃん……。前言撤回だ。やっぱりヤバい教師かもしれない。
「そろそろ朝食にするっスよ」
一段落ついたところで、雅先輩が料理を運んできた。
ネギと豆腐の入った味噌汁に、だし巻き卵。シンプルだが定番の朝食だ。美味しそうな匂いが食欲を誘う。
「雅先輩が作ったんですか? 意外ですね」
何気なく放った俺の一言に、雅先輩は眉をピクピクさせる。
「なによぉ! 雅が料理上手だとおかしいわけぇ!? あんたの分は無しよ、この生意気後輩ぃ」
「と、とんでもない! ありがたくいただきます」
料理を下げようとする雅先輩を、俺は必死に引き留めた。
「意外って言ったのは変な意味じゃないですよ。むしろ良い意味です。将来、良いお嫁さんになりそうだなって。エプロンが似合っていて可愛らしいし……って、あれ?」
そこまで言ってから気づいた。リビング内が、変な空気になっていることに。
「か、かわっ、こ、この生意気後輩、雅を口説こうとしているんですけどぉ。ふ、ふん、そんな手には乗らないんだから」
雅先輩が照れているだと!?
しまった、また心の声が漏れていたのか!
「ぐぬぬぬぬ!」
隣の圧が強まったかと思ったら、瑛理子先輩が凄い目力で俺を睨んでいた。
「あなたねえ、手当たり次第に先輩女子を口説いているのかしら!?」
「く、口説いていませんって! 思ったことを口にしただけで」
むしろ俺はコミュ障なのだが。女子を口説くとか、一番苦手な分野なのだが。
「口説いてるわ! 自覚ないのかしら? 俊君のせいで、私は振り回されっぱなしよ!」
「ええっ! え、瑛理子先輩、落ち着いてください」
「私は落ち着いているわよ! もうっ! もうっ!」
俺は、グイグイと迫ってくる瑛理子先輩を止めた。プロレスみたいに手四つになって。
そこでメアリー先輩が立ち上がる。
「何か納得できない! うがぁああああ!」
メアリー先輩がキレた。今朝から機嫌が悪そうだと思ってたけど……。
「ズルい、ズルい! 瑛理子だけ甘やかして! もっとあたしに構えよぉ! 俊めぇええ!」
「ええっ、そこですか?」
「だって良い感じじゃないかぁ! 今も名前で呼び合ってただろ!」
ガタッ!
名前呼びというワードで、瑛理子先輩が挙動不審になった。
「えっ、ち、ちち、違うわ! あれは親しみを込めてね! 決して変な意味じゃないのよ!」
皆の視線が集まり、余計に瑛理子先輩が壊れ始めた。
手をジタバタと動かして慌てまくりだ。
「な、なによ! 何もないわ! 添い寝したからって、いい気にならないでよね!」
「良い気にはなってないですよ。瑛理子先輩」
「もうっ♡ もうっ♡ 俊……大崎君は黙ってて」
また瑛理子先輩が、俺を名前で呼びそうになった。最近、ちょくちょく『俊君』と呼ばれている気がする。
「わぁああぁ~ん♡ もう私のイメージが崩れちゃったわ。どうしてくれるのよ」
恥ずかしさで限界になったのか、瑛理子先輩は両手で顔を隠しイヤイヤしている。壊れすぎだろ。
「はぁああああああぁ……甘酸っぺえなぁ! 顧問の私を差し置いて、イチャイチャしやがって。ちくしょうめ!」
そして操ちゃんが、ガックリと肩を落とした。
「と、とりあえず朝食をいただきましょう」
こうして、夏合宿二日目が始まった。
窓の外は太陽が照り付けている。嵐は過ぎ去ったようだ。今日も暑くなりそうだな。
◆ ◇ ◆
朝食後、俺が執筆の準備をしていると、水着姿になったメアリー先輩が現れた。
「俊、海に行こうぜぇ」
「メアリー先輩、合宿二日目は執筆って決まってたはずですけど」
一日目の日中が海水浴、夜が執筆。二日目は、日中が執筆、夜は肝試しという予定だった。
肝試しはメアリー先輩が決めたイベントだ。瑛理子先輩が反対していたけど、強引に押し切った形である。
「固いこと言うなよぉ」
「メアリー先輩が肝試ししたいって言うから、昼間に執筆することになったんですけど」
「なんだよもぉ!」
むぎゅ! むぎゅ!
くっ、メアリー先輩、水着で抱きつかないでくれぇ! めちゃくちゃ当たってるのだが! 色々と柔らかいところが!
しかも腋が顔に近くてヤバいのだが!何だそれ、わざと見せてるのか!?
背の高いメアリー先輩が、俺の首に腕を回しているのだ。何かもう全身で包まれているみたいなのだが。
ピンポーン!
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「えっ、誰だろ? ここ別荘だから、来客なんてあるはずないのに……」
俺は首をかしげながら玄関へと向かう。メアリー先輩を引きずったまま。
「俊くん♡ 来ちゃった」
玄関ドアを開けて顔を見せたのは、天使のように優し気な幼馴染のお姉さん。最近、熱烈なガチキスをされ、関係がギクシャクしている真美さんだった。
俺は気づいた。深夜のゲリラ豪雨は序章に過ぎないことを。
真の超大型台風の上陸は、これからなのだと。




