第45話 夏の海と太陽のせい
電車は海沿いを走る。車窓からは鮮やかな青が広がり、空気は微かな潮の香がした。
この夏真っ盛りのイベントに向かうところなのに……隣に座る瑛理子先輩は、さっきから機嫌悪そうにそっぽを向いているのだが。
「あ、あの、瑛理子先輩?」
「何かしら鈍感&無意識主人公の大崎君」
声をかけてみたけど、瑛理子先輩の冷徹な言葉が返ってきただけだった。
それどころか、反対側に座るメアリー先輩が、ニマニマと悪だくみするような顔になっただけだ。
「ほれほれ、俊♡ お菓子食べるかい? あーんで食べさせてあげようか♡」
「メアリー先輩、わざと瑛理子先輩を怒らせるのはやめてください。あと距離が近いです」
瑛理子先輩を挑発するのを楽しんでいるのか、今日もメアリー先輩は生き生きしている。
ムッチリした体を俺に押し付けながら、お菓子を差し出してきた。
「ほら、あーん♡」
「自分で食べられますから」
「じゃあ口移しで食べさせてあげよう♡ んーん♡」
今度は口にポ○キーを咥えて迫るメアリー先輩。それは伝説のリア充イベ、あわよくばキスしちゃうというポ○キーゲームかよ。
「んんっ♡ んーん♡」
「だからやりませんって」
ガシッ!
俺とメアリー先輩がポ○キーゲーム寸前というところで、突然立ち上がった瑛理子先輩が、ポ○キーの袋を奪い取った。
袋の中から一本を取った瑛理子先輩は、おもむろに口に咥えて決意を込めた顔をする。
「んっ! んんー!」
ポ○キーを咥えた瑛理子先輩が、俺に顔を寄せてきた。
この意味不明な瑛理子先輩の行動に、俺の頭が思考停止寸前だ。
「えっと、瑛理子先輩? 何やってるんですか?」
「んんっ! ち、違うのよ! これは違うの……」
我に返った瑛理子先輩が、慌てて手をバタつかせる。
しかも対面に座る乗客が、『何だこの破廉恥集団は?』みたいな視線を向けてきた。これは居た堪れない。
「あの、瑛理子先輩。凄く見られてます。周囲から凄く注目されてます」
「ううぅ~! うくぅ~っ!」
今度は頭を抱えて恥ずかしがる瑛理子先輩。耳まで真っ赤にして首を振っている。
何をしたかったんだ?
「も、もうっ! 大崎君のバカ。あなたのせいで恥をかいちゃったじゃない」
「えっ、俺のせいですか?」
「もうっ♡ もうっ♡ 全部大崎君が悪いわ♡」
顔を隠した指の隙間から、瑛理子先輩の目が俺を睨む。
その顔が可愛くて、俺の胸がトクッと跳ねた。
くっ、今日も瑛理子先輩は最高に可愛いな。アニメの萌えキャラじゃないんだから、そんな自然に可愛い仕草をするじゃない。
普段はクールなのに、何でたまに可愛くなるんだよ。もっと好きになっちゃうだろ。
どっちが無意識主人公なんだか。
真美さんとキスしちゃって混乱しているのに、瑛理子先輩も大好きで困る。これ以上俺の心を乱さないでくれ。
もう俺はどうすればいいんだ。
「まったく、横でイチャコラしないでほしいっスよ」
「何で私はクソガキどもの恥ずかしい行為を見せつけられているのだ……」
この唐突な恥ずかしイベントに、雅先輩はやれやれと両手を広げ、操ちゃんはガックリと肩を落とした。
◆ ◇ ◆
「海だぁああああ!」
「海っスよぉおおおお!」
電車を降りた俺たちだが、青い海を前にメアリー先輩と雅先輩のテンションが上がってしまう。
何故か海に向かって叫んでいるのだが。
「夏の海と太陽が女を大胆にするのか。これも夏のせいですね」
「ぷっ!」
ふとつぶやいた俺に、瑛理子先輩は笑いを堪えられないようだ。
「瑛理子先輩、何で笑ってるんですか」
「ふっ、あははっ。ごめんなさい」
「面白いこと言ったつもりはないのですが」
「真面目な顔で『夏のせい』とか言う大崎君が悪いのよ」
普通に思ったことを言っただけなのに。
「大崎君って、たまに面白い表現をするわね。良いと思うわ」
「はあ」
よく分からないが、瑛理子先輩の機嫌が直ったようなので良しとしよう。
駅から少し歩いたところに、瑛理子先輩の別荘はあった。ビーチに近いオーシャンビューで、かなり豪華な造りだ。
「凄い別荘ですね。こんな高級な場所を使わせてもらって良いんですか?」
俺の問いかけに、瑛理子先輩は寂しそうに目を伏せた。
「どうせ売却しようと思ってたから、最後に皆と使えて良かったわ」
「えっ、そうなんですか」
「固定資産税も馬鹿にならないのよ。今の万里小路家には手に余る代物だわ」
そういえば、前に瑛理子先輩は言っていた。今は亡き父親がグループ内の権力争いで負けて、ほとんどの資産を失ったって。
いずれこの別荘も売りに出されてしまうのだろうか。
「瑛理子先輩」
俺は瑛理子先輩を正面から見つめた。
「俺に任せてください。俺が小説の印税で別荘を取り返してみせますから」
「ふふっ、大崎君って夢が大きいわね」
最初、目を丸くしていた瑛理子先輩は、噴き出すように笑い出した。
「あー、信じてませんね」
「あはは、ふふっ、どんなベストセラー作家になったつもりよ」
「分からないですよ。一億部売れて一躍時の人とか」
「い、一億っ! あははは! くるしっ、お腹苦しい」
瑛理子先輩が大爆笑だ。一億部がツボに入ったらしい。
いつもクールな女王なので、こんな瑛理子先輩はレアかもしれない。
「ったく、せっかく俺が別荘を取り返して瑛理子先輩と一緒に暮らそうと思ったのに」
「うふふっ♡ 期待しないで待ってるわね♡」
「そこは期待して待っててくださいよ」
瑛理子先輩ってば笑いすぎだよ。俺は本気で先輩に喜んでほしいのに。
「まるで夫婦みたいっスね、それ」
突然、後ろから雅先輩にツッコまれた。
「ちょ、何を言ってるんだ、ちびっ子先輩」
「そ、そそ、そうよ! 変な意味じゃないわ!」
俺と瑛理子先輩が同時に慌てて、余計に変な感じになってしまう。
「そうっスかね? 別荘を取り返して一緒に暮らすって、完全に夫婦っスよ。結婚前提っスか」
「ちがっ、違うわ、雅! そういう意味じゃないわ! あっ♡ わ、私と大崎君は♡」
更に瑛理子先輩が挙動不審になった。
それを見た雅先輩は『やれやれ』といった感じだ
「いいっスよ、いいっスよ。お幸せにっス」
「だから違うって言ってるでしょ! うくぅ♡」
「ホント瑛理子先輩って分かりやすいっスね」
「もうやめてぇ♡」
何だろう。瑛理子先輩がガチな感じに見える。ははっまさかな。俺の気のせいだろう。
瑛理子先輩は無意識に俺のハートを乱してくるから危険だ。
◆ ◇ ◆
「よぉーっし! 俊、海に行こうぜぇ!」
別荘に入り大開口窓のリビングくつろいでいると、水着に着替えたメアリー先輩が飛び込んできた。
「ちょ、せ、先輩! 痴女ですか!?」
「人の水着を痴女扱いとかなんだよぉー!」
俺に圧し掛かろうと迫るメアリー先輩を、俺は手四つになって受け止める。
眼前には、スタイル抜群の金髪碧眼美少女。そして際どいビキニの巨乳。パツパツに張った、艶やかな胸の谷間。大ピンチだ。
「部屋で水着にならないでください! てか、女子の腕力とは思えねえ!」
メアリー先輩の上腕二頭筋が盛り上がる。今日もキレてるね……って、そんなナイスバルク的状況じゃねえ!
そこらの男を上回る馬鹿力でグイグイ来られて、ソファの上で押し潰されそうだ。
高身長美少女に無理やり押さえ込まれるなんて、どんなドMご褒美だよ!
「ほれほれぇ♡ もっと力を入れないと、あたしのおっぱいが当たっちゃうぞぉ♡」
「とんでもねー女だ!」
「ぬっへっへぇ♡ あたしの汗でベトベトになった谷間をくらえ♡」
「だから何でメアリー先輩は、自分の臭いを嗅がせたがるんだぁああ!」
このドM的非常事態だというのに、更に俺を震え上がらせる視線が一つ。
仁王立ちになった瑛理子先輩が、俺を見降ろしているのだ。
「大崎君、やっぱりあなた、死にたいのかしら」
せっかく瑛理子先輩の機嫌が直ったと思った矢先、再びドS女王の顔に戻ってしまうなんて。
こうして、波乱の海水浴が始まろうとしていた。




