第百六話 両軍正面衝突
四日後……ブラエド軍による二面作戦開始の日。
コキュートス大河が多くの人で賑わっていた。
無論、祭りでもイベントでもない……今から始まるのは戦いだ。
「頭数はこちらが有利……ってぇとこか」
アルテューマ領には最低限の人数しか行っていない、その理由は勿論アルテューマ領を味方に付ける以上過剰な戦力が不要であること、またコキュートス大河には多くの敵兵がやって来ること、そしてニライカナイ駐留部隊も戦闘参加することが伺えるからだ。
……というわけで、現在コキュートス大河には多くの者が集まっている。
アルテューマ領に向かわなかったクリムゾニア軍、そしてウロボロスとカシャにシライ……。
そして相変わらず大河に鎮座しているミドガルズオルム……。
まさに、錚々たる顔ぶれだ。
「っし……来やがったな……」
呟くケラスス。
その視界の中に多くの敵兵が映る。
事前に聞いていたとおり魔術を扱う兵士が多い……。
この状況を手っ取り早く切り抜ける最善手の一つ……それは一気に接近し魔術へ集中する余裕もないまま潰すことだろう。
恐らく敵はミドガルズオルムの入れないような場所から攻撃をしてくる、なのでこちらが攻撃するためにはとっとと対岸へ渡る必要があるわけだが。
その為の手段といえば、やはりミドガルズオルムの背を伝うことだろう。
しかしその間に魔法で遠距離攻撃をされては大河に落ちかねない。
だが……今回の指揮権を委ねられたケラススには、最強の手札がついている。
自身と並び立つジョーカー、手に二枚の勝負札がある状態ならばこの状況も容易いはずだ。
そう確信しながら彼女は剣をかざした。
「これより、進軍を開始する! 先陣を切るぞ、続け!」
鬨の声を上げて走り出すケラスス。
そんな彼女へめがけ、ブラエドの魔術師達は魔力を集中した。
すると……視界の先に巨大な火の玉が生じていく。
「燃やせ! 紅蓮の炎よ!」
ケラススへとどんどん肉薄する炎。
だがケラススは剣を構えると勢い良くジャンプした。
そのまま急降下の勢いに任せて切り裂かれる炎。
剛の剣による力技が炎を二分する。
勿論これだけでは後列に当たってしまう。
だが……。
「小童が、テメェの炎はぬりぃんだよ! そうだろう!」
「ああ……実にぬるい! それで他者を燃やそうなど笑止!」
二刀を手に取り、素早く振るうワルト。
何度も何度も振るわれる剣は炎を寸断し、更にワルトの持つ魔力で風を引き起こしていく。
そして……まるでカウンターのように、柔の剣による風を受けた炎が敵へ跳ね返っていった。
「悪手だったなぁ! 俺とワルトがこの戦場の……!」
「ジョーカーだ!」
叫び、予想外の事態に集中が途切れた魔術師達へ近付いていくケラススとワルト。
なんとか敵も集中を取り戻すが……もう遅い、その頃には目の前に肉薄したケラススとワルトが剣を振るう。
それに併せて駐留部隊も前に出てくるが、クリムゾニア軍も後ろから上陸し乱戦が始まる。
そんな中で真っ先に走ったのはルーヴだ、彼女は隊長格と斬り結ぶと斧を下に向け……一拍。
まるで予告ホームランの宣言をするように斧を向けると、不敵に笑った。
「隊長と見た、一対一で力比べと行こうじゃないか」
「……! ふ、誇り高き騎士として受けよう!」
ルーヴの宣言を受け、剣を掲げる隊長。
しかしその剣が下げられる事は無かった。
頭に矢が刺さり、そのまま後ろに倒れたのだ。
「バッカでー、本気にしてやんの」
「貴様、よくも隊長を!」
あざ笑う下手人、ガットネーロ。
そこへ二人の兵士が向かう。
しかし次の瞬間、片方の兵士が宙に舞った。
シライが屈んだ状態で急接近し、アッパーを放ったのだ。
それに驚くもう一人の兵士へ放たれるキック。
兵士は壁へ激突して首を折り……落ちてきた先ほどの兵士へとシライがラッシュをたたき込む。
剛柔併せ持つ拳は素早く鋭く何発も放たれ、鎧ごと兵士の骨という骨を砕いた。
「悪いッスね、うちの親父様は過保護なんで、お触り禁止なんスよ」
「まったく……悪い虫は潰すに限るな」
呼吸を整え、周囲を伺うシライ。
そんな彼へ魔術師が炎を放とうとする。
だがその炎は割り込んだルーヴにより阻止された。
斧の側面で……まるでバッティングのようにはじき返したのだ。
「よし……! 元野球選手を舐めるなよ!」
「さっすが、前世はスラッガー!」
キャッキャと拍手をするガットネーロ。
その姿を見ながらシライは若干複雑そうだ。
そんな彼らを見て笑いながら、カシャが跳躍……そのまま壁を蹴り変則的な動きで兵士の後方に回ると、勢い良く短刀で首を刺した。
そんなことをすれば当然他の兵士も向かってくるが……跳躍一発、鮮やかな軽業で包囲を回避してみせる。
猫獣人特有の身軽さは伊達じゃないと言ったところだろう。
「正面だけが戦いの場ではないんですよ、騎士道だけじゃ勝てないって学ぶべきですね!」
「しかし、それを活かす機会はここじゃありませんの……来世ですわ!」
指をパチンと鳴らすラクエウス。
すると、彼女がさっと仕込んでいた魔力爆弾が爆発する。
爆発場所は……カシャを取り囲もうとした兵士達のいる場所だ。
何もカシャはただ前に出ただけではない。
こうして敵をラクエウスの罠がある場所へ誘導していたのだ。
「さあ……ショータイムといきましょうか! あなた方の人生はもうショーダウンですが!」
ウロボロスが腕を振るい、ピーヌスの毒魔法を参考にした毒の弾丸が敵を撃つ。
逃げる相手に追いすがる誘導弾……そんな真似が出来るのはひとえにウロボロスの魔力と努力によるものだろう。
ピーヌスには敵わないなりに、彼女もまた先日の胎内回帰魔法をはじめ、独自魔法を考案しているのだ。
さて……そんな彼らを見ながら、魔術師の数が減ったのを確認したアルマが蒸発の危険は無いと踏んで前に出る。
ただしその姿はいつもの人間型ではない、七頭十角の悪魔に扮した姿だ。
「|偉大なる七頭十角の悪魔よ、偉大な姿……お借りします!」
「う、うおおおお!?」
七つの口から丸呑みにされていく兵士達……。
その一人一人が、アルマの中で溶解して消えていく。
兵士の一人はそれに驚き慌てふためいて……それでもなんとか武器を構えようとするが、次の瞬間手に武器がないことに気付く。
そして……自らの武器が頭に刺さり、命を落とした。
「サイレントキリングは得意なの……悪いけどね、恨んでくれてもいいよ」
冷徹に言い放つルーチェ。
彼女は引き抜いた斧を傍らの兵士の腹へ振るい、その血と臓物を身に浴びた。
躊躇いがないのはやはり元山賊としての経験か。
そんな彼女に敵が向かうが……その攻撃はリオンの盾によりいなされ、剣で貫かれた。
確実な一撃……地味だが、だからこそ強い。
確実性という良さのあるスタイルだ。
「ルーチェさん、周辺警護はお任せを!」
「どうも、お任せしますよ!」
リオンはルーチェの警護をしている、つまり逆説的にいえばリオンの傍こそルーチェが居る場所。
そう考えた兵士が目をこらすが……すぐにルーチェは見当たらなくなってしまった。
それでも我武者羅に剣を振るおうとするが……次の瞬間、その腹が槍に刺され目を見開く。
見開いたのは痛みのせい……だけではない。
槍で腹を貫いたのは、彼にとって知った顔……マルガリタだったのだ。
「マルガリタ……故国を裏切るのか……やはり敵前逃亡者の子供は、同じ……」
「ごめん、私あなた達のこと覚えてないの……でも、戦い方は体が覚えてる……!」
槍とは突きのイメージが先行しがちだが、実際は斬り、突き、払い、全てを行える万能武器だという。
海岸部の戦いでは剣を使用していた彼女だが、本領は馬上にて扱っていた槍のようだ。
槍という武器が持つリーチの利、取り回しの良さ……そういったスペックをフルに活かしている。
それでいて接近されれば回避からの蹴りや石突きによる反撃をたたき込む華麗な体術で対応していく……。
一進一退のスタイルは、かつての戦いにおいて如何に精神的執着が彼女から力を奪っていたか伺えるものだ。
「くそっ、かくなるうえは……!」
叫び、走り出す魔術師。
その体が魔力を纏っていく……。
どうせ死ぬならと特攻作戦に出たのだ。
だがそんな彼を、ノエルが空中へ攫い、放り投げてから尻尾で叩き落とす。
すると、暴発した魔力が溢れ出し着弾地点にいた兵士達を蹴散らした。
「悪いわね、国王派はあの女と同じ派閥って時点で私の民じゃないから」
「ったく……姉貴の奴、私怨で判断ミスんないでよ?」
軽口を叩きながら、アステルは回復魔法を放つ。
手傷を負った味方兵士はこれで戦線復帰だ。
しかし……そんなことをしていれば敵に注目されるに決まっている。
敵兵は、アステルを優先的に狙わんと動き出した……。
そこへユウェルが突撃していく。
「させん! うおおおおぉぉぉっ!!!」
鬨の声と共に振るわれる聖剣。
流石に一対多数となれば手傷を負うが……聖剣による再生であっさりと体が癒えていく。
そのまま力強く振るわれる剣、その一種乱暴な戦術に兵士達は圧倒され、身をすくませた。
「……これが、戦場……!」
「すご、いね……」
クリムゾンフレアがいないのを良いことに、無理を言ってついてきたユウリィは息を呑みながらレイピアを握る。
自分も彼らのようになりたいが……まだ若く、彼らのようには慣れないと分かりきっている……だが、それでも戦いたい。
だが焦ればきっと、この空気に飲み込まれて死ぬのだろう。
ならばまずは自分に出来ることをしなくてはいけない。
そう考えたユウリィは冷静に……逃亡しようとしていた兵士をレイピアで貫いた。
その隣で、ウルスもまた逃亡兵に拳を振るう。
増援を呼ばれるのを避ける……その為には、こうしなくてはいけない。
それは理解しているが……初めての殺しというのは中々に来るものがある。
だが、慣れるしか無いと割り切ると……ユウリィは抜いたレイピアを再度振るいもう一人兵士を殺した。
「……今はボクに出来ることを……! 無事を祈るだけじゃなく、着実に踏み出していくんだ……!」
「う、ん……!」
強く頷き、背中を預け合う二人。
その抜群のコンビネーションは荒削りながら、アラクネとの訓練や座学の成果がよく出ている。
持ち前の素早さを活かした、避けて当てる戦法……更に相手のどこを突くべきかを見抜いて放つ、一撃必殺の突き……。
これらは他者にはない彼女だけの特色だ。
ウルスの野性的な戦闘スタイルもまた同じ。
他者にはない直感と、抜群の気配感知が彼女を突き動かす。
圧倒的な速さと対応力だ。
しかしそれでもやはり、未熟さが抜けきらない身……少し敵に圧され始めるが……。
次の瞬間、敵を黒い影が覆う……そして、勢い良く上からミドガルズオルムが降ってきた。
そう、自分を狙う敵の数が増えてきた、と踏んだ瞬間に少しずつ位置を切り替え……ミドガルズオルムの体躯が入れる範囲まで動いたのだ。
そうとは知らず誘い出された兵士達は、哀れミドガルズオルムの下敷きに。
まるで乱暴にぶちまけられたトマトケチャップのようなベーストとなってしまった。
「流石ですね、クリムゾンフレアお母様が見込んだ軍の方というだけはあります」
「い、いえ、それほどでも!」
褒められて赤面しつつ、息を吐くユウリィ。
彼女は再度レイピアを振るい、踏み潰されずに済んだ兵士を突いていく。
着実に、着実に磨かれていく腕前……。
戦場を通して自分が大きく成長していくことを、ユウリィは少し感じていた。
……さて、そんな戦場を上空から見守る者が一人。
カペルに抱えられたクルテルだ。
「一つたりとも逃さない……さあ、全ての斃れし魂よ……我が内へ来たれ……!」
敵も味方も、死した者は一人も他の神には譲らぬと取り込んでいくクルテル。
そんな彼女を抱えながら、カペルは息を吐いていた。
正直言って重いのだ、クルテルが……。
幼子の姿を取っている今のカペルには、若干しんどい。
これならば下で戦うのを担当していれば良かった……そう思ってしまう。
だがクルテルが一つの魂も逃さないためには、高所から戦場全域を見張る必要がある。
そして魂を取り込むことに集中するためには、自ら飛行するわけにはいかないのだ。
そこに力を行使していては、魂を取り込むことだけに集中できない。
その為、一番手が空いているカペルがクルテルを持ち上げているのだが……。
仕方が無いこととはいえ、やはり重い。
「しんどっ……! ああ、マキャベル……私もうダメかも……」
ぼやきながら目を細めるカペル。
無論これで死ぬわけではないのだが、精神的に死ぬほどきついのだ。
……そんな彼女の眼下で、敵の兵士がどんどん少なくなっていく。
どうやら駐留軍も残り僅からしい。
これでこの面倒な仕事から解放される……。
そう考えながら、カペルは強く息を吐くのだった。




