第百七話 人生の横取り
さて、駐留軍も主戦場に出ているだけが全てではない。
中にはニライカナイの人間が逃げ出さないように見張る役目の人間も必要だ。
主戦場が混乱している間にそこを対処するのは、プラケンタ達の役割。
基本的に本人希望により非戦闘員担当とはいえ、曲がりなりにも傭兵として訓練をしている身。
少数の相手ならば数で押しきる事によって制圧できるのだ。
「主戦場は大丈夫だろうか……」
「俺達は待つしかないだろ、何なら暇つぶしにこいつらでも殴……」
「ん……えっ?」
戦闘になるということで邪魔にならないよう広場に集められていた町民、その監視をしていたのは二人の兵士。
その片方に、まずはソヌスが投げた槍が刺さった。
続いてカントゥスが、低空飛行で槍を回収しつつ急速上昇し相手の目を引く。
その動きに気を取られたのが運の尽きだ。
プラケンタが距離を詰めるとミノタウロスの体躯から放たれる拳で顎に一撃をたたき込む。
そして怯んだところに、すかさずソヌスが短刀を喉へ突き刺した。
「ふう……大丈夫か! これよりこの場はクリムゾニア軍の保護下に入る! アタイら大罪の七姉妹と仲間達に任せろ!」
「大罪の七姉妹……!? あの有名な傭兵の!?」
ざわめく街の人間達。
安心させるために自分達のネームバリューを使用するのは良い判断だったようだ。
さすがは東の英雄に率いられた傭兵団といえる。
子供の中には緊張の糸が切れて泣き出した者もいるらしい。
そんな彼らに一人一人、プラケンタはお菓子を配っている。
「よしよし……よく耐えたね、もう大丈夫だからね」
「今お姉ちゃんが、何か良い曲演奏するからね……」
カントゥスもまた、携行していた資材入れから楽器を出して演奏するつもりのようだ。
といっても……戦闘中で激しく動くため、あまり大きな楽器は持ってこられず、今所持しているのなど数個のカスタネットくらいなのだが……むしろそれが、子供達に配って一緒に鳴らすという使い方を出来てちょうどいい。
なんとか和む雰囲気の中……どうやら戦闘が終わったらしく、ケラスス達もやってきた。
「おう、お前さんらも無事か、お疲れさん」
「姉貴! 終わったのか?」
「おうよ、滞りなくな! んで……ウロボロス様達が新しい代表と話したいんだとよ」
新しい代表、そう言われて街の者達がざわめく。
それもそうだろう、旧代表……つまり町長はニライカナイ襲撃で死んだのだ。
それを思い、ケラススは目を細める……彼らはきっと辛いのだろう、その気持ちを汲み……しかし同時に、事態が落ち着いた今新たな代表を立てないわけにはいかないのだと心中で呟く。
街の者達もそれは同じなのだろう、どうすべきか……そう迷う中、一人の女性が手を挙げた。
「あの、暫定的に私が話をお伺いします、私は一応町長の娘ですので……正式に後任が決まるまでは代役くらいは出来るかと」
「そうか……分かった、じゃあウロボロス様達の方に……」
そこまで言ったところで、ケラススは動きを止めた。
町民の一人が突如石を投げたのだ。
何事か……とその先を見ると、そこにはマルガリタがいた。
「……! よーし皆、お姉ちゃんと宿で演奏会しようね!」
「アタイがいっぱい楽器を教えてやるよ!」
「じゃあ、私はお菓子の追加を作るね、さあレッツゴー!」
子供に見せるべきではないと察し、非戦闘員三人衆はいそいそと歩いて行く。
その気遣いにケラススは内心ほっとした。
これで子供達が泣き出しでもしてみろ、そうなれば収拾がつかなくなると思ったのだ。
「ったい……!」
「何が痛いだ、虐殺の騎士め……! 鎧は着てないが、その顔は分かるぞ!」
「なんでコイツが一緒にいるんですか!?」
どう話したものか、記憶が無い、魂が欠けている……そう言って通じるのだろうか?
ケラススは躊躇うが、しかし何もしないわけにも行かないのでしっかりと話すことにした。
まずは彼女の現状を説明するところからだ。
こればかりは、納得して貰えなくともしっかり行わなくてはいけない。
「コイツは……お前さんらが知るマルガリタとはちげぇのさ、なんていうか……専門的なことはよく知らねぇが、一度死んで甦ったってぇ話だ、それで魂の一部が輪廻転生に向かい、今や記憶はすっからかん……」
「全てを忘れたって事ですか!? ですが……それで罪を逃れるなんて出来ないはずだ!」
「あー、落ち着け落ち着け、俺らん中でもそういう話にはなったさ、でもコイツには記憶が無いなりに罪を償う意思はあるんだ、ならただ殺すのも間違いだろ」
やんわりとケラススがなだめるが、それでも納得がいかない様子らしい。
その姿を見ながらマルガリタは石が当たって血が出ている口元を拭った。
戦いの最中は必死で感傷に浸る余裕もなかったが……自分はかつての顔見知りらしい人物を殺した。
そして、かつて彼らと共に殺戮を犯した場所を救うも、覚えのない罪により責められている。
ただただ辛かった、自分は今心を痛めたところで彼らの痛みの半分も理解できないのだ。
死んだ顔見知りの、知った顔に殺された絶望も……。
ニライカナイの民の、仇敵への憎悪も……何もかもだ。
記憶が欠けた自分では、きっと辛いと思っても彼らに真に寄り添っていることにはならない。
その事に心を痛めるマルガリタ、その肩をガットネーロが叩いた。
「かつての仲間を殺して、かつての罪と向き合った気分はどう? 同胞殺しの虐殺犯さん」
「……ええと、ガットネーロさん、その……」
「皆さん、見ての通りコイツは心を痛めてるッスよ」
前に立ち、マルガリタを指さすガットネーロ。
その様子にルーヴは珍しいと目を細める。
確かにガットネーロが他者を庇うなど珍しいことだ。
それも嫌いなはずのマルガリタ相手に……。
「それで許せというのか?」
「違う違う……許せないからこそ、苦しませるんスよ、今ここで殺したらコイツの苦しむ様っていう最高の娯楽が見れないんスよ? 今殺せばそりゃ胸はすくかもしれないッスけど、もったいないでしょ?」
……前言撤回。
肩をすくめるガットネーロには、マルガリタへの気遣いなど有りはしない。
有るのはいつも通りのサディズムとマルガリタへの嫌悪だ。
嫌悪しているからこそ、彼女は素直に殺さない。
沢山苦しむ姿を見せてから死ね、と考えているのだ。
「それなら……納得できます、ですがもし反省をやめたら? 後悔をしなくなったら、その時はどうするんですか?」
「その時は……そうッスね……両手両足引きちぎって渡すから、好きにすれば良いんじゃないかな?」
笑顔で言い切るガットネーロに、マルガリタは肝が冷えるのを感じる。
……だが、この感じはきっと笑顔が怖いなどという理由だけではない。
両手両足引きちぎる……その言葉に、どこかでそれを経験したような不安を覚えたのだ。
クルテルは一度自分にこう教えてくれた。
魂が二分される際には、不要となる弱さや後悔、そして恐怖などの部分が切り捨てられる事が多いと。
つまり自分はかつてのマルガリタが持っていた恐怖を今感じている可能性が大きいのだが……。
両手両足を引きちぎられる恐怖……。
それがかつてのマルガリタが感じていた恐れだというのなら……いったい自分には何が起きたのだろうか。
考えるが答えはちっとも出ない。
それを知る者は既に、混沌の貌とかつてのマルガリタ……その魂だけなのだ。
皮肉なことに、かつてのマルガリタは混沌の貌を求めなかったというのに……。
今のマルガリタは、軽い説明程度にしか聞いていない混沌の貌に合ってみたいと思っていた。
そうして、様々なことを知った後はより一層の反省をできるかもしれない。
そう考えているのだ。
恐怖は相変わらず感じているが……それでもマルガリタはどこか前向きに見える。
その顔を見ながら、ルーヴは感心し息を吐いた。
「変わるもんだな、あの女がこうも反省し成長し……記憶はそれだけ大きい、か……」
「反省と成長、ですか……」
反省と成長、そう言われてマルガリタは少し複雑な気分になる。
一方ルーヴは、記憶を取り戻して変化した自分やガットネーロと、記憶を失うことで変化した彼女を比べて興味深く思っているようだ。
それ故に、マルガリタの気持ちには気付いていないらしい。
(……成長も反省も、本来なら元の私が出来るかもしれなかったことなんだ……私はそれを横取りする形で生きている、その運命にはきっと何か意味があるはずなんだ……私はそれを探したい)
横取り、それは過去の記憶が上書きされることで意識自体が少し変じたピーヌス、ルーヴ、ガットネーロ、そして合意の上で託したとは言えかつての意識達を死なせることで生まれた今のクリムゾンフレアも同じ事なのだろう。
もしもマルガリタの言うとおり、運命に意味があるのだとすれば……。
もしかしたら、彼らはみな何かを成し遂げるという星のもとに生まれた存在なのかもしれない。
それが大きな事か小さな事かはさておき、何か一つのことを……。
「まあ何はともあれ……あっちの相談は一段落したみたいだ、マルガリタ……お前が何を言っても今は火に油を注ぐだけにしかならない、あっちで戦闘後事後処理でもしよう」
「あっ、はい!」
ルーヴに言われ、後をついていくマルガリタ。
その背中をガットネーロはじっと見つめる。
そして……息を吐くと街の人間に向き直るのだった。
マルガリタの苦しみを楽しむためとはいえ、この手の対応は若干面倒くさい……ケラススも状況を静観して自分に任せる気が満々だ。
若干貧乏くじを引いたかもしれないな、と思いながら息を吐くガットネーロ。
しかし今後の楽しみのためにも仕方が無いと考えると、彼女は気合いを入れ直すのだった。




