第百五話 そして気持ちは下向きです
「さあて、これであとここでするのは……対北部侵攻部隊をモノにするだけかな」
「はっ、その際は全力で協力させて頂きます!」
神の名を騙り、アルテューマ領の完全な制圧を行ったクリムゾンフレア達。
彼女達へカーリーは敬礼し、恍惚とした笑みを浮かべる……。
だがクリムゾンフレアは腕を組み、どこか上の空だ。
「クリムちゃん? どうかした?」
「あ、ああ……いや、すまない……敵軍が来るのは四日先だったな、往復の時間は無いか……こういう時瞬間移動でも出来ればな……などと言っても仕方がないか、クリムゾニアへ早馬を、こちらの手はずは整ったので気にせずコキュートス大河で応戦するように伝えてくれ」
「はっ、アルテューマ領で一番の駿馬を最高の騎手に走らせます!」
クリムゾンフレアに指示を出され、カーリーが厩舎へ向かっていく。
ちなみに現在は、偽物という誤解は解けて民達には改めて領主と認識されているようだ。
騙されていた……という形にはなるが、信心とは不思議なもの……これも神の深甚なるお考えと受け入れているようだ。
無論クリムゾンフレアの力により不信感が取り除かれているというのもあるが。
それでも信仰心というものは大きいだろう。
……信仰心、それを思うとやはり複雑な気持ちになってしまう。
(私が神に近い存在……? 辰巳ユウコもまた同じ、だから龍人に転生した……? 初耳だぞそんな話……それに、白銀の水晶には人の信心を集める力がある……? それだって初耳だ)
初耳だらけで耳がおかしくなってしまいそうだ。
そんなことを考えながらクリムゾンフレアは息を吐く。
もしかするとあの神は、こうやって悩ませて嫌がらせするために降臨したのではないか?
そういう人となりを知るためにもクルテルと一度話したかったのだが……。
時間が無いので有れば仕方が無い。
このまま事を進め、ニライカナイで合流後に色々聞くほかないだろう。
ニライカナイ側の部隊ならともかく、アルテューマ領側の部隊から連絡が途絶えれば怪しまれるのは必定。
かといって下手な勝利報告をしても証拠が何一つない、それにブラエド王は魂を取り込んでいるという説が正しければ魂を感じて本当に戦死者が出ているかなど容易く見抜くだろう。
ならばアルテューマ領で北部行き部隊を下してからは即座にニライカナイへ向かい、そこから即座に決戦へ向かう、そうするほかあるまい。
「クリムちゃん、一人で集中して考え事をするのも良いけど……せっかく私もいるんだし、色々聞くわよ?」
「ピーヌス……そうだな、何から話すか……」
顎をさすり考え込むクリムゾンフレア。
しかし悩んでも仕方が無いだろう。
どうせ下手にぼかしたところでピーヌスは全てを察するのだ。
話すだけ話した方が良い、そう考えクリムゾンフレアは腹を割って打ち明けることにした。
まさかここまで来て、自分が何者なのか不安になるなどとは思わなかったが……ピーヌスならそれも笑い飛ばしてくれるかもしれない。
そんな頼りになる存在に向け、クリムゾンフレアは静かに心を委ねるのだった。
「で……なんでアンタがここにいるのよ」
その頃クリムゾニア城では……クルテルが呆れ顔で息を吐いていた。
その目の前にはクリムゾンフレアのもとに現れたのと同じ巨大な蜘蛛。
つまり蜘蛛神ナカこと観測の神が鎮座していた。
「えー、せっかく懐かしい気配がしたからわらわ会いに来てやったのに、というか先んじて神として成立していた先輩への敬意薄くないかのう?」
「やかましい、わざわざ急にダウンサイジングしてまで会いに来たのはそのためなの?」
うんざりした様子で舌打ちするクルテル。
一方、当然といわんばかりに頷いた。
蜘蛛の表情は人型の神であるクルテルにはよく分からないが、開きなおられていることはよく分かる。
観測者として長きにわたり世界を見てきたせいか、この神にはこういうところがあるのだ。
正直な話、個我に目覚める前から心の奥底では苦手だったのかもしれない。
「そうじゃよ、わらわが真面目な理由で動くと思うかの? 気まぐれで唐突、災害のように前触れもきっかけもない、それこそわらわ達……神々のあるべき姿じゃろ、わらわ達は生物と違う、概念や現象の意思ある具現化なんじゃから」
「……ふん、じゅうぶん真面目じゃない、神たる者かくあれかしという形に縛られてる」
「縛られずに存在できないのが神じゃからな」
縛られずに在れないのが神、その言葉は個我というエラーに目覚め神としての在り方を捨てたクルテルへの皮肉なのか?
はたまた、もしかすると古き在り方を示すことで新しい存在を激励しているのか……それはナカ本人にしか分からない。
まあどちらにせよ、クルテルからの感情は面倒くさいの一択なのだが。
先輩とは実に辛い立ち位置だ。
とはいえ、ナカの方も後輩からリスペクトされなくとも、口ではとやかく言おうが本心では気にしていないクチなので平気なのだが。
「そうそう、面白い存在を見てそれの話をしたかったんじゃよ、この距離だしあなたもきっと関わっているんじゃろう?」
「は? 面白い存在? どれよ、誰よ、何よ」
「あれじゃよあれ……黒くてでっかいドラゴン、わらわ名前聞き忘れたわ」
「ああ……クリムゾンフレアのこと?」
「クリムゾンフレア? 赤くないのにか、むしろブラックでノワールなベルカじゃろあいつ」
ナカの言葉に、クルテルはジトッとした目を向ける。
観測の神が聞いて呆れる……そう思ったのだ。
その視線にはナカも流石に気付いたらしい。
「なんじゃよなんじゃよー、だってわらわ最近は他の地方に巣作りしてたんじゃもん、どうせこの地方は千年前と同じになるだろうし、適当に知り合いへ注目してる場所だから情報収集しといて、って頼んで後で聞けば良いと思ってたんじゃもん」
「それがどうしてここへ来たのよ……」
「急にわらわへの信仰が途切れて気になって見に来たんじゃよ、そしたらわらわの名を騙って行動してる龍人がいるんじゃもの、いやはやびっくりびっくり」
神々も注目しているから、と嬉々として情報を探っていたどこぞの栗鼠悪魔が聞いたら憤死しそうなことを言いながら笑うナカ。
その様子にクルテルは頭が痛くなってくる。
まあナカもその辺りは分かっているからこそ、クルテルにだけ言っているのだろうが。
「で……何が面白いのよ」
「いや何、龍人って高次の魂を持つ存在じゃろ? それに転生できるって事はその前世も神に近い高次生命体だったってことじゃ、それが今こうして神を騙ってるなんて面白いのうと」
「は……? 神に近い? 初耳なんだけど」
初耳と言うクルテルに、ナカが「そうじゃっけ」と返す。
そんなナカに「そうよ」と言い、クルテルは自らの体を触った。
現在の肉体は辰巳ユウコのものである、この肉体は確かに自らによく馴染むと思ったが……。
まさか自分達に近しい存在などとは思うまい、病死した人間だというのに……。
「証拠は?」
「龍人という神に近しい存在に転生した、ここより高次の世界に住む存在にじゃ」
「それも知らなかった……」
「うむ、ぬしももう一万年以上我らの世界を離れておったからのう……」
歯ぎしりをするクルテル。
自分の知らないことが多い状況が気に入らないのだ。
知らないことが多いというのは、そのせいで予期せぬトラブルにより愛しいケラススを失う可能性があると言うこと、そう思うと実にイライラする……。
そんなクルテルを、ナカはクスクスと笑った。
「しょうがないのう、そんなお前さんにせっかくじゃから……耳寄り情報をよこすとするか、先輩らしいじゃろ」
「恩着せがましいこと言わないで……」
「あ、じゃあわらわ良いこと言うのやーめよ」
「……お願いします教えてください先輩、とてもありがたく思いますぅう……!」
「な、何もそんな唇噛みちぎるほど嫌がらなくてもいいじゃろ!」
漫才をしているかのような雰囲気だが、これでも必死なのだ。
その気持ちを汲み、ナカも素直に情報を出すことにしたらしい。
まあ元々後輩かわいさから開示するつもりではあったのだが。
「おぬしが人間に倒されたとき起きた意思の奇跡……人間がグリッター化と呼ぶアレな、神も信心を蓄えればできるって明らかになったんじゃよ」
「え……?」
「そして人間や龍人もな、かつての戦闘機に組み込まれ、クリムゾンフレアも体に取り込んでおる、あの白銀のウルウルなんちゃらでできるんじゃよ」
ウルウルなんちゃら……。
神に忘れる機能は無い、恐らくうろ覚えなのではなくクルテルが蛇姉妹の上下を覚え違えていたのと同じで、話半分に聞いていたパターンなのだろう。
何はともあれ……これは非情に重要な情報だと言える。
問題は如何にして自らが信仰の力を手に入れるかだ。
神である事を捨ててはや一万年以上、もはやこの世界に自分への信仰は残っていない。
どうすべきか……クルテルはそう考え、息を吐く。
そして顔を上げるが……そこにナカはいない。
代わりに糸でこう書かれていた。
「突然の訪問すまなかったのう、じゃあの、ばっははーい」
どうやら情報を出すだけ出して帰っていったらしい。
実に神らしく唐突で自分勝手で無茶苦茶な女だ。
それをひしひしと感じながら……クルテルは「誰が掃除すると思ってんのよ」と呟くのだった。
その時……耳に「そりゃおぬしじゃろ」と聞こえてくる……。
「帰るんならとっとと帰れ!」
思わずクルテルは怒鳴り、壁をまた殴るのだった。
壁の向こうでドタドタと音がしたが……まあそれは気にしなくて良いだろう。
たぶん、恐らく、メイビー……。
「なるほど、そういうことがあったのね……」
「今更少し不安になった、自分は何者なのかと」
呟き、目を細めるクリムゾンフレア。
その背中から抱きつき、ピーヌスは肩に顎を乗せる。
そして頬にキスをした。
「あなたはクリムちゃんよ、ユウコちゃんとクリムちゃんが一つになっても、たとえどんな血どんな因子を継いでいるとしても、あなたがその意志を持ちあなたであり続ける限り……クリムちゃんは私の大好きなクリムちゃんなの」
「……そうか、そうだな……ありがとう」
振り返ってキスを返し、クリムゾンフレアは笑う。
少しだけ不安が和らいだ気がする、やはり人に話すというのは違うのだ。
自分は自分、とりあえず今はそう思うことにしよう。
……しかし、そう思うとして……。
もし前世において辰巳三兄妹が神の血を引いていたとして、その血脈の源は父と母どちらなのだろうか。
そんな疑問も、ふと頭をよぎるのだった。
オマケ、壁の向こう・セカンドシーズン
本日クルテルがいた場所……その外では、一人の女が汗を垂らしていた。
彼女の名はラクエウス・アワリティア。
何故汗を垂らしているかというと……きっかけは温泉旅館の一件だ。
あの一件ですっかり霊現象が怖くなってしまった彼女は、暗闇が苦手になってしまった。
しかしそれでは夜間行軍に支障がある……というわけでクリムゾニア城の外へこっそり夜の散歩に来たわけだが……。
「怖いですわ……怖いですわ、怖いですわぁ……!」
震えながら、ラクエウスは蝋燭を揺らす。
いや……体全体が震えているのだ。
その理由は寒さといったものではない、シンプルな恐怖。
恐怖と拒否感が彼女の体を動かしているのだ。
「やっぱり帰るべきかもしれませんわね……」
呟き、外壁にもたれかかるラクエウス。
だが……その脳裏に一人の少女が浮かぶ。
もちろんプラケンタだ。
『わあ、ラクエウスちゃん怖いの克服できたんだね! 偉い偉い!』
「うひひ……はっ! いけない、いけない……よし、褒められるためにも頑張らないといけませんわね」
幼馴染みからの良い子良い子。
そんな美酒を想像し、よだれを垂らしそうになるが……なんとかそれを拭い、ラクエウスは立ち上がる。
そして……。
「――!!!」
「ひょえええぇぇぇぇ!?」
背後の壁から突如聞こえる、壁越しのくぐもった声と殴打音。
唐突に聞こえてきたそれに、ラクエウスは飛び上がり、声を上げ何度も壁にぶつかりドタドタ音を立てながらも走る。
そして城内へ逃げ帰ると、泣きながらプラケンタに縋り付くのだった。
……こうなった原因が何かは言うまでもない。
神とはやはり、何をするにも唐突で理不尽な存在なのだった。




