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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第百四話 上からも来た!

「さあ……我が声を聞けカーリー」

「あ、あ……!」


 ささやきと共に、頭の中で糸が動くのを感じる。

 脳に直接声が入ってくる。

 自分が自分じゃなくなっていく。


「ブラエドはお前の敵だ、お前が真に尽くすべきはクリムゾニアなのだ」

「わ、たし、私、わた、敵……敵、ブラエドの、ブラエドが……」


 よだれを垂らし、体をビクビクと動かすカーリー。

 その脳裏には、過去が浮かんでいた。


「良いか、貴族というものは民のため有らねばならん、高貴なる者は常に高貴なる者に相応しき振る舞いをするのだ」

「はい、父上! 常に他者を守り、その盾となると誓います!」

 

 アルテューマ領主の家柄として生まれ育った過去。

 亡父に厳しくノブレス・オブリージュの考えを教え込まれた日々……。

 辛くもあったが、それでも充実した子供時代だった……。


「私は……お前が好きだ」

「はい、俺も……です」

「一緒になろう、そして共に領民を守るんだ」

 

 平民である夫と出会い……身分を越えて見初め、彼を婿入りさせたこと。

 若くして領主となった後、幸せな結婚生活の記憶……。

 領主の仕事は大変だが、それでも彼となら乗り越えられた……。


「すまない……俺はもう、ダメみたいだ……」

「ダメだ、そんなこと言わないでくれ! お願いだ、どうか……!」


 流行病にかかった夫を看取った日……縋り付いて泣いた悲しみ……。

 あの日の胸が張り裂けそうな気持ちは、生涯忘れられない。

 だがそれでも領民と子供達のためにと立ち止まりはしなかった。


「いいか、我らアルテューマの家は護国の使命を帯びた者達、故国の門を塞ぐこと蜘蛛の巣の如し……この言葉を心に刻むんだ」

「はい、お母様!」


 子供達にも護国の意思を受け継ぎ、彼らは皆形は違えど領民と国に尽くす気持ちを学び、実行に移す。

 長女ペペリは騎士となり王都へ移住、次女ソルティーは身体能力に優れなかった分信仰心で民を満たす道を選び、三女アラクネは王都へ留学した際に大貴族の少女に憧れを抱き、彼女のために学徒兵として諜報機関に入った。

 みな、心から誇らしい……自慢の娘達。

 彼女達の親である事は、とても幸せなことだった。

 だが……。


「何故、こうなった……?」

 

 問いかけに答える声はない。

 いや……心の中で声が聞こえる。

 悪いのはブラエドだ、ブラエドが悪だからこそこうなったのだと……。


「悪はブラエド……全てはブラエドが悪い……」


 塗り替えられていく、意識が……思い出が。

 真に仕えるべき、神にも似た主君の声により紡がれる言葉……。

 それが自らに真の使命を与えてくれる。


「父と夫の早逝も、全てはこの国のせい……この国を裁け、真なる神の御許にて……」


 うっとりと呟くカーリー。

 その頭に、今度はピーヌスの魔力が送り込まれる。

 クリムゾンフレアの魔力よりは、ピーヌスの魔力の方が蜘蛛の怪人へ変わる可能性が高いと踏んだのだ。

 もちろん蜘蛛の怪人を作るのにはちゃんとした理由がある。


「あ、ああ……気持ちいい……これは……!」

「おお、見ろあれは……! 領主様の偽物が、蜘蛛になっていく……!」

「神の奇跡だ、俺達は今聖書に書かれている神のお力を見ているんだ!」


 神の奇跡、クリムゾンフレアもその内容は把握している。

 アラクネが聖書を暗記していたので教えて貰ったのだ。

 神の祝福を耐えきった者は、神の眷属たる蜘蛛に生まれ変わる……。

 つまり、自分は神と認識されているのだとクリムゾンフレアは察した。


「聞け、民よ! 我が名はクリムゾンフレア、クリムゾニアの皇帝にして貴君らが崇拝する蜘蛛神ナカそのものである! 貴君らが持つたゆまぬ信仰心、実に感服した! これからも我のため、そしてクリムゾニアの為に働いて欲しい! その為にも……一人一人、我が祝福を与えるとしよう!」


 四本の腕と四枚の翼を広げるクリムゾンフレア。

 その姿は人々が蜘蛛神ナカそのものと誤解するに相応しい者だ。

 この多腕と多翼こそが間違って伝わり、蜘蛛の伝承となった……。

 そう思わせることは容易い。

 クリムゾンフレアはその様子に満足しながら、変化を終えたカーリーに手を伸ばす。

 その手をカーリーは、蜘蛛怪人そのものに変貌した手で掴み返す。

 黒と黄色の縞になった毛並み……口から滴る毒。

 言うなればタランチュラの怪人、そんな姿になったカーリーは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 実際の所タランチュラというのはナリは大きいものの存外大人しく、毒も実はあまり強くなく死亡例も滅多にない、更には体も繊細で60センチほどの高さから落ちて死ぬこともある生物なのだが……。

 しかしカーリーは、実際のタランチュラとは異なり中々の毒性を持ち……更には何年も護国に携わってきた者としての技量、経験則……それらが活きた強者になっているようだ。

 この筋肉質な多腕を見るだけで、彼女が一筋縄ではいかないことがよく分かる。


「ああ、主よ……あなたの手で我が手を握って頂けるとは、光栄の至り……この世にて最大の誉れにございます……! これからは、あなた様に尽くすと誓いましょう!」

「うむ……共に戦おう、よろしく頼むぞ」


 オーバーリアクションな彼女に笑みを向け、クリムゾンフレアは静かに頷く。

 その様子を見ながら民は熱狂を深くし、そして兵士達は絶望の中全てを諦める。

 今の心折れた彼らならば、洗脳するのは容易いだろう。

 完全勝利だ、あとはこのアルテューマ領ですべき事は、北部侵攻部隊が滞在する際に彼らを罠にはめて支配下に置くことだけか。

 そう考えながらクリムゾンフレアは腕を組む……。

 だがその時だ。

 突如……周囲の音が消えた。

 耳が悪くなったとかそう言うものではない。

 何一つ聞こえないのだ。

 慌てて周囲を見ると……誰もがその動きを止めている。

 まるで時間が停止しているかのようだ。


「これは……いったい?」


 戸惑うクリムゾンフレア、その眼前に空から何かが垂れてくる。

 白い……長いもの、糸だ。

 何なのか、と空を見上げると……そこには巨大な蜘蛛がいた。

 黒く、大きな蜘蛛……それが降りてきているのだ。


「……!? 貴君は……!?」

「ほほほ、妾への信心が途切れたと思って観測に来てみれば、そういう事とはな」

「蜘蛛神ナカ、だというのか……?」


 問いかけるクリムゾンフレアに巨大な蜘蛛は静かに頷く。

 しかし……直後に首を左右にも振り「それは人の子が与えし名前よ」と付け加える。

 やはりクルテル……希死念慮の神と同じように、本来の概念に基づいた名前があるのだろう。


「妾は観測の神、世界の全てに巣を張り巡らせ眺める存在……時に人に干渉もするがのう、生き地獄を味わう者に糸を垂らして救い上げてみたりの、ほほほ……ナカという名はそうやって顕現した時に人が付けたものじゃ、アトラックなんたらとも呼ばれたのう」


 人間を懐かしみながら、ナカは「昔は人間に化け、女郎蜘蛛と呼ばれたりもしたものじゃ、じぇえけえ(JK)の姿もしたことがあるのじゃぞ」と楽しそうに体を動かす。

 飄々とした様子だが……その威圧感は流石の神。

 人の世に降りてきている以上、クルテルと同じくダウンサイジングはしているのだろうが、それでも神の世界から切り離されて久しい彼女とは桁が違う、そう感じる。


「その貴君が、いったい何用でここに……?」

「なに、気になる存在を見に来ただけよ……おぬしは実に興味深い、我ら神に近しい種、龍人の子が神を名乗っているのだから」

「神に近しい……龍人が……?」

「左様、龍人とは神に近しく本来ならばこの世界より高次の次元に住まう者なのじゃ」


 クリムゾンフレアとしても辰巳ユウコとしても初耳の情報だ。

 そもそも龍の世界にいた頃のクリムゾンフレアは、長い幽閉生活にその後は統治で忙しく世界の成り立ちも種の成り立ちも知らなかったから仕方がないのだが。

 しかし……神に近いと言われると、少し疑問が浮かぶ。


「……神に近い……か、しかし何故そんな存在に辰巳ユウコは転生を……?」

「そりゃあ、その魂も神に近しいからじゃろう、そこも含めてわらわは興味を持ったという事よ」

「……は?」


 流石に、ナカの言葉にクリムゾンフレアは口をぽかんと開いてしまう。

 神に近しい、辰巳ユウコが?

 病で外に出られず、最後は毒殺されたというのに?

 しかし……その経緯を思い出すと、一つの疑問が浮かぶ。

 そういえば母の転生体……ヴィトヒエンは言っていた。

 抗体を作る力がユウコには有り、不死の蛇を研究するために利用していたと。

 そして、そんなユウコの因子を受け継ぐ子供達……ウロボロスとミドガルズオルムは見ての通りだ。

 不老不死として完成した生物になっている……。

 それはいったい、どういうことだ……?


「詳細は知らぬがの、見えるぞ……汝に宿る魂の半分、それは人のようで神のような何かだとな」

「何かって……何なんだ」

「さあのう? わらわは知らん、まあ何はともあれ汝が知らぬならこれ以上聞いても仕方があるまい、これからも見守らせて貰うとしよう」


 どうやら、本当に純粋な興味で降りてきただけらしい。

 クリムゾンフレアの困惑もよそに、言うだけ言って帰ろうとするナカ。

 だが彼女は空中で動きを止めると、周囲の人間を見渡した。


「そういえば……妾は巣を張り巡らせるのに忙しくてのう、人間の信心など餌にする余裕もないんじゃよ、なのに送られてきてまあ迷惑しておったからな……受け皿になってくれて感謝するぞ、これからも妾の名をいっぱい騙っておくれ」

「あ、ああ……貴君はなんだ、その……信心を力にできるのか?」

「神は皆な、というより……汝も恐らく、その身に宿しておる白銀のそれ……人はなんと言っていたかのう、うる……うるうる……? まあとにかくそれの力を使えば、できるはずじゃよ、ではな!」


 ナカが言っているのは、恐らく白銀の水晶のことなのだろう。

 完全に初耳の情報ばかり出されてクリムゾンフレアは困惑するしか出来ない。

 そうこうしている間に……ナカはもう消えてしまったようだ。

 世界に音が戻ってくる……。

 それを聞きながら、クリムゾンフレアは思った。

 神というのは本当に……例の裁きにせよ、何をするにも唐突で……そして理不尽な存在なのだな、と。

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