第百三話 後ろから失礼
「なんかアラクネさん、ずいぶん楽しそうじゃん?」
「そういうリズベス、あんたこそ」
ニヤニヤと笑い合うリズベスとアラクネ。
今後の作戦相談と互いが手にした手札の見せ合いを始めたところ、二人はお互いが心底楽しんでいるということに気付いた。
暗躍の悦びを知る者と支配の快楽を知る者……。
そんな二人なのだ、ならばそうなるのも仕方がないと言える。
「いやー、ダメだねえ……こういうのしてると、ついつい封じてるはずの昔の顔が出ちゃうんだわ」
「天職なんじゃない? 間諜より向いてるのかも」
「よしてよ、私はユウェル様の間諜として改心して頑張るって決めてるの、こんなのもうこれっきりだもんね」
そこまで話し、腕を組むリズベス。
その姿を見ながら、アラクネは「三つ子の魂百まで、果たしてどうなるかな」と意地の悪い笑みを浮かべる。
そんな彼女にリズベスは「仲間からかってどうすんのよ」と不満げだ。
「ったく……そういえば子供達はどうする?」
「民を挙兵させるわけだから……それに併せて目撃者の体で領主屋敷に避難させるとかどう? 高潔なお母様は子供を守ろうとするから……楽しいことになるわ」
「お、了解ですよっと……良い趣味してるねえ」
リズベスの皮肉を、アラクネは「そりゃどうも」と軽く流す。
子供達はいざという時の力だが、作戦をより強くするには欠かせない力だろう。
そして、そういう重箱の隅を埋めるような力こそいざという時に役立つものだ。
期待値はきっと高い。
「で、次はどうするの、何に化ける? 行動時の姿はあなたの人間態?」
「ううん、次は……お母様に化けて欲しいわ」
「あなたのお母さんに? まあ兵士に化けてた時に近付いてたから出来るけど……」
ははあん、と何かを察した様子で呟くリズベス。
その表情はまさにしたり顔といった具合だ。
何をするか察したようで、その姿がカーリーのものへ変わっていく。
それを見ながら、自らカーリーに化けて欲しいと言ったのにアラクネはうえっと舌を出した。
「衛兵の姿になったり私の人間態になったりした時から思ってたけど……まるで粘土を作り替えるみたいに自由自在、気味が悪い」
「アラクネさんも擬態は出来るじゃん?」
「擬態と変身は違うでしょ、私は飽くまで視覚情報をいじってるだけなんだから、でもあなたは……」
「肉体を弄ってるって? まあそうだけどね」
できるんだからしょうがないじゃん、と言いたげに肩をすくめるリズベス。
その様子を見ながらアラクネは息を吐く。
生理的嫌悪というのは簡単な問題ではないのだ。
しょうがないで拭えれば苦労はしない。
「まかり間違っても私の姿にはならないでよ、人間だった頃の姿なら別に良いけど……あんなのもう私の姿じゃないし」
「はいはい、そうしますよっと……では、向かうとするかアラクネよ」
思考を切り替えて、カーリーの口調で喋るリズベス。
ついでと言わんばかりにその肉体がえぐれ、血が出てくる……。
といっても、別に攻撃されたわけではない。
アラクネのしたいことを察し、怪我を偽装する形で変身し直したのだ。
血は飽くまで変身の応用により偽装されたもの、当人曰くどちらかと言えば擬態寄りの視覚操作らしい。
何はともあれ、理屈は分からないなりにアラクネもリズベスが自分のやろうとしている事へ付けてくれた付加価値を察したようで、彼女に肩を貸す。
そして……焦っている振りをしながら、教会に入り込んだ。
「聞け皆の者! 緊急事態だ! 母が我に従うと誓ったところ……ブラエドが使わした偽物が、母を攻撃し成り代わろうとした!」
「え……!?」
「そんな、お母様を……!?」
ざわめく教会内。
それを見ながら、リズベスは痛みにうめくフリをしつつほくそ笑む。
これで彼らにとって、本物のカーリーは偽物という扱いになった。
より一層戦いに力がこもることだろう。
それを確認し、リズベスはよろよろと立ち上がった。
「お母様、どちらへ?」
「やるべき事がある……治癒を受けている時間も無いんだ、失礼する……」
治癒術を受け、本当に怪我をしていないことが露見しては元も子もない。
なので、ここで“本物のカーリー様”は退場だ。
あとは挙兵した彼らが領主屋敷に向かう前に子供達に声をかける。
それを果たすべく、リズベスは教会の外に出るとすぐさま元の姿に戻り、猛スピードで子供達の基地へ走って行った。
人間の姿に戻らせて待機させている彼らは、みな暇そうにしている……。
そんな彼らへと、リズベスは満面の笑みで駆け寄った。
「お待たせ、みんな……最高の遊びをするタイミングが来たわよ」
「本当ですか!?」
目を輝かせ、走り寄ってくる子供達。
彼らを撫でるとリズベスは「勿論よ」と笑みを浮かべる。
実に喜ばしいことだ、無論双方にとって。
子供達は持て余した退屈を発散する手段を得たことが、リズベスは手駒達が自分に懐いていることがとても嬉しい。
「これから、蜘蛛神教会の民衆が領主館に向けて挙兵をするわ、その前にあなた達は領主館にそれを報告して保護下に入るの、そして私が合図を出したら……」
「分かった! 領主様を攻撃して驚かすんだ!」
「その通り、合図は空に私が放つ炎魔法よ、皆よろしくね」
「はーい!!!」
嬉々とした顔で、邪悪な企みに乗っかり走り出す子供達。
炎魔法は彼らへの合図であると同時にクリムゾンフレア達への合図だ。
これを行えば彼らもやって来ることだろう。
その時の領主の反応は実に見物……そう考えながら、リズベスは再度カーリーの姿になるのだった。
「……中から大勢の声が聞こえるな」
「何か怒ってるわね……領主様の偽物を許すな、とか」
「……もしかすると二人が見つかったのか……?」
その頃、領地の外ではクリムゾンフレア達が民衆の声を聞いたことで顔をしかめていた。
偽物と言われると、どうもリズベスの変身能力が思い浮かんでしまうのだ。
だが同時に彼らは、蜘蛛神様の化身もついているぞと言っている。
アラクネは信仰心を利用すると言っていたので、蜘蛛神の化身として振る舞っている可能性は高い。
どうしたものか……と迷う二人。
そんな彼らに、武器と武器がぶつかり合う音が聞こえてきた。
「子供達よ、報告を感謝する! おかげで守りを固めることが出来た……皆の者、彼らは悪に騙されているようだ、決して命は奪うなよ!」
「はっ!!」
「やれ、民衆よ! 捨て身で向かい、奴らが本気を出せないことにつけ込み制圧するのだ!」
「おおおおおぉぉぉ!!!! 偽物を許すな!」
カーリー率いるアルテューマ軍と、アラクネ率いる民衆がぶつかり合う。
本来なら実力差は歴然……。
だが迂闊に命を奪えないという縛りが有る以上、実力は五分となる。
命を奪うことは確かに容易い……だが領地とは民衆有ってのもの。
民衆を殺害しつくしては意味が全くなくなってしまう。
領主や貴族は民を守り、代わりに民は税や作物などを納める。
そういったWIN-WINの在り方こそが正しい在り方なのだから。
故に、貴族だけになっては何も意味が無いのだ。
かつての世界で言うなら、ヤクザの用心棒(ケツ持ち)と店が払うみかじめ料のような関係だろうか。
何はともあれ、彼女はどれだけ変貌しようともアラクネが一貫して高潔な人物という印象を持つだけはある……実に立派な領主の鑑と言えるだろう。
「く……完全に拮抗したな、私も出るか……? いや、ここを離れては伏兵がいた際に子供が狙われる、どうするか……」
手をこまねくカーリー。
何はともあれ守るべき子供達が危険にさらされてはならない。
貴族の子供も民の子供も、どちらも領地というシステムを未来永劫続けていくための大事な存在なのだ。
そう考えていると……突如、空へ炎が舞った。
「……あれは? ……うっ!?」
訝しむカーリー、だがその体が突如動かなくなる。
何者かに魔術で動きを止められたのだ。
カーリーは曲がりなりにも魔術の才覚がある身として、魔力の糸を辿り……少し抵抗しながら顔を動かして魔力の元を辿る。
そこにいたのは……。
「なっ……!?」
「うふふ……あはっ」
7人の狐獣人になった子供達だ。
彼らは笑いながら、カーリーへ捕縛魔法をかけている。
その内一人が捕縛魔法を切ると……今度はカーリーへ炎魔法を打ち込んだ。
「ぐ……!?」
「あはは、楽しい!」
鎧越しとはいえ、代わる代わる矢継ぎ早に撃ち込まれては倒れないわけがない。
そんな窮地に陥ったカーリーに兵士達が騒然とした。
そう……騒然としてしまったのだ。
「領主様!」
「未だ、突撃!」
「おおおおぉぉぉっ!!!」
集中が途切れ、均衡が崩れ去る。
民は一気に兵士を押し倒し彼らを捕縛してしまった。
まさか子供達が敵とは気付かなかった……そんな自分の失策に顔をしかめるカーリー。
そんな彼女をアラクネが見下ろす。
「無様ですね、お母様」
「アラクネなのか……? 何故お前が煽動を……」
「全てはクリムゾンフレア様のためですよ」
あざ笑うアラクネ……それと同時に、クリムゾンフレアが傍らへ舞い降りる。
心底安堵しているといった様子だ。
それだけアラクネを心配していたのだろう。
「アラクネ……無事で何よりだ、無事任務を果たしたこと、褒めてつかわそう」
「ああん……! クリムゾンフレア様ぁ、嬉しいお言葉です!」
頭を撫でられ、うっとりと声を上げるアラクネ。
その姿にカーリーは娘が変わり果てたことを理解する。
そして……自分もこれから何をされるのか、明らかに強者であろうこの存在が、何故無血の制圧などというまどろっこしい真似をしたのかを察するのだった。
「……娘が変わり果てた原因はお前か、だが……できるかな、私に……私はそうそう屈しないぞ」
「そうだな……我が洗脳魔法は声の力、聞く耳持たんという意志を持つ者には、よほど入念な手を使わなくば効かないだろう」
「ふふ……そうだろう?」
「でも……私が入念な手を持ってると言ったら?」
「何……!?」
笑いながら、口から糸を出すアラクネ。
アラクネが背後に回ると……その糸が耳から頭に入る。
そしてカーリーの脳へと直結した。
「アラクネの糸は、魔力を乗せる事が出来る……これによりアラクネは糸を生きているかのように動かせるのだが、それの応用として他者の魔力も乗せられると発見したらしい」
「それで、お母様の脳みそを直接弄ってあげますわ」
「……! や、やめろ、やめてくれ……!」
懇願し、舌を噛もうとするが……捕縛魔法とアラクネによる操作魔法で体が動かせない。
もはや万事休す、このまま洗脳を待つのみ……。
カーリーはそれを悟り、涙を流すのだった。
ただただ、無念で仕方がない。
母として領主として、夫亡き後も護国のため尽くしてきた身が……このような形で終わるなどと。
いつかは子らに護国の意志を継ぎ引退するつもりだった、それなのに……。
何故こうなったのかも分からず、カーリーは静かにうつむくのだった。




