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赫銀伝記-炎氷の天狐-  作者: IOPOQ
冬の黎明
22/22

19 地獄王の知渡し



魔女の城-天文台


部屋の中にはごうごうと吹き荒れる風の中、黒い魔力が漂っている。

その部屋にいるのは、大きな梟に変化した悪魔と未だに状況が把握できていない子狐であった。


「…えっーと、ストラスさん?」

「ホーホー、安心せい。お主に危害を加えるわけではないからの。儂の魔法、“知渡し”でここにある4冊分の言葉を理解できるように知識を与えてやるのじゃ。最初はきついじゃろうが…お主はその胸のステラにだけ意識を向ければよい。」

「へ?ステラ…?えっ、あっ、わあっ!」


そうしたら突然、僕の体が宙に浮いた。

浮いたままの僕の体に、大量の黒い魔力が纏わりついてくる。

ああ…、何だかどんどん、苦しい…。


「ルグラン様、胸元じゃ!そこに意識を向けなされ!」

「あ…、ストラスさ…ん。」


ルグランの視界は、徐々にぼやけてきていた。

手足の感覚もなくなっていく。

それは、悪魔の魔法に犯されている証拠であった。


…胸?これか…な?このペンダントのことかな。

薄れゆく意識の中で僕はペンダントの温もりを感じた。

この温もりは、…魔力だ。

僕の魔力と、それから…。


「ふむ、これは中々凄い耐性じゃのう。」


この量でこの濃さの魔力でも気を保っていられるというのは…。

やはり、さすがジル様が目をおかけになった聖獣と言ったところかのう。

さて、子狐よこれからが本番じゃよ。


梟は大きく翼を広げて子狐を包んだ。

その周りでは、4冊の本がそれぞればーっと勢い良く開いてはためき、発光している。

梟はやがて本から出た光を自身に纏い、腕に子狐を抱いた。


「汝、地獄の王に知を求む者よ。贄の上に、我は答えん。贄の上に、我は渡さん。」


ストラスの声が石の部屋に木霊した。

するとどうだろう。

既に意識を半分手放しかけているルグランの体が、鈍く発光している。

ストラスはそのまま体を離し、ルグランを自由にした。

宙に浮くルグランの体に、何やら光が吸い込まれてゆく。


「ホーホー、初めてで贄もなしに…上出来じゃ!この凄い魔力は…こちらが酔いかねんな。念のためルルムを呼ぼうかのう。」


ひゅん、と人化したストラスは椅子に座って宙に浮く子狐を見守る。


いつのまにか風は止み、そこら中に漂っていた魔力も完全に消えている。

ルグランの胸のペンダントがきらりと輝いて、部屋は静寂に包まれた。







部屋の宙に浮かぶのは、薄ら目を開いた子狐。

その体には、幾重にも重なった光を纏っている。

魔法をかけた張本人、ストラスはルグランを見守りながらも優雅に紅茶を飲んでいた。


『うっわあひどーい。ルーちゃんがこんなになっちゃって。ストラス、ちょっとスパルタ過ぎるよ。』


堕天使ルルムはそう言いながら翼を広げて飛び上がり、光を纏って浮いているルグランを抱きしめ、治癒をかけた。

ルグランを心配そうに見つめるルルムの、薄緑の髪がさらりと揺れる。

光はやがて、ルグランの体に吸い込まれるようにして消えた。


「おおお!少し治癒をかけただけですべて飲み込みおった。何とも素晴らしい…!」


ストラスは勢いよく立ち上がってホーホーと鳴いた。

それから、壁の方へ行き、もう不要になった本をもとの壁に詰めなおしている。

物凄く満足気だ。


『ねーえ?聞いてるの?』


ルルムは、ルグランを抱きながら漆黒の翼を広げてひらりと床へ降りて、降りたそこに出てきた椅子に腰掛ける。

ルグランは、ルルムの腕の中ですうすうと寝息を立てていた。


「いやいや、聞いておるとも。ジル様が数冊程度ならなんとか大丈夫だろうと仰ったのでな?儂だって“知渡し”は久しぶりじゃからのう。思いの外張り切ってしまったわ。だがこれでルグラン様は見事、天界文字に下界文字、古代文字に精霊の言葉の4つを習得したはずじゃよ?」

『…まさか。そんなに一気にできたの?贄は?』

「…できたとも。それにだ、ルグラン様のこの魔力、贄など要らぬ。ジル様ほどではないが…この子は凄いぞ!」


それから、ぶつぶつ独り言を言うストラスは、ルグランに関する考察を始めたようであった。


暴走したら止まらないからなあ、このおじいちゃんは。

ルルムはそんなストラスを、少し冷ややかな目で見ていた。












体の中で何かが満ちている。

この感じは…魔力のようで、魔力とは違う。

何かが、流れ込んでくる。

これは何だろう。

んんー?ストラスさんの声…?



儂がかつて“地獄王”と呼ばれていたのは、この魔法能力のせいじゃった。


儂は、世界のすべてを知ることができ、同時に得た知識を他に与えることができた。

その昔、どんな強者も儂の知識の前では倒れた。

もちろん、本当の強者は戦いなど挑んでは来なかったが…。


知識を欲した者は皆、儂の前にひれ伏した。

だが、知っての通り魔法は万能なものではない。


儂の魔法の効果を受けるには、贄が必要なのだ。

求める知識に応じた、贄がな。












「でも僕は贄なんてなにも…!」


ルルムの腕で寝息を立てていた子狐が、突然目を覚ました。

あれ?

ストラスさんのお話を聞いていたはずなのに。

ぴょこっと耳を立てて、自分を抱いている腕の主を見つめた。

あれれ?ルルムさん?

どうしてー?


『わあ、びっくり!おはよう、ルーちゃん。気分はどう?』

「あ、おはようございます。ええと、なんともありません…。」

「すまんかったの。儂が少し無理させたんじゃよ。ルルムに治癒をかけさせた。それより、ちゃんと効いてるようじゃの。」


分厚い本を片手にくつろいでいるストラスさんは、僕を見てにやっと笑った。


「あの、僕、苦しくなって…それで遠くからストラスさんの声が聞こえて、それで知識とか贄とか…」

「ああ。お主はきっと疑問に思うと踏んでな。天界と下界の文字、古代文字に精霊の言葉、ついでに“知渡し”の5つを知識として与えたぞ。」

『4つじゃないじゃん!』


…なんて悪魔だ。

ルルムはつっこみながら、もう一度ルグランに治癒をかけた。

薄緑の光がルグランを包む。


「でも僕は、その、贄とか…」

「ああ、それならな。儂の魔法はの、より強い相手に効果を与える時には贄を必要とせず、かわりに相手から魔力を貰っておるのじゃ。…そのステラはジル様からの物じゃろう?お主がそれと契約を交わしている影響じゃよ。」

「ステラ…?」

「ホー、そうじゃった。その辺の話を上手く説明できるのはベリアルじゃろうからな、また今度で良いか?今から試しにこの本を読んでもらいたいのじゃが。」

『そうそう、読んでみなよ!』


ストラスが、空になったティーカップを置くと机の上の洋茶器はすっと消えた。

分厚い本だけが残った机の椅子に、ルグランを座らせるルルム。


「あ…はい、えーと。」


本を机に乗せたまま、最初のページを開いた。

あれれ?この感じ。

魔力…ではないな、なんだろう?

ルグランは表も裏も黒一色の本から、何かを感じ取った。


「これは、古代文字で…“天地の創生”ですか…?」


突然ばたん、と派手な音を立てて本が独りでに閉じられてしまう。


「ホーホー、やっぱりのう。」

『まさか…ストラス!あっ、ルーちゃん待って!ちょっ!』


急いでルルムさんが僕を掴もうとするが、間に合わない。

本が青黒く発光しその光がルグランの体に纏わりついた。

本からは異常なくらいの魔力が漏れ出ている。

それはルグランにも分かった。

光から発せられる、声。


『…すまないが、この子を借りるぞ。帰りは私が送ってやるから気にするな。ではな。』




お読み頂きありがとうございます!

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