3話
一呼吸置いて僕は先ほどの光景について考える。
(……え?何あれ?泥棒には見えないし、もしかして幽霊ってやつなのか?それにしては全然怖くなかったな、むしろ滑稽というかなんというか )
もう一度見てみたいという好奇心が湧き上がり戸を開くが、思いの外力が入ってしまい物音を立ててしまった。それに気付いた女性はこちらに振り向き、覗き込む僕と目が合う。
(しまった!僕は何をしてるんだ、いくら滑稽でも相手は幽霊なんだぞ。何をされるか分かったもんじゃないのに)
「あ!えっと、その」
僕が言葉を詰まらせていると、女性は畳を叩く手を止め話しかけてきた。
「あら、もしかして起こしてしまいました? 」
思っていたものとは違う問いが返される。問答無用で憑り殺されるとも考えたが、どうやら杞憂で終わったようだ。
「え?いやあの、大丈夫です。ところであなたは、その、やっぱり幽霊……的な?」
「いいえ、少し違います。生きてもいないが死んでもいない、常世と現世を彷徨う者。いわゆる"妖怪"と呼ばれる存在です」
「そ、そうでしたか、すみません」
僕が幽霊だと思っていた女性は妖怪だった。
今まで幽霊にも妖怪にも遭遇したことなど無いのだから違いを説明されてもいまいち理解出来ないのだが、今の状況が余りにも非現実的な所為で"そういうものなのか"と簡単に受け入れていた。
もしくは"考えることを止めた"とも言う。
「そう畏まらずとも良いですよ?立ち話もなんですし、さぁどうぞ中へ」
……けっこうフレンドリーな妖怪だ
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「では改めまして、わたくしは妖怪"畳叩き"名をイグサと申します。して、あなたの名は? 」
「僕は染井 誠です」
「マコトですね、良き名です」
「ところでイグサさん、さっきのは何だったんですか?あの、畳をペチペチ叩くやつ」
「わたくし達"畳叩き"は読んで字の如く畳を叩く妖怪です。畳のあるお宅にお邪魔して叩くのを、古くからの生業としているんですよ」
「……それから? 」
「それだけです。
ちなみに、お家の畳を叩かれたからといって福を招く事も無ければ厄をもたらす事もありませんのでご安心を」
「……なるほど」
実際に話してみると僕が想像してたものとは違い、イグサさんが悪い妖怪じゃないことはすぐに理解できた、むしろ言葉の中にはこちらへの気遣いも見えて好感が持てる。
それにどうやらイグサさん、畳を叩く事に少なからず誇りを持ってるようだ。だから僕は口から咄嗟に出そうになる言葉を我慢した。
"畳を叩くだけって、何がしたいんですか?"
その問いは心の中に仕舞っておこうと思う。
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あれからしばらく話しをしていたがそろそろ眠たくなってきた。
僕が欠伸を噛み殺しているとイグサさんが
「長話が過ぎたようですね。人と触れ合う事など久しく少々浮かれていました。マコト、今宵はわたくしめにお付き合い頂き有難うございます。
どうぞ夜が明けぬ内にお休み下さい」
「はい、そうします、おやすみなさい」
部屋を出て自室に戻ろうとするとイグサさんはまた畳をペチペチと叩き出した。
(あの畳を叩く癖さえ無ければ……
なんかすごく勿体無い気がするけど、まあいいか)
僕はその日、畳が叩かれる音を子守り歌にして二度目の眠りに落ちた。




