4話
窓から射し込む朝日で目が覚める、畳を叩く音は聞こえない。
(……もう朝か、それにしても)
昨日の事はうっすらと覚えている、覚えてはいるが……
余りに現実離れしていて、昨日の出来事は全部夢だったと言われた方がしっくりくる。
(そうだよね、やっぱり夢に決まってる。でもまあ……もしほんとにイグサさんみたいな妖怪が居るなら、会ってみたい気もするけど)
そんなことを考えながら大きな欠伸をして寝返りを打つ、朝の暖かな陽射しは心地よく二度寝の誘惑にかられる。
しばらく微睡んでいると、布団を"パタパタパタ"と叩かれた。
きっとおばあちゃんが起こしに来てくれたんだろう、でも僕はもう少しだけ寝たくて布団の中から返事をした。
「う〜ん、あとちょっとだけ…… 」
しかし布団を叩く手は止まらない、仕方なく僕は布団から顔を出す。
「わかった、わかったよ、ちゃんと起きるか……ら」
「やっと起きてくださいましたか、マコト」
意外と早く願いは叶った。
「おはよう御座います。実は……貴方に伝え忘れた事が有るのです」
目の前にイグサさんが居る、いきなりの不意打ちで言葉が出ない。
妖怪って朝でも普通に出るのか?
そもそもあれは夢じゃなかったのか?
いろんな思考が頭の中をグルグルと廻り、混乱している僕を気にせず話を続けた。
「古来より人と妖怪が縁を繋ぐと境界が曖昧になるとされています。
昨夜、わたくしとマコトは縁を繋ぎました。マコトの現世は曖昧となり、常世の者達と出会う事もありましょう」
"ある時偶然に幽霊を見てしまいそれがキッカケで霊感に目覚め、日常的に幽霊が見えるようになってしまった"という話を聞いた事がある。イグサさんの話はそういう事なのだろうか?
「そのような認識でよろしいかと、そしてマコトには覚えておいて欲しい事があります。
どうか"必要以上に彼の者達を恐れないでください"
妖怪の中には相容れぬ者がいるやもしれません、人を害する者もいるでしょう。
しかし、全てがそうではないのです。
人と遊びたくて近づいてくる子も居ます、困っていれば手助けしてくれる者もきっと居るでしょう。妖怪も十人十色、千差万別なのです」
「は、はい。何となくだけど分かりました」
「それはなにより。では、近い内にまたお会いしましょう」
イグサさんは微笑むと軽く会釈をする、僕も釣られてぺこりとお辞儀をして顔を上げると……彼女の姿は跡形も無く消え去っていた。
(なんだか大変なことになってしまった気がする。
"必要以上に恐れるな"とは言われたものの……鬼とか出て来たら普通に怖いよ)
驚きの連続ですっかり目が覚めてしまった。そういえば先ほどから下の階から味噌汁のいい香りがして腹の虫が鳴っている、あれこれ考えるのは後回しにしてまずは腹ごしらえをしよう。
軽く現実逃避して僕は立ち上がり、軋む音を立てながら階段を降りる。居間の机の上にはすでに朝食が並べられていた。
「おはよう、おばあちゃん」
「おはようマコトちゃん、ご飯出来てるから食べちゃって」
炊きたての白米は湯気を立て、味噌汁の独特な香りが食欲を誘う。付け合わせは鶏肉と大根の煮付け、それとキュウリの漬物、見た目は質素ながら中々に美味しい。
箸を進めながらも先程の事について考える。
(やっぱりおばあちゃんに相談したほうがいいのかな?
でもなぁ"僕、妖怪と会ったんだよ"なんて言っても普通は信じないし。
……さすがに黙っていよう)
食器を片付けた後、おばあちゃんに言われて近所の家に挨拶周りをしに行った。
といっても近くに民家は三件程しかなく、時間はそんなに掛からなかった。
家に戻った僕は縁側に座り、ひと息つく。
季節は夏だというのに余り暑くは感じない、周りが山に囲まれているせいか時折凉しい風が吹いてきてそれがとても心地いい。
おばあちゃんは町内の老人会や畑仕事があるので日中は出掛けていることが多いらしく、お昼に困らないよう留守にする時は弁当を作ってくれている。
僕は申し訳なくなり畑仕事だけでも手伝おうかと提案したが、畑といっても小さなもので今は水をやることぐらいしか無いから収穫する時に手伝って、と言われた。
「それじゃあ行ってくるわね、お弁当は冷蔵庫に入ってるから」
「うん、ありがとう、いってらっしゃい」
おばあちゃんを見送った後、縁側で自家製の漬物をポリポリと食べつつ景色を眺めていた。
(今日は何をしよう、とは言うものの散歩するぐらいしかないよな……平和だな)
そんなことを考えていると、縁側に降ろした足のすね辺りに何かモフモフしたものが当たり、驚いた僕は足元を覗き込む
「うわ!なに⁉︎犬?いや……猫? 」
犬と猫を足して、モフモフを二割り増ししたような謎の生き物が僕のすねに体をこすり付けていた。
「見たこと無い動物だ、なんていう名前なんだろ? 」
食べていた漬物を目の前にチラつかせてみるが興味が無いのか見向きもせず、必死に僕のすねに纏わりついてくる、こそばゆい。
そろそろ止めてくれないかなと思っていると突然庭の方に駆け出し何度もこちらを振り返る。
……ついて来いってことなのかな?
特に用事も無く暇を持て余していた僕は、気紛れから後をついて行ってみることにした。
家を出てしばらく道なりに進んだ後、森へと続く獣道にその犬猫モドキは入っていく。僕は立ち止まって、どうしようかと悩んでいると
「……!……! 」
「くすぐったいよ、犬猫モドキ」
立ち止まった僕のすねに再度体をこすりつけてくる、急かしているつもりなんだろうか?
「……ちゃんとついてくから大丈夫だよ」
せっかくここまで来たんだし、もう少しだけ付き合ってみることにした。
それから森の奥へと進んでいくと開けた場所に出た、すると犬猫モドキはある一点で止まりこちらを振り返る
「そこに何かあるの? 」
ある程度近付くと地面に穴が空いているのが見える、深さは一メートル程の自然に出来たもののようで、底を覗くともう一匹の犬猫モドキがいた。
短い手足でちょこちょこと必死に這い上がろうとしているが、すこし登っては滑り落ちるのを繰り返している。
「そうか、仲間を助けたくて僕をここまで案内したんだね?待ってて、すぐに出してあげるから」
穴の底へと降り犬猫モドキを持ち上げ外に出してやる、そして僕が這い出ると二匹はもの凄い勢いで体をすねに擦り付けてきた。
「これはお礼を言ってるのかな?気にしないで、たいしたことはしてないから。
……あと、そろそろ止めて」
二匹もだいぶ落ち着き、そろそろ昼時になる頃だと思い帰宅することにした
「それじゃあ僕帰るね、次からは気をつけるんだよ」
別れを告げると犬猫モドキ達は最後に僕のすねをひと擦りして茂みの奥へと去って行く。
(それにしても変な動物だったな、帰ったら調べてみよう)
そんな事を考えながら踵を返した時、誰かの視線を感じた気がした
「?……気のせいか」
「成る程、あやつが。
何やら懐かしき気配がすると思えばあのわっぱ、妖と縁を繋いでおるか
今時珍しい事もあるものよ。であらば……今宵、誘うてみるか」
声が消え、森は静寂に包まれる
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「ただいまー 」
結局お昼時を過ぎてしまった。玄関をくぐり居間に向かうとイグサさんが普通に座っていた。
「わたくしめの事はどうぞお気になさらず」
流石にもう驚かない、慣れとは恐ろしい。
お言葉に甘えて遅めの昼食を摂る。そういえばと思い、相も変わらずペチペチしてるイグサさんに今日の出来事を話した。
「それは"すねこすり"という妖怪です、人の脛を擦るから"すねこすり"
何とも安直な名前ですよね」
(それを言ってしまいますか……"畳叩き"のイグサさん)
それにしても、あの犬猫モドキは妖怪だったのか。だったら何かあったりするのだろうか?
すねをこすられた人は健康になるとか……
「いえ、そのような事はありません。くすぐったいだけです」
「……それだけ? 」
「それだけです。
……ふふっ、すねをこするだけだなんて、あの子達は何がしたいんですかね? 」
そんな"微笑ましいですね"みたいに言われても困る。
"貴女も似たようなものですよ"とは言えない。




