2話
そんなこんなで道なりに進み続けていると手書きの地図に記された家が見えてきた。
祖母の家は古い木造の大きな一軒家で、周りには似たような造りの家がまばらに建っている。僕が幼い頃に祖母とは東京で何度か会った事はあるが、祖母の家に来るのは初めてだ。
玄関にインターホンらしき物は見当たらない。鍵は掛かっておらず戸に手を掛け軋む音を立てつつ声をかけた。
「ごめんくださーい!」
すこし間を置いて、奥から人が近付いてくる気配がした。
「はいはい、今行きますよ。あら、マコトちゃん!」
「こんばんは、おばあちゃん。夏休みの間お世話になるね」
「ええ、好きなだけゆっくりしていってちょうだい。マコトちゃん大きくなったわね〜、10年ぶりくらいかしら?」
「うん、多分それぐらい」
「それにしても一人で来るだなんてすごいわ、マコトちゃん偉いわね」
「……それぐらい平気だよ、僕もう高校生だし」
久しぶりの祖母との再会に、どこか曖昧だった記憶がだんだんと鮮明になってくる。
僕が幼い頃、祖母に抱いていた印象は"優しい笑顔の人"だった、それは今でも変わってないようで安心する。
いけない事をしたら叱られたけど、何かを頑張ると絶対に褒めてくれる。
僕はそれが無性に嬉しくて、褒めて貰いたいが為に
"一度片付けたオモチャを散らかしてはまた片付ける"
なんて意味不明な事もした覚えがある、今考えるとバカバカしいが当時は真剣だったのだ。
……そういえば人から褒められたのって、いつ以来だろう
「長旅で疲れたでしょう?あがってちょうだい」
「うん、お邪魔します」
玄関を上がり少し奥に進むと畳張りの居間に出た、縁側に続く木製の戸は開け放たれていて心地よい風が吹いてくる。遠くに見える山にはちょうど夕陽が沈みかけ、夕方と夜との間にある曖昧な色に染められた空が広がっていた。
「もうすぐご飯が出来るから、待っててちょうだいね」
「僕も何か手伝うよ」
「ありがとうねマコトちゃん、でも大丈夫よ。おばあちゃんにまかせときなさい」
「うん、ありがと」
その後一緒に夕食を食べながら
学校は楽しいか、友達は出来たか、ガールフレンドはいるのかなど、とりとめのない話をした。
誰かと一緒に食事をするのは久し振りで、僕は気恥ずかしくて素っ気ない返事しか返すことができなかったが、おばあちゃんはそれでも嬉しそうだった。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
食器を片付けるのを手伝い、ひと息ついたあと風呂に案内された。
まさか、薪で沸かす五右衛門風呂だったり?
……なんて想像もしたがさすがに普通のお風呂だった、湯船に浸かるとじんわりとした熱が身体にしみわたる。
(歩きっぱなしだったから余計に気持ちいいな、なんだか眠くなってきたし、宿題は明日からでいいよね)
なんてどうでもいいことを考えながらまどろんでいると、"パタパタパタ"と何かを規則正しく叩くような音がどこからか微かに聴こえたような気がした。
(なんだろ今の ……まあ、いいか。身体も温まったしそろそろ上がろうかな)
脱衣所で寝間着に着替え、縁側で火照った身体を冷ましていると祖母から声が掛かった。
「マコトちゃんも明日に備えてそろそろ寝ちゃいなさい」
「うん。あ、そうだ、おばあちゃん、さっき何か物音しなかった?」
「いいえ?聞こえなかったけど、何かあったの?」
「ううん、なんでもないよ、変なこと聞いてごめんね、それじゃおやすみなさい」
おばあちゃんに就寝の挨拶をした後、僕は二階にあてがわれた自室に向かった。電気を消し布団に転がると溜まった疲れが押し寄せてすぐにまぶたが重くなる。
窓から見える空にはたくさんの星が輝いていた。
(綺麗だな、まだ眺めてたいけどもう限界だ…… )
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夜も深まり、虫の声も聞こえなくなった頃
ふと、目が覚める。
(……うう、いま何時だ?)
枕元に置いてあるスマホを確認すると夜中の三時と表示された。
(変な時間に起きちゃったな)
冷蔵庫にお茶があるのを思い出し台所に行こうと身体を起こした時、"パタパタパタ"という音がした。その音は鳴り止むことなく、少し間を空けては断続的に聞こえてくる。
(この音……隣の部屋からしてくる、おばあちゃんの寝室は一階だから隣には誰もいないはずだし)
気になった僕は原因を突き止めようと、自室を抜けて音を立てないようにゆっくりと廊下を伝い、隣の部屋に近づいた。
耳をあてるとやはり例の音が聞こえてくる。
(目的の部屋まで来たのはいいけど……怖くなってきたな、どうする?やめとくか?いやいやでもやっぱり気になるし…… )
僕は意を決し、戸を少しだけ開き部屋の中を覗く。
すると着物を羽織った女の人がこちらに背を向け座っていた。
桜色の着物が月明かりに照らされる。
その後ろ姿はどこか儚げで、目を離すと今にも消えてしまいそうな錯覚を覚えた。
腰まで届く黒髪は月光を映し、幻想的な輝きを放っている。きっと物語の中から出てきた何処かのお姫さまと言われても納得してしまうだろう。
ある種幻想的で見惚れるようなその光景は……
"ペチペチと一心不乱に畳を叩く"という女性自身の奇行によって全てが台無しになっていた。
……僕はそっと戸を閉めた。




