迷宮ダンジョンラビリンス。強力な魔法効果のある装備品希望。 Ⅳ
最新話まで微修正完了。
修正後は、地の文に敬称が追加されてたりします。
七十四
来た道の奥と、進行先の出口を交互に見ながらゆっくりと奥の方に歩を進めていく。見ていても向こうから出てくる気はないようで、あれから一切動きが無いからだ。
戦闘になるにしても廊下はそれ程広くないので戦い難い。出口の先に広場があった場合、戦闘はしやすくなるだろうが、そこに敵が待ち受けていれば挟まれてしまう。ならばまずは背後に潜んでいるであろう敵を殲滅するのが得策だろう。
進むにつれて、携行ライトの明かりが曲がり角を鮮明に照らし始める。
得体の知れない何かがあの角にきっと潜んでいる。緊張からか剣を握った手に思わず力を込めると、揺らいだ刀身がライトの光を受けて反射し、青白く輝く刀身に私の顔がちらりと映る。
私は、笑ってた。
緊張はそのままだったが、どことなく肩の力が抜けるのを感じる。
登録している魔法と、まだ実戦では使った事の無い機能を頭の中で思い返した。
廊下で使うならばセイクリッドトリガーかグングニルが妥当かと詠唱を始め様とした瞬間。黒い影がライトの照らす角に飛び出してきた。
「何と! ファイアリザードじゃないですか!」
白い光の中、黒い表皮が不気味に輝く四足で地べたに這いつくばった姿のソレは、大きな大きなトカゲだった。黒いコモドオオドラゴンといったところだろうか。
「ファイアリザードって……」
「走りますぞ!」
名前からして炎でも吐くのかなとか考え質問しようとしたところを、振り返ったゲンジロウさんは私を片手で抱えると、出口へ向けてすごい早さで駆けて行く。私は後ろを向いたままなので、ぐんぐんとトカゲが遠ざかっていく様に見えた。
「危ないやつなんですか?」
「ええそれはもう、狭い場所では逃げるが得策なんですよ」
ゲンジロウさんが出口へ向けて走り続けているので、ファイアリザードはもう闇に紛れ姿を確認する事が出来なくなっていた。大きなトカゲ、ちょっと可愛かったな。なんて思った瞬間、急に私の見ている廊下の奥が明るく輝き始める。そしてそれは案の定、蠢くような紅蓮の渦だった。
「火ぃ吹いたー!」
「ファイアリザードですからねー」
闇を焦がす様に奥の方から迫る炎に押し出された空気は、熱を孕み私たちを追い越していく。じわりと感じた焼ける感覚に危険を感じながらも、私は火を噴く生物が居るという事実に興奮していた。
「すごいすごいすごい!」
「いやはや、すずめさんは大物ですなぁ」
ゲンジロウさんは弾むような声で言うと「まあ、冒険はこうでなくては飽きてしまいますからな」と笑う。どうやら余裕そうだ。そして類友な気がする。
それにしても、ゲンジロウさんは早い。しかし確実に炎は追いついてきている。そして、抱えられたままでは私の格好がつかない。
その時『空の湖と賢者の戯言』より賢者ナベリウスの言葉を思い出す。
──目には目を、剣には剣を……。
「ウェイクアップ、コードA、三、五、五、オールセット」
略式で組み上げた青い魔法構成が周囲に現れる。
「おお! これはこれは、この魔方陣はスフィア魔法のですかな。しかし同時にこれ程の魔方陣、トライウィザードだったとは驚きですぞ!」
「えっと、話せば長くなるんですが……まあ今回は保留で」
また出てきたトライウィザード。スフィアを三つ持つという事らしいが、私はもちろん一つしか持っていない。説明も面倒くさいので、またの機会にさせていただきまーす。
「我願わくば光を。……エクスプロージョン!」
青から赤く変わった魔方陣は次の瞬間に霧散し私の前方ゲンジロウさんから見ると後方で、トカゲの炎にも負けない紅蓮の玉が弾け飛んだ。
鼓膜を揺らす爆音と共に瞬時に熱せられた突風が、私たちを後押しする様に追い越していく。余韻に似た音が耳の奥で響くのについ顔を顰める。
「い……これ……すご……。なに…………せんよ」
「え、何ですかー?」
ゲンジロウさんが何かを言っているが、耳鳴りが治まらず聞こえない。まあそれよりもトカゲの炎だが、どうやら策は上手くいったらしい。後方は熱と、何かが焦げた様な匂いを残し再び静寂を取り戻していた。
「ゲンジロウさん、ゲンジロウさん」
私は、剣を持っていない左手で合図を送る様にゲンジロウの背中を数回叩いた。
「おお、これはこれはすばらしい。炎を爆風で吹き飛ばしたんですな」
ゲンジロウは廊下の奥を確認する様に振り返ると、ゆっくりと疾走する足を緩めていき立ち止まった。
「いやはや、突然担いでしまってすいませんな。言うよりも早いかと思いましたので」
どうやら耳鳴りも治まったようだ。ゲンジロウさんの声がはっきりと聞こえる。
「いえいえ、助かりました」
むしろゲンジロウさんの足の速さが無ければ危なかったかもしれない。
ゲンジロウさんの肩から下ろされると、両脚でしっかりと重力を感じる様に足元を確かめる。今まで宙でブラブラとしていたせいか、ずしりと感じる……否、感じない。羽のように軽い身体でふわりと着地したのだ。
それから身体をほぐす様に回して、様子を探るべく廊下の奥を注視する。
携行ライトでゲンジロウさんが照らした廊下は、徐々に暗闇が光を飲み込んでいき奥の方は確認出来なかった。しかし、その闇の中からは何かの息遣いがはっきりと響いてくる。
「すずめさん、まずは広い場所に出ましょう」
「そうですね。そうしましょう」
ここまできたら、狭い場所で戦うのに向かないファイアリザードが追いついてくる前に広い所に出た方がいい。敵がいたなら合流される前に倒すのが得策だろう。
後方を警戒したまま進行方向に振り返ると、廊下の終わりはもうすぐそこまで来ていた。
出口に到着するとゲンジロウさんは、まず顔だけを覗かせて部屋を確認している。私は絶賛後方警戒中だ。
「よし、大丈夫ですな。いきますぞ」
「はい!」
廊下から部屋へと飛び込み周辺を確認すると、水晶の明かりにより戦闘には支障が無い程度の光は確保できそうだ。最初の部屋よりも広く立ち回りにも問題無いだろう。四方の壁にはそれぞれ黒い口があり、三つの選択肢がある事も分かった。
だがまずは、追いかけてくるファイアリザードを倒してからだ。
名前からして炎は効かないだろう。それがお約束だ。ならばやはりグングニル、インドラあたりもありかな。凍結とか登録しておけば良かったなぁ。コキュートス! とか。
「おっと! また来ますぞ!」
ゲンジロウさんの一声と同時に、元来た黒い口の奥が明るく輝きだした。ほんのちょっと前に見た紅蓮の光だ。
私は慌てて近くの柱に身を隠す。ゲンジロウさんは勢い良く飛び出すと、出口側の壁に身を隠しながら張り付き大剣を上段に構えた。
炎が迫りより一層輝くと、その余りの威圧感から顔を引っ込めて、より柱の深くに身を寄せる。
急激に温度が上がったかと思うと竜の咆哮の如く炎が噴出し、部屋を縦断していった。
轟音を伴い嵐のような炎が通り過ぎると、真っ直ぐ続く黒い跡が残る。圧倒的な光景に思わず吸い込んだ空気は熱く乾いたままで、堪らず咳き込んでいると何かを砕く鈍い音と倍速再生した様な聞き取れない音が短く響いた。
どうにか息を整えると、柱から顔を出す。そこで見えたものは、胴体を二つに叩き切られたファイアリザードと大剣を構えたまま来た道へ顔を向けているゲンジロウさんだった。
どうやら、さっきの音は大剣を叩き付けた音と断末魔だったのだろう。しかし、どうしたのだろうか。ゲンジロウさんは黒い廊下の方を向きじっとしている。
「ゲンジロウさん。どうしました?」
柱からゲンジロウさんの元へと小走りで駆けて行くと一緒に廊下を覗き込む。
「すずめさん。何か奥から聞こえませんか?」
「何かですか……?」
言われて耳を澄まし意識を廊下の奥へと注ぐ。すぐに感じたのは地震のような振動。更に呼応するように聞き覚えのある様な、唸り声に似た音が奥の方から反響してくる。そしてそれは徐々に大きくなってきていた。
携行ライトに照らされた廊下の奥は薄暗く、音だけが不気味に響く。
「私の経験からすると、これは大群の足音ですね!」
「大群ですと!?」
そう言い、ゲンジロウさんは少し身を乗り出すと廊下の奥を注意深く凝視する。
「なるほど……確かに言われてみれば、そう聞こえますな」
ゲンジロウさんは廊下の出入り口から離れ「すずめさん、あちらへ」と柱を指し示すと、その影に隠れるように促してくる。その柱は音のする所から一番離れた柱だ。
二人で走って向かうと、途中で後ろから聞き覚えのある咆哮が響いてきた。
「うあ! 今の声……」
「ええ、グリベアードですねぇ」
予想通り、やっぱりあの熊のようだ。正直余り会いたくない。
ゲンジロウさんと並んで柱に隠れて、暫く廊下の出入り口を見張っていると、案の定見覚えのあるアクゼリュスが部屋に乱入してくる。
グリベアード三体と、猫のアクゼリュスが……三……四……五……。うえぇ、ぞろぞろ出てくる。
結果的に合計十六体のアクゼリュスが部屋に溢れる事となった。
「これはこれは、流石に多いですねぇ。これだけ居ますと逃げる事もできなさそうですな」
「ど……どうしましょう」
「片付けるしかないでしょう。私が前衛を受け持ちます。派手に動いて注意を引き付けますから、すずめさんはさっきの炎の様に大きな魔法で、敵の数を減らす役目をお願いできますかな」
ゲンジロウさんに振られたのは火力後衛の役割。正に大魔導師的役目だ。二人だけれど、これがまともな初パーティ戦。だがシミュレーションはバッチリだ。
「任せて下さい」
「いやはや頼もしい。流石魔獣を倒しただけはありますな」
「ええ、まあ」
実際は守りしかしていなかったため若干の語弊もあるが、あの騎士たちが私にも報酬を得る権利があると言ってくれたという事が、かなり大きな自信に繋がっているなと今改めて気付く。
最善を尽くそう。それが今出来る全てだ。
作戦は、臨機応変に、となる。それもしょうがない、敵は徐々に接近して来ているのでじっくりと話し合う時間がほとんど無いんだから。
それと敵の数が多いので、暫くすると作戦通りにいかなくなる確率が高い。これは私の経験から声を大にして言えることだ。参考文献……以下略。
「ではいきますぞ!」
ゲンジロウさんは隠れていた柱の側まで来ていた猫のアクゼリュスに大剣を叩きつけると、目立つように雄たけびを上げ進行先の敵を撫で斬りながら反対方向へと猛進していった。
凄まじい迫力だ……。
っと、私もぼーっとしていられない。
「スターティングオペレーション、ドライブβ、ランク十、ディアメータ二、レンジ十、マテリアルフレイムオーダー」
今回は大盤振る舞いのドライブβ、威力を増大させる必殺技用のドライブでセットする。無数の青い魔方陣に囲まれたまま柱に隠れ、合図を待つ。
ゲンジロウさんは無数のアクゼリュスと相対し威嚇を交えながら、じわりじわりと対角にある柱へと近づいていく。唸り声を上げ飛び掛った猫は一対一ではゲンジロウさんに分があるようで、大剣の一振りにより硬いものが砕けるような音と共に床を転がった。
一瞬、その亡骸を目で追うとほぼ同時に「今ですぞ!」とゲンジロウさんからの合図が来る。
「我願わくば光を。エクスプロージョン!」
柱に身を隠したまま、アクゼリュスの集まった地点に爆心地を合わせたエクスプロージョンを発動する。
若干薄暗い部屋の中が、炎により赤々と照らし出され、柱の影がより一層黒く浮かんだ。
今回は廊下で放った時よりも範囲を絞った分、威力を上げている。つまり爆風は弱まるが温度が上がっている。ダメージはかなりのものになるはずだ。
火の粉が舞い散る中、顔を覗かせる。猫のアクゼリュスが……四体ほどだろうか、四肢が千切れているのが確認できた。あの四体にはもう戦闘力は無いだろう。だが三体のグリベアードは、傷を負ってはいるが二本の足でまだしっかりと立っている。流石にしぶとい。
他に無力化できた敵は……。
身を乗り出し残りのアクゼリュス、確か猫のがあと……えっと……七体くらい残っているはずだ。
あ、居た。爆風で飛ばされたのか、最初の出入り口付近に三体見つけた。動きが鈍っている様に見えるので、多少のダメージは与えられたと思う。同時に対角の柱の影に身を隠したゲンジロウさんの姿を確認する。
「あ、ゲンジロ……」
「後ろです!!」
「えっ!?」
怒鳴り声にも近いゲンジロウさんが発した短い単語に反射的に振り返った。
「なっ!」
一瞬だけ目に映ったのは両手を広げた様に見えた黒い影。次の瞬間には宙に浮く感覚と目まぐるしく回る部屋が視界に広がり、腕の辺りに鈍い衝撃の残滓がずきりと響いた。




