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迷宮ダンジョンラビリンス。強力な魔法効果のある装備品希望。 Ⅴ

七十五



 何メートル飛ばされたか分からないが、床を転がされて身体のあちこにちすり傷を増産させられた。


「あいたたた……」


 呟きながら近くの柱に手を当てて起き上がり正面を見据えると、私が隠れていたであろう柱の側からこちらを睨む猫のアクゼリュスと目が合った。しかもその後ろにまだ三体確認できる。死角から私を狙いにきたというところだろうか。厄介な相手だ。


 計四体の低く唸る猫は既に臨戦態勢で、牙をむいてタイミングを見計らっている様だ。

 敵に注意を向けたまま衝撃を感じた腕を確認すると、腕から少し離れた表面が淡く揺らめき光っている。


「なるほど、これがそうなんだ」


 この現象があれの様だ。スフィアの説明書の一文に『身体に致命的な衝撃が加わると判断した場合、自動で障壁を発生させます』的な事が書いてあった。条件が条件なだけに試してみようか何て事は出来なかったが、なるほどこういう事か。


 でもかすり傷程度には発動しないみたいだ。体中がひりひりする。

 あとなんか他にも書いてあったな……なんだったっけ。反発力で軽減だとか壁際注意だとか……後は……。

 ああ、そうそう。障壁は魔法と同じ扱いで、その強度に比例してリキャストが発生するとかなんとか。

 ん……直前に結構な威力のエクスプロージョン使ったけど大丈夫かな。

 思い至るとスカートのポケットからスフィアを取り出す。訓練中に良く見た再使用待ちを現すゲージが表示されていた。


「なんてこったい」


 こんな戦闘の真っ只中でリキャスト発生中とか……。便利な機能だけど、防御をこれに頼ってしまうと魔法による攻撃はほぼ出来なくなってしまいそうだ。


 こうなると今頼れるのはこの剣一本……って、あれ? 剣どこいった。

 さっきまでは右手に握っていたはずだが今は無手だった。アクゼリュスと距離をとったまま目線だけを動かし周囲を確認する。


「うあ……あんなところに。なんてこったい」


 見つけた剣は、対峙した敵の足元に転がっていた。


「すーずめさーーん!」


 代わりの短剣を抜き構えたところで、私を呼ぶ声がドップラー効果を伴い接近してくるのが耳に入る。


 同時に激しい衝撃音と共に目の前を黒い何かが吹き飛んでいった。何事かとそれに目を向けると、どう見ても絶命しているであろう容態で猫のアクゼリュスが壁に赤黒い痕を残して床に落ちる。


「大丈夫ですかすずめさん!」


 柱の影から焦った様にゲンジロウさんが剣を構えたまま飛び出してくる。


「えっと、どうにか……」


 私は無事を示す様に手をヒラヒラと振って答えると、ゲンジロウさんは一瞬あっけに取られた表情を浮かべたが、すぐに真剣な面持ちへと切り替えた。


「流石に今のは肝が冷えましたぞ。あの一瞬のタイミングで飛び退き威力を受け流したのですな。いやはや素晴らしい。すすめさんの身体能力には恐れ入りますな」


「ええ、まあ……」


 どちらかというとスフィアの機能により飛び退かされたというのが正解だが、今は別に問題ではないだろう。それ以上に、この状況が問題だ。

 ゲンジロウさんと合流した事で、残りのアクゼリュスも全部こちらに集まってきてしまっているのだ。

 グリベアード三体と、猫が六体。まだまだ数が残っている。


「すずめさん、魔法はいけますかな?」


「ちょっと再使用待ちです」


 ちらりとスフィアのゲージに視線を落とし答える。まだ三十秒はかかりそうだ。いつもより少し長く感じるのは、それだけ障壁に消費したからだろうか。


「では、暫く持ち堪えないとですねぇ」


 そう言い、ゲンジロウさんは私を庇う様に前に出ると大剣を両手で構える。それと同時に咆哮を上げたベアグリードと猫のアクゼリュス二体が襲い掛かってきた。


「ぬぅぅぅぅん!!」


「ゲンジロウさん!」


 気合を込めて正面からグリベアードの振り下ろしを受け止めたゲンジロウさんだったが、左右から交差するように二撃三撃と続く猫ラッシュに膝をつかされている。

 これはまずいかもしれない。距離を取っていた残りのアクゼリュスも徐々に近づいてきており、いつ飛び掛ってきてもおかしくない距離だ。


「なかなか厳しいですなぁ」


 グリベアードの爪から逃れたゲンジロウさんの軽鎧には深い爪痕が残っている。途中までは容易にアクゼリュスを蹴散らかしていたゲンジロウさんが、三体を相手に睨み合う。ここで残りのアクゼリュスまで加わっては危険だ。

 そう判断した私は、残りの六体を受け持つことに決める。


「ゲンジロウさん。その三体を頼めますか?」


「ええ、時間を稼ぐだけならば問題はないでしょうが、残りがいつ襲ってくるか」


 そう言いながら周囲に目を配るゲンジロウさん。どうやら、三体までならどうにか食い止められるみたいだ。

 ならばここで、1度だけ実験と称して試した事のある切り札(ジョーカー)を切らせてもらうとしよう。


「では三体を頼みます。残りは私がどうにかしてみます」


「なんと! 六体も残っていますが大丈夫ですか」


「やってやれない事はないかと」


「わかりました……。頼みましたぞ!」


「はい!」


 周囲に目を配り、もう一度落とした剣の位置を確認する。最初に身を隠した柱の側、今はじりじりと距離を詰める猫のアクゼリュスの背後に転がっている。

 まずはあれを回収しないと。近接武器の有無によって切り札はかなりの差が出てしまう。

 限界は十五秒……いや、今回は実戦だ。十秒以上となると、その後どうなるかわからない。


 ──まずは、一秒で剣を取り戻す!


 今にも飛び出してきそうな敵の位置を見回し頭に入れておく。勝負はきっと一瞬だ。


「スタンバイレディ、アクセラレーション!」


 声にすると同時に、音声認証を受けたスフィアが反応し私の前方に青い魔方陣が四つ展開した。


 ──……アクセルリンク起動、接続開始します。……──


 無機質な声が静かに響く。


 この機能を初めて使った日は、一日中床を這っての移動を余儀なくされた禁断の奥義。今この窮地から脱するために、その封印を解く。正に王道の展開。私の勇姿を目に焼き付けるがいい。


 ──……接続完了、シナプスオールグリーン。……──


 音声と同時に、魔方陣の二つが緑色に変わる。


「カウント(ツェーン)、セット」


 更に一つの魔方陣が緑になるのを確認すると、落とした剣の正面に居るアクゼリュスと向かい合い、短剣を握る手に力を込める。


 ──……レディ?……──


 最後の魔方陣が緑に変わる。

 ここまで何も良いとこ無しだったけれど、ここからが私の真骨頂だ。

 大きく一呼吸を終えると、目の前のアクゼリュスに向かって飛び出す。


「アクセルリンク、フルドライブ!」


 最後の音声入力と同時に魔方陣の色が青く輝くと、急激に身体が重くなるのを感じる。いや、この場合は軽くなる、だろうか。全身に軽い抵抗を感じつつも、一足でアクゼリュスの頭上ギリギリを跳び箱宛らに飛び越える。


 それはまるで水中に居る様な感覚。水の抵抗と浮遊感。違うのは飛び上がった後、着地する時だけ。しっかりと集中して、イメトレ通りに着地と同時に前転。

 アクゼリュスの後方に着地すると左手に短剣を持ち替え、足元の剣を拾い右手で構える。


 予定通り。さぁここからが本番だ。


 後ろを振り返ると、猫のアクゼリュスはとても緩慢な動作で身体をこちらに向け様としている最中だ。

 そこに向かって一気に距離を詰めるべく、全力で駆け出す。夢の中で走っている時に似たもどかしい感覚を振り切ると、完全に視線が交差する前にその首を目掛けて剣を突き出した。


 ──……(ツヴァイ)……──


 わずかな反発を右手で感じた直後に、根元まで深々と剣は刺し込む。見下ろすように視線を下げると、焦点の合わなくなった瞳が中空を睨んでいた。

 身体を捻りながら深く刺さった剣を抜くと、ゆっくりと放物線を描き傷口から血が噴出した。

 その血が掛からない様に身を返すと、固まってこちらを睨んでいる猫のアクゼリュスとグリベアードに突撃する。


 私の接近を警戒したのかグリベアードが後ずさり、猫の方は飛び掛ってきた。だがそれは、今の私にとってみれば隙だらけの腹部を晒すだけの愚行だ。──にやり。


 姿勢を低く保ち頭上を通り過ぎていくアクゼリュスの首から下腹部にかけて、切っ先を撫でる様に這わせた。

 剣に触れた表皮が左右に広がっていくと、若干の間をおいて赤い液体が滲む。その傷が致命的そうだと確認して、もう一体に視線を戻す。


 ──……(フィーア)……──


 牙を剥き出しにして両腕大きく振り上げたグリベアードは、威嚇する様に吼えている。だが、奥義を発動させた私にとっては、その程度ではもう何の意味も成さないのだ。


 目で追える速度で振り下ろされた両腕の連撃を躱し、細剣と短剣でその腕を斬りつけると小さな唸り声を上げてグリベアードが両腕を地に着く。するとどうやら斬られた両腕では身体を支えきれないのか、そのまま突っ伏す様に倒れ込んだ。

 隙だらけになった後頭部から一刺しすると、それが止めとなり、後ろ足が力無く折れ曲がり伏せたまま赤い液体が止めど無く零れ落ちる。


 これで残りは、猫二体とグリベアード一体のはずだ。


 ──……(ゼックス)……──


 最初に確認した場所へ向き直ると、視線を交錯させたグリベアードが走り出しながら咆哮し空気を震わせた。余りの音量に耳を塞ぎたくなったが、そんな暇は無い。

 こちらからも駆け出す。ぶつかり合う直前にグリベアードが腕を振り上げるのを見てから速度を上げて、その脇を通り抜けながら足を斬りつけた。


 タイミングをはずして振り下ろされた腕が宙を裂く。そしていつかみたいに、私がいたであろうその場を見つめて低く唸り声を上げている。

 そんなベアグリードの背を足掛かりにして軽く跳躍すると、身体の捻りを加えて横に一閃した。

 首の骨が見えるほど深く食い込んだ細剣は微かな滴りを中空へ放つと、曇りの無い刀身を光らせる。


 ──……(アハト)……──


 捻った勢いを殺す事無く地に足を揃えて降り立つ。すると丁度残りの猫のアクゼリュス二体が正面から飛び掛ってくるところだった。

 目の前を掠めていく4本の腕は、少しだけ身を逸らすと何も捕らえぬまま床を抉っている。


 ──そんな分かりやすい攻撃が今の私に通じるわけがないのだよ。くふふふふふふ。


 一歩踏み出して猫のアクゼリュスの無防備な首筋に左右の刃を同時に滑らせ二体の後方へ抜ける。


 ──……カウントオーバー。リンクを切断します。フィードバックカウンターに注意してください。……──


 スフィアの声が静かに告げる中、後ろからどさりという重い音と共に全身を激しい疲労感が襲ってくる。


「あふぅー……」


 思わずその場に座り込んで、後ろを振り返り結果を確認する。

 猫のアクゼリュス二体が、血の池の中で横たわっている。その瞳にはもう精気は無く、事切れているのが分かる。

 というか、残りの四体はどこいった。手応え的に仕留め損なってはいないと思うのだが。


「いやはや素晴らしい。流石ですね!」


 声に振り向くと、ゲンジロウさんがグリベアードの爪を受け流しながら満面の笑みを向けてきていた。そして残りはもうグリベアード一体だけのようだ。地力だけで渡り合える貴方の方がすごいです。


 立ち上がりながらもう一度辺りを見直すと、キラリと光る何かがぽつぽつと落ちている。

 それを拾い上げて、なるほどと納得する。

 落ちていたのはラーイルカイトだった。それが計四つ落ちている。つまりどこかにいった四体は塵となったという事か。

 拾い集めたラーイルカイトは全て黄色だった。そこそこ大きく両手でぎりぎり持てるくらいだ。

 これは良い値で売れそうだとテンションが上がったところで、くぐもった感じの唸り声が響く。見てみるとゲンジロウさんがグリベアードの腹に深く大剣を突き刺していた。あっちも勝負あった様だ。


「すーずめさーーん!」


 暫く残心するゲンジロウさんは、敵が完全に事切れたのを確信したのか大剣を収めると私の方へと勢い良く駆けて来た。


「お疲れ様でした」


「いやはやお疲れ様です。っと、それよりもすずめさん。先程の動きには恐れ入りましたぞ。あの身のこなしと剣捌き、やはり魔獣討伐者は格が違いますな。あれ程、素晴らしい剣技は早々お目に掛かれませんからな。いやはや僥倖僥倖」


「は、はぁ。ありがとうございます」


 剣技と言われても、私的には良く見て斬るだけなので技でも何でも無いのだが、客観で見るとどうやら格好良く映るみたいだ。真骨頂此処に極まれリ。


「おやおや、大きなラーイルカイトですな。流石は未踏破迷宮、どれどれ折角ですから私も回収しておきますかね」


 私の手にあるラーイルカイトに目を留めたゲンジロウさんは、表情を綻ばせながら倒したアクゼリュスの屍骸一体をゴリゴリと漁り、塵になったのであろう場所から大振りなラーイルカイトを拾っていく。


 そういえばと思い出し、私も塵にならなかった猫のアクゼリュス二体の前に立つが、見た限りどこにあるのか分からない。かといってゲンジロウさんの様にゴリゴリやるのも気が引ける。


「おや、どうしましたかな」


 さてどうしようかと思ったところで、どこから取り出したのか分からない皮袋を手にしてゲンジロウさんが戻ってくる。


「この二体からはまだ回収していないんですが、ありますかね?」


「なるほどなるほど。きっとあると思いますよ。どれ、調べてみましょう」


 そう言うと、ゲンジロウさんは小さなナイフを手に屍骸を捌き始める。


 ──うひゃぁ……、これはグロいわぁ……。


 私は途中から、目を背けた。




 結果、赤が二個。


「さてさて、一段落したところで、どうやって皆さんと合流しますかねぇ」


「そうですね。三つの通路のどれが帰り道なのかってところですよね」


 来た道を抜かせば、残りは三つ。果たして入り口に繋がっているのはどれなのだろうか。


「虱潰しという手もありますがねぇ」


「もう一度、さっきの集団みたいなのと遭遇するのはきついですね」


 ゲームではむしろ先に進む道ではなく、優先的に寄り道をしたものだ。そういう道の先には大抵宝箱があるから。しかし、流石に今の状態では余り余裕は無い。アクセルリンクの後遺症で全身の筋肉が痛む。始めてこれを使った時は十五秒で、その後、一日中這いずって過ごさなければならない程酷いものだったけれど、今回は十秒だったからか歩く程度なら問題はなさそうだ。


 まあ、酷使した両手は剣を振るのに耐えられるか分からないが。、


「おやおやご謙遜を。あれ程あっさりと蹴散らかしたじゃありませんか。見た限り、すずめさんの実力ならばどれだけ出てこようと問題ではないんじゃありませんか」


「あれはなんといいますか切り札みたいなものでして、一日一回が限界なんです。身体の負担が大きいので」


「ほうほう、そうでしたか。あれ程常人離れした動きでしたから確かに負担はありそうですな」


 そう言ったゲンジロウさんは、柱を背にして座り込んだ。


「ではでは、ここは一先ず休憩といきましょうか。私も流石に疲れましたしね」


「そうですね。そうしましょう」


 ゲンジロウさんに倣って私も柱に寄りかかるように座り込み足を伸ばす。同時に酷使した足から開放感が身体まで上がってきて思わず「くっはーー」と声が漏れた。

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