迷宮ダンジョンラビリンス。強力な魔法効果のある装備品希望。 Ⅱ
七十二
一層目を抜けて二層目へやってきたが三人の快進撃は継続中で、依然として私の出番は無い。それはまるで、大将戦までやらずに終わる剣道の試合の様だ。
つまり、まだ私の出る幕ではない。…………大将戦を捨て試合にして先鋒に強い人を持ってくるという戦略もあるらしが、今は考えない。
そんな調子で三層目を越えて四層目まで来ると、徐々にアクゼリュスも強くなってきているのが分かる。フユギリさんの一突きでは倒れず、二~三発くらい刺してから塵へと変わるのだ。カタハナさんの斬撃では二発、でもゲンジロウさんは四層目でも一撃死。攻撃力は見た目通りに差があるみたいだ。
それと数も増えてきている。前後から同時に襲ってきたりという事もあるが、後ろにはニコと学長先生の双璧。ニコは言うまでも無く、学長先生も魔法学校……アカデミーの長というだけあって、その魔法捌きは私の記憶にある賢者宛らだ。そして、ソラヅキさんとヒメユキさんに聞いた三つのスフィアを使うというトライウィザードだそうだ。炎と雷と風が入り乱れている。流石は学長先生、そんじゃそこらとは格が違う。
前門の虎、後門の狼(馬)。本来とは逆の意味で使われるであろう言葉が頭を過ぎると、絶望的なまでの出番の無さに苦笑するしかなかった。
それから四層最後の悪あがきとでも言えばいいだろうか、一回り大きいクモ十匹程が天井から降りてきた時は悲鳴を上げ……否、いよいよ大将の出番かと剣の柄を握り締めた。しかし副将である学長先生がそれを予想していたかの如く、地面に着地する前に半数を焼き払ってしまう。
残りは今まで通り三人に軽く殲滅されて、居合いの構えで「さあこい!」と固まったままの私は後ろで小さく吹きだすニコに殴りかかるのが迷宮内での初戦となった。
「えっと、コトノハさんの報告書によるとこの辺りなんですけど」
アクゼリュスを完全に殲滅し終わった私たち一行は、コトノハさんに頼まれた封筒に入っていたという迷宮内の地図を見ながら、更に下層へと続く扉を探しているところだ。
皆で円になりカタハナさんの持つ地図を覗き見る。そこには今まで通って来た道が描かれており、突き当たりであるこの十メートル四方で、高さはその二倍ほどはあろうかという広場が終点となっている。
丁度ここに入って正面の壁に当たる所が赤で塗りつぶされていて、矢印と文字が書かれていた。
「これが……?」
訊きながらその文字を指差すと、
「はい、五層目への扉らしきもの、ですね」
そうカタハナさんが、書いてある事を教えてくれた。しかし、どう見ても印されているのはただの壁だ。
今までの神殿の様な景観とうって変わって、この部屋を囲む壁は全て大小無数の石を組み上げた様な大壁で非常に凸凹としている。その壁には先程皆で見て回ったが隙間など無く、ただただ聳え立つ無機質な肌は堅く沈黙を保ったままだ。
「まったくもう。コトノハさんってば、いつも肝心なところを書き忘れるんだから」
呆れ果てた様に呟くカタハナさん。学長先生とゲンジロウさんが大きく頷いているところを見ると、これもまたよくある事なのだろう。
「なんなら片っ端からぶっ壊すか?」
「そんなの冒険じゃない」
「すずめはお堅いな」
壁に向かって立つニコに首を振って答える。確かにニコなら出来そうな気がしてしまうのが何ともやるせないが、地図を手に道を探し少ないヒントで謎を解く。これが醍醐味ってなもんだ。ニコのやり方など言語道断。攻略サイトを使い、悩む事無くお宝にありつく以上に不届きな行為だ。
やはりこういう時、やることは一つ。現場百回だ。……何か違う?
全員散開すると、等間隔で石壁に張り付き仕掛け等が無いか目を凝らして地道に探していく。
何だか前にもこんな事した覚えがあるな……なんて思いながら押せるところがないか石の一つ一つを突付いていると、右隣からはポリポリと小気味良い音が響いてくる。
もしやと思い目をやると、予想通りフユギリさんがスティック状のお菓子を抓んでは止めどなく口へ運んでいるところだった。昼食からそれ程時間は経っていないはずだが、きっとお菓子は別腹なのだろうと早々に答えを出すと、ご相伴に預かるべくフユギリさんの元へと向かう。私にとっても別腹なのです。
「おいしそうですね」
「プレッチョっていうんですよー。すずめさんも食べますか?」
「是非いただきます」
フユギリさんに差し出された箱から、さりげなく二本抓むとまとめて噛みしめる。ポリポリという軽快な食感、そして香ばしいプレッツェルに甘いチョコがコーティングされたこのお菓子はどう見てもあれだ。元の世界でも定番のお菓子、アレに間違いない。遠目から見て、もしやと思ったが当たりだった様だ。この味わい、少しだけ郷愁を誘う。
「鉄板のおいしさですね」
「ですー。カバンにいつも入ってないと落ち着かないくらいなんですー」
「それはまた……」
依存症というか中毒というか、フユギリさんの将来がちょっとだけ心配だ。
それからフユギリさんのために更に二本貰うと持ち場へと戻るべく歩き出す。広場に入って一番左端が私の管轄だ。
「お?」
途中、石壁を見上げていたらその隅の方に少々気になる部分を発見した。
私が注目したのは部屋の角、壁と壁の接合点だ。それは少し離れて見上げると黒い筋が真っ直ぐ縦に伸びていて、近づいてみるとそこが隙間だという事が分かる。
壁に頬を擦り付ける様にしてその隙間を覗き込んで確認すると、もしやと思い反対側の壁際まで小走りで向かう。
「あら、すずめさん。どうしました」
「ちょっと気になるところがありまして」
すれ違いざまにカタハナさんと一言交わすとニコ担当の右端へ到着する。
「どうしたすずめ。俺が恋しくなったか」
「なわけない」
当然の如くニコをスルーして、右端の角にも隙間を確認すると、さっきと同じように壁に張り付いて覗き込む。どうやらこちらも同じ様だ。
次に広場の中央辺りまで移動すると石壁に向かい合い、その中央をじっくりと観察した。
「むむむ、これは……」
無造作に組み合わされた様に見える石の壁だったが、正面から注視するとある事がわかる。それは、丁度中央部分だけは大きな石が一つも使われておらず、細かい石のみの領域が縦断する様に伸びていたのだ。
「何か分かったんですか?」
「手がかりでも見つかりましたかな?」
「どうした、何か見えるのか」
「もしやすずめさん。何かに気付いたんですかー」
「どれどれ、見解を聞かせてもらってもいいかね」
気付くと全員が一緒に石壁を見上げている。正直な話、少し気になっただけであり確信ではない。もしこれで、見当はずれな推理でもぶちかました日には、今までの比ではない位の笑い者だ。
「えっと……もしかして、もしかしてなんですけどね。多分違うと思うんですけど、もしかしたら関係あるのかなーって思っただけでして」
「ほうほう、どの道手掛かりはこの地図くらいなもんですからな。折角ですから聞かせてくれませんかな」
全くの見当違いだった場合に備えての抜け道を確保してから私は石壁を、矛盾を鋭く抉る弁護士の如く指差した。
「まずは正面の壁をご覧下さい」
「もう見てるぞ」
「………………」
無言でニコに蹴りを入れる。
「はい、私が違和感を覚えたのは、無造作に積み上げられたように見えるこの壁に一つだけ特徴があったからなんです」
「特徴、ですか」
「中央付近を良く見て下さい。これだけ大小様々な石が使われているのに、上から下まで中央には大きな石がないんです」
暫く皆は私の言葉を確かめるように壁を見ながら首を上下させると、肯定する様に頷いた。
「それとですね、さっき確認したんですがその壁の左右に奥に続くような隙間があったんです。もしかしたら……」
一歩、前に出て両掌を前方に突き出すとゆっくりと左右に広げる。この手の動きが隠された扉の動きを表しているのだ。
「こんな風に開くんじゃないですかね」
「なるほどなるほど、これは盲点でした。この壁自体が大きな扉だったというわけですな」
「だからコトノハさんの地図にはこの壁全体を塗りつぶしていた訳だったんだと思います」
「すごいですすずめさん、きっと正解ですー」
「ふむ、これは興味深い事だ。して、どう開けるのだろうな」
「……そこまではちょっと……」
「締まらねぇなぁ」
「うっさい……」
そう、入り口が分かったとしてもその開け方が分からなければ、鍵のかかった非常口並に役には立たない。
一先ず大きな扉、というよりこれは門に近いかもしれない。その門の中央まで近づくと手掛かりがないか再び全員で探し始めた。
「実は力ずくとか……ないですよね」
「無い、と信じたいところですなぁ」
「なぁ、やっぱぶっ壊そうぜ」
「だーめ」
結局はこの門自体をどれだけ調べてみても、スイッチやレバーといった仕掛けは発見できず、疲れた私は地べたに座り込み天を仰ぎながら深く溜息を吐いた。
石壁に囲まれたこの広場は、これだけ長い間居るとかなりの圧迫感を感じてくる様になっていた。しかも、全然進展しない状況に精神的にも疲労が溜まってきている。
「あーー、疲れたーー。こういうのってどこかにヒントがあるのが王道なのにノーヒントなんて反則だってーー」
もう疲れのせいか暗くなった気持ちのままに愚痴を零す。そしてそのまま全てを放棄するかの様に寝転がり天井を睨みつける。
「何かヒントよこせぇーー………………、ぇ、ぇぇぇええええ!?」
どうやら王道は私に微笑んだようだ。
「どうしましたかな」
「私としたことが、王道を忘れていましたよ」
これは確信的だろうという答えを見つけて、少し勿体つけるように天井を指し示す。
「あれ、そっくりだと思いませんか」
「あれですかな」
私の指差す方へと見上げる様に視線を向けるゲンジロウさんとニコ。そう、正に王道。諦めかけて天を仰ぐとあっと驚く発見が。流石私だ。
そんな流れで見つけたのは、天井が目の前の壁と同じような構造になっているという点だ。中央縦に大きな石は無く、更にはさっきまで凝視し続けていたせいもあるのだろうが、一見すると無造作と思われた大小の石の組み合わせまでもが一致していた。
そう、目前の門と天井がまったく同じなのだ。しかし、一部を除いて。
「天井の……あの大きな石と、門の……あの大きな石。他にもあれと……あれとか、位置が同じだと思いませんか」
天井と門を交互に指差しながら分かりやすいと思われる一際大きな石を目印として指し示す。
「ほうほう、興味深いですなぁ」
「これは何かありそうな感じだな」
「どうしました。また何か気付いたんですか?」
「すずめさん、すごいですー」
「ではまた、聞かせてもらえるかな」
気付くと再び皆が再集結している。しかし今回はそこそこ自信があるため、逃げ道は用意しない。さっき気付いた事を三人にも説明し直すと、門と天井の差異を指摘するべくビシリと指を向けた。
「これだけそっくりに造られているのに門とは違う箇所がいくつかあるんです。天井に見える赤い石がそうですね」
「ほほー。確かにいくつか赤いのが混ざっていますな」
「つまり、門の中であの赤い石に当たる部分がカギになるんじゃないかと思うんです」
「ありえますね、早速試して見ましょう」
天井の赤い石は全部で四ヵ所あった。照らし合わせながら一つ目の石を探り当てる。
「多分これですね」
「これですな」
「これですー」
「で、どうなんだ」
「見たところ何もなさそうに見えるが」
大きさ的には掌サイズ、丁度スフィアと同じくらいだろうか。楕円形ですべすべした手触りだが、見た限り普通の石だ。壁にある他の石と何ら変わりはなく見えるがはたして……。
その石を軽く押してみるが、手応えがありすぎて一ミリも動かない。
押してダメなら……か。
よく言われている格言を思い出して指先で引っ張ると本当に抜けてしまったので、驚きというか拍子抜けというか、何ともいえない気持ちで暫く手に収まった石を見つめる。
「おお、これは。中に何かありますぞ」
ゲンジロウさんは引き抜いた石のあった穴を覗き込みながら手を入れていた。すると、壁の奥から低く響く音が聞こえると、周囲から何かが蠢く様な音が反響し始める。
皆で警戒するように身構えるが、その音はすぐに止み再び静寂に包まれると、ポリポリとフユギリさんのお菓子を抓む音だけが残った。
「他の赤い石の所を調べましょう」
カタハナさんがそう言うと、皆が天井と門を見比べながら散っていく。
思った通り、これはきっと当たりだった様だ。流石、私。




