王道の職業。それは大魔導師フラグに違いない。 Ⅶ
七十
一つ目二つ目……、三つ目の扉の前で立ち止まったフユギリさんが軽く扉をノックする。少しして、「入りなさい」と老齢を感じさせる、どこか威厳のある声が中から届いた。
少し緊張する私だったが「失礼しますー」と、いつもの調子で答え扉を開くフユギリさんの姿が少しだけ逞しく見える。しかし次の瞬間に首を傾げるダックスフントの間の抜けた表情によりぶち壊され苦笑した。
フユギリさんに続き「失礼します」と扉をくぐると、そこには小さなテーブルを囲むようにソファーに腰掛けたカタハナさんとゲンジロウさんが居た。まあ、学長先生に会いに行ったのだから当然といえば当然か。そして、向かって正面に居る黒い革張りの高そうなソファーに座する人物が、ここの学長先生か。
歳は六十、もしかしたら七十は越えているかもしれない。年月を刻んだ深い皺と短く揃えられた白髪と顎鬚。しかしその眼は鋭く私達に向けられている。若干の……かなりの威圧感を感じながらも、気になる人物の観察を継続する。
座っているが、それでもはっきりと分かるくらいに体格はがっしりとしており、ここにいる誰よりも貫禄がある。
流石は魔法学園の学長先生。目の前にいる人物は私の夢と希望を完璧に体現してくれていた。
「これはまた、面白い客人が来なさったな」
私とニコを一瞥した学長先生はその表情を揺るがせて、さも楽しそうに口端を上げる。
「あら、フユギリ。お二人もどうしましたか」
私たちの姿を確認すると、カタハナさんが問いかけてくる。
「学長先生に、アカデミー見学の許可を貰いに来ましたー」
何も物怖じせず答えるフユギリさん。しかし私はどこか不思議な雰囲気を纏わせる、この学長先生の事が気になってしかたがなかった。
肩書きのせいだろうか……何か違う気がする。初めてハティやニコと出会った時の感覚、異様に緊張と興奮が混ぜ合わさったような気分だ。
「なるほど、すずめさんとニコさんを案内するのね。それはいいわね」
「ふむ見学か、いいだろう。して、もしかしてそちらの二人が先ほど話に出ていた人物かね?」
「そうですそうです。すずめさんにニコさんですな。私も先程挨拶させて頂いたばかりですよ。いやいやまたこのタイミングでお会いできるとは、運がいいですな」
「確かに。守護四騎聖の後輩に加え、魔獣と渡り合える実力者が一緒ならば、これ程は無いと言える」
「学長先生、ゲンジロウさんも。もしかして三人を連れて行く気ですか。今、三人はこの街の観光を楽しんで貰っている最中です。私たちの都合に付き合わせるのは……」
何だかよくわからない方向に話が進んでいるような気がする。魔獣と渡り合える実力者が居るといい的な言葉からして危な楽しげな気配が漂うが。
「まずは挨拶からといこう。お二人の話は聞かせて貰っておるよ。わしはビューフォート・ディアス。センペルビレンスアカデミーの学長を勤めさせて頂いておる」
ソファーから立ち上がり、学長はビューフォート・ディアスと名乗った。やはり立ち上がるとその体格の良さがはっきりと分かる。背も高く姿勢も堂々としたものだ。
「森野すずめです。えっと、よろしくおねがいします」
「ニコだ」
やはり淡白なニコの挨拶に続き、「ああ、よろしく」と言った学長先生と視線が合うと、突如目の前が夜になったかのように、漆黒に塗り潰された。
「なっ……」
驚きの余り、小さく声を出すと同時に色が戻る。思わず辺りを見回してみると、さっきまで目の前にいたフユギリさんはカタハナさんの傍に移動していて、カタハナさんもゲンジロウさんも立ち上がり身支度を整えているところだった。
「分かりました。ではお二人の意志を聞いてみます」
暗転したのは私だけだったのだろうか、まるで何事もなかったかの様に会話をしている。
一瞬だった気がしたのだが、どうにも話が飛んでいる気が……。
確か学長先生と目線が合った瞬間だったはずだ。一体なんだったのだろう。そう思い、再び視線を送るとこちらに気付いた学長先生と視線が合った。
一瞬、身構えたが何も起きず少しだけ気が抜ける。
「すずめ殿、どうかしたのかね」
「ああ、いえ。何でもないです」
何となくだが、この学長先生に何かされた気がする。私の経験(ゲームやマンガの知識)からしても、何事も無かったっでは済まされない出来事のはずだ。
しかし、どうかしたかと訊いてきた学長からは何の敵意も感じられなかった。それどころかさっきまで学長に纏わり付いていた不思議な雰囲気が、何だか身体に馴染むように私の周囲に感じる。しかしそれに嫌悪感は無く、安堵感すら覚える感覚だった。
「ではすずめさん。先程言った通り、私たちはこれから迷宮に潜ります。今動ける戦力がほとんど居ませんので、お時間があればすずめさんとニコさんにもお付き合い頂きたいのですが、どうでしょうか?」
先程……と言われても途中ブラックアウトしてたので内容が良く分からない。それに「聞いていませんでしたー」何て言えるような空気でも無い気がする。
しかし、そこはどうしょうも無いとしても、つまるところ迷宮に潜るのに付き合ってくれ。という事だろう。迷宮といえばファンタジーの定番の一つ。それはもう望むところだ。
「行きます!」
「まあ、率先して遺跡探索なんてしてるくらいだから、そう言うと思ったぜ」
「ニコさんもよろしいですか」
「すずめの行くところなら地獄の果てでも付き合う覚悟だ」
「ありがとうございます。フユギリもよろしくね」
「はいですー。すずめさんとニコさんは私がしっかりとご案内しますー」
さっき話しに聞いたばかりの迷宮に行けるということで、私のテンションも上がってきた。確かアクゼリュスも出るとかいう話だったが、このメンバーなら危険は皆無だろう。安全に修行の成果を試す事が出来そうだ。
「いやいや、賑やかな探索になりそうですなー。結構結構」
「それでは、行きましょう」
楽しげに声を上げながらゲンジロウさんは一足先に部屋を出ていった。私達はカタハナさんに続き退室する。
全員が廊下に揃うと、学長を先頭にして再び螺旋階段へ。今度は下りだったので、手摺に身体を預けながら滑る様にスイスイと降りていく。ああ、楽だ。
速度を調整して降りながら、さっきから気になっている事を隣のニコに訊いてみる。
「ねぇねぇ。それで、結局どうして迷宮に行く事になったの?」
「何言ってんだ。話聞いてなかったのか?」
「えっと、うん。ちょっとね」
「ああ。まーた、脳内大冒険でもしてたんだろう」
「う、えっと、まぁそんなところかな」
「で、どこら辺からだ」
「最初からで」
「まったく、しょうがねぇなぁ」
そう言いながら私の頭に手を置きグリグリすると事の成り行きを説明してくれた。
「あのおっさんの交渉が却下された時に、騎士のねぇちゃんが封書を届けにじじいの部屋に来たらしい。
そこまでは大した事じゃねぇんだが、封書の内容ってのが厄介だったみたいでな。どうにも、迷宮の調査報告だった様だ。んで、その内容は最深部だと思ってた場所がそうじゃ無かったって話らしい」
「そうじゃ無かったって、つまりまだ先があるって事?」
「そういう事だ。今までは迷宮に出るアクゼリュスをここのガキ共の丁度いい練習相手として使ってたらしいが、ずっと放置されていた先にはどんな奴がいるか分からねぇから封鎖するってな。調べ様にも今は動ける人員がいないんだとよ。
んで後日にってなったところで、あのおっさんが三人で調査しようと言い出したらしいぜ。
そこに丁度俺たちがのこのこやって来て巻き込まれたってわけだな」
「そっか、そんな流れで迷宮に行く事になったのか」
「話聞いてなくて即答するとはな」
「迷宮に行くって言ってたから!」
「まあ流石だな」
今まで最深部だと思っていたその奥。つまりは、まだ未踏破の迷宮。奥には私達が初めて入るという事は、手付かずのお宝が拝めるかもしれない。これはまた、良いタイミングで来れた様だ。
私は込み上がってくる歓喜を表に出さない様にしながら剣と短剣、そしてスフィアに触れる。もう、足の疲れは微塵も感じなかった。
「やっぱりすずめは分かりやすいな」
私の髪を指で梳きながら何か呟いたニコ。テンションの上がった私はそんな事は気にもせず、まだ見ぬお宝に夢を馳せるのだった。




